第56話 最後の一葉 石川ウーの無責任ソナタ

文字数 9,630文字

 夜明けと共に、時夫はジープの方向から聞こえる物音で目を覚ました。
 ありすと恵瑠波蘇(エルパソ)を見張っていたはずだったのに、いつの間にか眠ってしまったらしい。時夫の身体には毛布がかけられていた。
 ありすは、アタッシュケースを持って派手な下着の格好でジープを点検していた。
「ありす、そのカッコウ」
 上下黒の下着に、ガーターベルトの黒ストッキングがありすの太ももを締め付けている。朝日に眩しく白い肌が反射していた。
 びっくりしたなモウ!! 目に毒でまともに見られない。
 どーやらハートのパンツは止めたようだ。だが、それ以上にエロな格好ではないか。一体どっからこんなものを?
 昨晩コンビニ・ベヴンで買い求めたのかもしれないが、彼女は草薙少佐なのか? これから砂漠へ向かうという。しかしそのジープには、何も武器を積載していないようだった。
「……ちょっとだけよ」
 ちょっとじゃないじゃん! 全く朝っぱらから目のやり場に困る。
「あたし一人で行ってくる」
「-----しかし、君一人で本当に大丈夫か? 俺も連れて行け」
「何言ってんの。科術も使えないクセに。足手まといよ。北の二の舞はゴメンなんだからね。あたし一人で行くしかない。君は、とにかくここで雪絵さんを護って……ここならわずかながら、霊場成田山の不動明王の磁場が護っている。ここに留まっていれば、ブランコはきっと襲ってこない。そんじゃ!」
 きめ細かい白い肌が輝くありすは、ブランコ一味の巣くう三丁目・恵瑠波蘇(エルパソ)のアジトへと向かった。
 テントから雪絵も出てきてぎょっとしている。
 ありすがカバンを持って、小林カツヲのジープで下着姿で荒野をひた走るのを、二人は元成田山頂のテントから見送った。

 ありすの運転するジープが山を降りて、二時間が経過した。だが、結局古城ありすは戻ってこなかった。
「このまま黙っていかせるのか、金沢時夫? 男がすたる」
 時夫は独りごちた。
 俺だって、ほうれん草でも食えば意味論が働いてポパイくらいにはなれるかもしれない。そうして雪絵ことオリーブを助けるのだ。いや、今はありすを-------。
「雪絵、すまない。君を一人にしておくのは忍びない。けど、これまでここでは何も起こらなかった。ここに居ればありすの言った通り、成田山の名残パワーできっと君は護られる。君はここに居てほしい。テントから出ないで、な、ここで待っててくれ。必ず、ありすとウーを無事連れ戻すから」
「分かりました。……待ってます。でももし、いざとなったら北で使った遠隔のロイヤル・ハーグワンを忘れないでくださいね。きっと、西部でも奇跡が起こりますから」
「うん、分かったよ」
 危険を承知で時夫は山を下りる道を下り、恵瑠波蘇にありすを追った。腰にはライトセーバー誘導棒と、銃の代わりに朝食用のバナナが下がっていた。

 見渡す限りの赤茶けた大地。それにカンカン照りの太陽。
 昨日と何も変わらない西部の光景。
 どうも違和感があると思ったら、青い空に雲が全くないのだ。それがアメリカンな西部の風景を匂わせていた。湿度の高い日本の空では珍しい。
 漂流町は相変わらず、陰も形も見つからなかったが、道路標識には、ここから先は「荒野三丁目・恵瑠波蘇(エルパソ)」と、はっきり記されていた。エルパソて……。本当は成田空港なのに。
 アスファルトの道路がある分だけ、かつてのアメリカの西部の時代と全く一緒ではなかった。キラーミン達は馬ではなく、バイクに乗っていた。
 意味論が、モザイクのように過去と現在の時空を混在させている模様だ。
 道路脇には、どこかで見たようなお化けアロエまで生えている。アガペだ。これもサボテンの一種だったか。
 このまま道なりに進めば、元成田空港の敵アジトに到着する。
「暑すぎる。参ったなー」
 目の前に自販機がポツンと立っていた。マッドマックスコーヒー(冷たい)。
「ウォ! 百円じゃんこの自販機」
 ガコンと落ちてきた黄色いヤツをカシュっと開けて、喉を潤す。
「くぅーッ、甘さが五臓六腑に染み渡るゼィ!」
 あぁ美味しい。コーヒー牛乳より甘い。気がつくと時夫は一気に飲み干していた。
(はっ! 手持ちが十円になっちゃった。)
 ふっと足元を見下ろすと、道路上に蟻が行列を作っていた。
『バフンウニ♪ バフンウニ♪ バフンウニマンヂュウ♪』
 かがんで顔を近づけると、蟻は小さな声で輪唱していた。
 北の定刻軍が西に侵出したものらしかったが、この暑さのせいで「蟻のままに」、いや只の蟻に戻ってしまったらしい。歌を口ずさんでるのが定刻軍の名残だ。
 残念ながら連中にとって、この西部には辛いものしかない。辛味は、北の連中にはあまりにHOTすぎて酷だろう。
「ヒーハ------!!」
 突然地平線から粉塵を巻き上げ、バイクの集団が現れ、時夫は身構えた。耳をつんざく物凄い騒音だ。その数およそ数十台。全てが銀光りするハーレーダビットソンだった。
 彼らはバイクにこそ乗っているものの、完全にウェスタンに登場するメキシカンのガンマン衣装だった。いや、それとは決定的に違う部分がバイクの他にもあった。
 一様に赤や黄色に彩られたメキシコレスラーの仮面をつけている。つまりこれが「火麺団」だ。
 バイク軍団を率いる上半身裸のマッチョな鉄仮面の男、あれが昨夜ありすが言ってたヒューマンのカスだろう。
 汗を流して黒光りする上半身の筋肉はモリモリで、その「鉄火麺」は早口で何かを叫んでいた。おそらくメキシコ訛りのスペイン語で、何を言っているか時夫には分からない。
 一見、人種からして日本人ではなかろう。一体どこから沸いてきたのか不可解だったが、ここは元成田空港だから外国人が居ても不思議ではないのかもしれない。
 きっと正体は茸かサボテンか何かだろう。
 科術師でも何でもない金沢時夫は追いかけられた末に包囲されて、むざむざと掴まった。
『ちょうどいい。こいつらに町を案内させよう』
 時夫は捕まったことをこれ幸いと考えて、連中に従った。
 ……決して、負け惜しみではない。

 荒野三丁目・恵瑠波蘇。
 その町外れにある、おそらくは成田空港のB滑走路の一部分。
 人骨が張り付けされて、ガイコツを黒い大鷹の群が喰っている。
 水牛と思しき動物の骨もある。ここは、本当に日本か?
 「半町半街」を出るときに大きな地震があったが、大地震でどれだけ日本は破壊されたのだろうか。
 それに加えてこの暑さ。これまた、本当に冬か? ありすによると「フェーン現象」だというのだが、それならこのバカでかいサボテンは一体何なのだ。
 遠くには、白塗りの小ぶりな教会もあって何でもあり、どっからどう観ても日本の風情ではなかった。
「あつかー!」
 ウーが九州弁で叫んだ。
 太陽が真上から照り付け、クソ暑い。敵はこのまま焼け死なせるつもりなのだろう。朝食用バナナは結局食べていない。
「また無茶やらかしたわね」
 いつ何時でも、常にバニーガールの格好のうさぎがしらけた声を出す。時夫が「ギャングスターバックス」で別れたときは、普通の格好だった気がするが。
「すまん」
 時夫はうさぎと一緒に掴まり、横倒しの枯れ木に後ろ手に縛られて、胡坐をかいて座っていた。
 時夫を連れ去った火麺団のバイクは町に入ることなく、町外れのここへ直行したのだ。幸いにして時夫はそこで、縛られている石川ウーを発見することができた。
「あのさ。敵のターゲットは雪絵さんなのよ? あたし達じゃないのよ。どんなに西の世界が西部劇を装っても、結局全ては地下の策略なんだから。それ、分かってんの?」
「……わざと捕まったんだよ。そのお陰で、こうして君に逢えたじゃないか。それに俺にはまだ、ライトセーバー誘導棒がある」
 だが時夫は後ろ手に縛られてるので、それを取り出せない。
「ダメじゃん。時夫、ありすは?」
「俺より先に恵瑠波蘇に向かった。君を救うために、ブランコと取引する。会わなかったか?」
「いいや……」
 後ろ手に縛れている卯(ウー)は、どうやって科術の糸電話や道路標識を操ったのだろう。おそらくここに連れて来られる以前だったのかもしれない。
「心配したんだぜ」
「え、ホント?」
「気になって気になって夜しか眠れなかった」
「フザ……」
「にしても、雪絵じゃなく君が真っ先に狙われたのは何でだ」
「かわいいから?」
「……」
「何だよその沈黙は。こう見えて、あたしは二〇一六年度ミス恋文よ」
(そんなの自慢げに語られても。町内だし……出場者十人も居ないんじゃ)
「なんか今、心の中でボヤいたでしょ?」
「いや、全然」
 卯がジト目で睨んでいる。
「ほら、あたしって、結構人の視線を釘付けにしちゃうタイプじゃない? 昔から」
 ウーが目をキラキラさせながら聞いていた。
(いや、知らないけど。君のことあんまり。)
「言ってみただけ」
 ウーがパチンとウィンクした。
「何、目にゴミでも入ったの?」
「バカ」
「だってよ……」
「また馬鹿にして」
「馬鹿になんかしてない。ただ見下しているだけだ」
「フ~ン、時夫までそんなこと言うんだ?」
「とにかく暴走は今回だけにしてくれよな。ちっとは反省してくれないと」
「美しいことも罪なの?」
「……」
 二人の目の前を、これ見よがしにタンブルウィードが転がってゆく。
「傷ついた。慰謝料払って」
「そんな金があったら、とっくに君の身代金払ってるって」
「ごめん。今回はあたしが悪かったわね」
「まあ……そういうことになるかな」
 ようやく認めたか。
 ウーは顔を膝に沈めた。
「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだぞ」
 ウーはつぶやいた。
「なんか……ごめん」
 今度はなぜか時夫が謝った。時夫はウーの姿を見て、とりあえず謝らないといけない気分になった。
「時夫、今ならあたしをイタワリ放題だよッ!」
 顔を上げたウーの満面の笑顔がそこに輝いていた。
「いや、結構」
「チッ」
「そんなことよりさ、あれから……何か分かったのか?」
「うん。ボスのブランコ・オンナスキー、右腕キラーミン・ガンディーノ、あんたも会った火麺団のヒューマンのカスの他に、マシンガン・ショー、ご当地ファーザー、ラブラージ、アンタッチャ・ブル、サミュエル・M・N・ジャクソン……っと。主だった敵はこの八人」
 ウーによると、その他の部下達はみんなへのへのもへじだという。では、火麺団もマスクの下はへのへのか。
「どうやってスパイ活動してたんだ?」
「疲労コンパイラーで、辛味のストレスでストレス戦闘機になって、ステルス活動してたって訳」
 どーいうこと? 意味論てのは、面白いこと思いついたら勝ちなのか?
「……あそうだ、あたし時夫のカバンから勝手に本借りてたんだ。返すよ。O・ヘンリーの『最後の一葉』。暇だったから読んだよ。面白かったぁー」
 とはいえ、ウーも後ろ手に縛られたままなので、取り出すことはできない。いつ読んだのかは分からない。
「あぁ、すっかり忘れてた。佐藤うるかが貸してくれたヤツか」
 だからこそ不気味なのだ。うるかが時夫に紹介した本は、これまで決まって何かの現象を引き起こしてきた。ただ、これまでのところ物事をよい方向に導いているような気がする。
「そう。主人公の若い女の子は肺炎に侵され、窓から見えた枯れ葉のツタの葉っぱを数え始めるようになった。『あの葉がすべて落ちたら、自分も死ぬ』って友達に言うの。生きる為の気力を失ってたのね。ところがある嵐の日に、いくら経っても一枚の葉だけが落ちなかった。どうしてなのかは分からない。でもそれで、彼女は生きる気力を取り戻していった。ところがよ、実はそのセリフを聞いていた老画家が、嵐の中、葉っぱを描き加えていたのよね。その直後に、老画家は肺炎で死んでしまうんだけど、そこにはなんともいえない感動があったわ」
「なるほど……」
 希望の持てる話だ。自己犠牲の物語でもある。
 しかしこの物語の「意味」は何だろう?
 今後、一体どのように現実に作用するかが気になる。石川ウーはまた、西部で何か企み始めているのかもしれない。
「暇だったからもう一冊読んだんだけどね。ありすのコンビニに売ってた」
 何でコンビニ・ヘヴンには行けるんだろう。逆に捕まった方が不思議な気がしてくる。
「タイトルは『魔堕夢(マダム)』。B級セレブミステリーよ」
 B級なのかセレブなのかどっちだ。
「なんかエロそうだな」
 買った理由はそっちか?
「あくまでミステリーが好きなだけ。ついでにエロがあっても差し支えない」
 差し支えないって君(笑)。
「見えたとしてもやぶさかではない」
 やぶさかではないって(笑)。
「くっそ、ギザ十があったらな。縄を切れるんだが」
「えっ、なら百円でもいいんじゃない?」
「いや……十円しかない。残念ながらギザ十じゃない」
「五十円は? あ、五百円でも……あー、ある訳ないか。でも時夫、ギザ十のギザギザで縄切れるなんてスゴイじゃん?」
「いや、別に切れないけど」
「うっぜー、じゃ黙っててよ!」

 しばらくして、長身の黒人が二十人前後のへのへのガンマンを引き連れて現れた。コイツが、サミュエル・M・N・ジャクソンだ。
 男は時夫とウーを立たせると、後ろ手を縛ったまま、二人に椅子に上がるようにと促した。
 その椅子は、近くに立つ大きな枯れたハンギングツリーの枝に二本のロープがかけられ、その真下に置かれている。二人の首に縄がかけられた。
「ありす……何してんだ」
 やっぱり時夫は、元成田山上で動かない方が無難だったか。さて、部下のへのへのが椅子を蹴ろうとした瞬間、サミュエルが右手を上げて制した。
「ストップ! やっぱ止めた。止~めた止めた! 首を吊るかと思えばそうしない。意外だね意外だねェ~。ここは西部だ、確かにナ。私共の業界ではネ、最後は絞首刑だ。それにうさぎを料理する時は締めるに決まってる。皮を剥いて、うさぎの丸焼き、又はシチュー鍋でよ!」
『煮ーてさ、焼いてサ、食ってサ!』
 へのへの部下が合唱した。
「煮るな! 焼くな! 食うなー!!」
 ウーが怒鳴る。
「だが! 俺の趣味じゃない! 絞首刑なんてありきたりすぎるし、見苦しいし暑苦しい。うさぎ料理なんて俺っち全然好きじゃねェ! コンビニでフ○○キン・チキンをフ○○キン・テイクアウトだゼ!? ……俺の趣味は、どちらかっていうと」
 バン、バン、バン!
「こっちの方だッ」
 サミュエルは銃を取り出し、唐突に撃った。枯れ木に残った葉がヒラヒラと二人の前に落ちてきた。
「西部劇はこうでなくちゃな、爽快に」
 サミュエルは次々と枯れ葉を落としていく。いくつもの葉が二人の目の前を落下していった。
 ウーはその内一枚をフゥーフゥーとやって、頭の上に載せることに成功した。これは、ひょっとして……。
「ファッQ! ファッQ! ファッQベリーマッチ! 素晴らしいぃッ。ひぃふぅみぃ、見ろ、百はあった葉っぱがもう六つだ! 俺は早撃ちの天才だゼェェ!? さぁお前たちもやってみろ」
 恐ろしい銃声の雷が鳴り響き始めた。へのへの連中が一斉に銃を撃ち放って、時夫とウーの頭上の枯れ葉撃ちを始めた。
「HAHAHAHAHA!! こりゃーサイコウだ」
「親分~、まだ一枚落ちてませんゼ」
「……あん?」
「あの女の頭の上にある一枚が!」
 サミュエルが目を潜めると、石川ウーの頭の上に葉っぱが乗っかっていた。
「ホーリーシット! ヤツの頭の上だ。撃ち落せ! とっととアレを撃ち落すんだッ!!」
 今度は二十名の銃口が石川ウーの頭に向けられて、一斉に火を噴いた。もうダメだ。
「----ん?」
 サミュエルは部下を制した。バニーガールのウーはヘラヘラと笑っている。
「サノバビッチ! 一発も当たってないなんてッ!」
 ついでに時夫の方に飛んできたはずの流れ弾も当たっていない。この瞬間、時夫は確信を抱いた。これは間違いなく、O・ヘンリー「最後の一葉」の意味論だ。
 いくら銃で撃っても、連中は最後の一枚が撃てない。ウーがその最後の葉っぱを頭に乗せたことで、弾がまったく当たらなくなったのだ。もはや八十年代映画「コマンドー」のシュワルツェネッガー状態ではないか。
「おや~~~~~~~!? Oh――――マイガ~~~~~~?? ドーした? この葉っぱを撃ってみな! それとも動かない的を撃てないの?」
 卯(ウー)はニヤけながら挑発した。
「お、おかしい! 俺がやるぜ!」
 サミュエルも参加して全員で銃を撃つが、やはり全く当たらなかった。
「ははっ、お前の母ちゃんデベソ!」
『ところでさ、ウー。この縄、どうやって切る?』
 都合よく、縄だけ流れ弾で切れるという展開ではなかったらしい。
 「最後の一葉」の意味論は、この枯れ木の最後の一枚が石川ウーの頭上に載ったまま、絶対に地面に落ちない。そういうことだ。
 そうして一旦そうなったら、もはや木に関係している全てのものに弾が当たらなくなる。つまり、二人を縛っている縄も含めてだ。
「シーッツ! チッ、もういいから早く椅子を蹴れ!」
 イラついたサミュエルは面倒くさそうに部下に指示する。……ヤバい。

 ドドドドド! ズズズズズガガガガガガ!!

 もうもうと粉塵が巻き上がり、マシンガンが火を噴いた。コイツらではない。なぜなら、サミュエルを含めてマシンガンなど誰も持っていない。……マシンガン?
「アイ・ハブ・ア・ポップコーン、アイ・ハブ・ア・カラメル。ア~~~ン! カラメルポップコーン!」
 カラメルの甘味が加味されたポップコーンでへのへの軍団は全滅し、落書きされた只のサボテンのウチワに戻った。
 その跡には、仁王立ちした白井雪絵の姿があった。もうすでに、彼女は一人前の科術師なのだ。白く、まばゆく輝くその姿。
 今日も美人、明日も美人、明後日も美人!
 雪絵とサミュエルの眼が合った。次の瞬間、再びマシンガンが火を吹いた。だが、サミュエルは倒れなかった。今度は、雪絵が銃を止めて様子を伺っている。

 クッチャクッチャクッチャ!

「HAHAHAHAHA! パーティは終わりだ」
 サミュエルはいつの間にか爆笑面でガムを噛んでいる。その都度、口の中で何かがはじける音がした。
「ガムなんか、嫌いだ!」
 ウーは、耳障りといわんばかりに舌打ちした。バブル女もフーセンガムで攻撃してきた。
「時夫さん、今です、ロイヤル・ハーグワンを!」
 二人の間に生じる電撃で縄は燃え尽き、さらにサミュエル・M・N・ジャクソンを今度こそ倒せるだろう。
「おっと待ちなヨ? オレを殺れば二人は死ぬぜ! 白井雪絵よ。砂の下にゃあ、巨大な罠が仕込んである。俺が死んだら自動的にそいつが動き出す仕組みだ。それでもオマエはイイのか?」
 サミュエルによると、木ごと挟む巨大なトラバサミを仕掛けてあるという。
「ま、そりゃホンの一部だがな。ここは罠だらけの謎だらけ。しかしその全ては教えられん。白井雪絵、ボスのところへ行くなら、二人は助けてやる。もしも二人を救いたかったら俺と一緒に来い。いいナ?」
 クッチャクッチャクッチャクッチャ!
「よせっ。俺達は俺たちで何とか脱出するッ」
「威勢がいいな金沢時夫よ。お前はそんなに立派な男だったのか? メーン! いや~時夫クンらしくないなぁ~! 実に時夫クンらしくない!」
 クッチャクッチャクッチャ!
(くっそ、何だ俺らしさって? 俺の何を知ってるっていうんだよ、この野郎頭来るなぁ)
 すると雪絵は、サミュエルを美しい瞳で見据えた。
「NYで、入浴……」
 唐突な雪絵の寒イュエルなギャグ、彼女はサミュエルを氷結に掛かっている。
「ホ? ホホ? ホワッツ!? 入浴? ホホホ……、ホワッハッハッハッハハ!」
 サミュエルは転げまわって純白の歯をむき出して爆笑していた。
 雪絵は戸惑いながらも続けた。
「家に着いた。イエ~イ!」
「い、い……えに、着いて、イ、イ、イエ~?? イヒャッハハハハハ、ドワァッハッハッハ! ウヒャウヒャハハハハ! アヒャヒャヒャヒャヒャギャハギャハギャハハハハ-----」
 オヒャヒャヒャヒャハヒャ、ブヒャヒャヒャヒャ! ドヒャドヒャドヒャドヒャ! ゲラゲラゲラゲラ!!
 笑いすぎだ。これじゃあ全然寒いギャグになっていない。
 奴にとって、逆にHOTなギャグになってしまっている。あくまで聞かせたい相手が「寒い」と感じないとこの科術は発動しない。
 ------結論。西部では、笑いの敷居が恐ろしく低いのだ。西部劇の悪役は決まって何故か満面の笑顔だ。
 少なくとも1ダースベイゴマ程にはギャグのセンスが備わっていないに決まっている。寒いギャグで氷結できない雪絵は、さすがに恥ずかしくなって言うのを止めた。
「私……行きます」
「ま、待って!」
 ウーが慌てたように歯を食いしばり、モゾモゾしている。
「その物騒なもんも預かろうか?」
 雪絵は無言のまま、マシンガンをサミュエルに渡した。マシンガンをも捨てざるを得ない状況。
「自分らで脱出するだと、今そう言ったのか? なら、どーぞがんばって。命だけは助けてやる。罠はガッデム・トラバサミだけじゃない。後は、ない智恵を絞って、せいぜい自分たちで脱出するんだな野郎メーン。だが簡単じゃあないZe! じゃ、バイビー」
 二人は立ち去るサミュエルと雪絵を見送るしかなかった。
「早く、なんとかしないと……」
 幸い、ライトセーバー誘導棒が手に取る位置にずれた。そのため、時夫は縄を切ることが出来た。すぐにウーの縄も切る。
「クソッ、これじゃー北の時と同じだっ!」
「時夫、全部あんたのせいだよ」
 何も言い返せない。
 地面に紙が落ちていた。時夫はその紙切れを拾った。
『劇辛目覚ましパチパチパンチガム!』
 その下に、ゴニョゴニョと細かな字が書かれている。
「これだ。駄菓子のパチパチパニックみたいなのが混ざったガムだ。サミュエル・M・N・ジャクソンだけガムを噛んでいたせいで、雪絵のカラメル・ポップコーンが効かなかったんだ」
「つまり、これを超える甘味じゃないとダメってことよね。この西部では、辛味の意味論が働いている」
「ところで、ここ罠だらけなんだよな。縄がほどけただけじゃ、無事脱出できたとはいえない」
「そうね」
 簡単に歩いて出て行けると考えるのは危険だ。
「ウー、さっきから気になってるんだが、まだ頭の上に葉っぱ載っかってるぞ」
「え? ホント。……よっしゃ、ならあたしに任せて」
 ウーはグイッと時夫の手を取った。
「『最後の一葉』の意味論を信じましょ」
 右手の人差し指を鼻先に持ってくる。
「ドローン!」
 たちまち二人は煙に包まれた。煙幕を張った忍者よろしく二人は消え、縄だけが風にブラブラ揺れている。
 地面を転がっていくガムの包み紙には、こんな魔学の呪文が書かれていた。

 yoyoピ~タ~、yoyoyoyo~~

 ヒデキ 感激 西部劇
 有象無象のヒトモドキ
 元気 勇気 カルメ焼き
 カルキを飛ばす湯沸かし器

 凱旋帰国 故郷に錦
 すき焼き 鍋焼き しょうが焼き
 硝煙垂れ込む百姓一揆
 石川うさぎは発情期

 一喜一憂 生まれつき
 無茶を承知で えこひいき
 バイクで爆走 ありうべき
 生きるか死ぬかの オカヒジキ

 サミュ♪・L・M・N・O・P・Q……
  サミュ♪・R・S・T・U・V・W……
   サミュ♪・X・Y・Z・ジャクソン!!

 待ち合わせに 覚え書き
 even 持ち合わせがない おふで先
 still 待ち受け画面に アヌンナキ

 Put your hearts up!
 Put your hearts up!

 Go West! Go West! Go Go West!!
 どこまで行っても
 背高・Our・友達(ダチ)・so-----!!
 (セイタカ・アワ・ダチ・ソウ)

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