愛されたいの (12)
文字数 881文字
十年後、いや、五年後。三年後。
そのときもこうして彼女の
それを考えると苦しくなるから、考えない。
ただ、今を大切にしている。
そして、その《今》がいつ断ち切られても、うろたえないで耐えぬく覚悟だけはしておこうと思っている。
(おれ今回もまったく活躍しなかったけど)
いちばん後ろで稲荷明神に手を合わせながら、皆がそれぞれ現金なお願いごとをしている中、彼だけが違う祈りを捧げていた。
(楽しかったです。ありがとうございました)
本当は、願いたいことはある。
ひとつ、ふたつ、ある。
だが、幼いときに母から教わったいましめが忘れられない。
──お願いごとをするときは、気をつけなさいね。
かなってしまうかもしれないのだから。
その二つはどちらもかなわないことがわかっている願いで、もしかなえるとしたらどれだけのものを犠牲にしなくてはならないか、考えるだけでそら恐ろしくなるから、考えない。
考えないようにしている。
一心に手を合わせていたのも、その願いを心から追い出そうとしていたからで──
(やばいやばい)
神ならぬ身の彼は、稲荷明神はすべてお見通しかもしれない、などとはわかっていなかったし、
そもそも今回ここに召喚されたのも、明神みずから彼にパワーを
(こういう時間が、少しでも長く続きますように)
風に香りが混じるように祈りに混じってしまったその想いに、明神がふっと微笑まれたかもしれない、などということは、まして夢にも知らなかった。
そして──
夢の続きのような心持ちで、皆の後から坂を下り、いつかアスファルトの道路に出て、
どうする?駅行く?などという声を聞きながら、ふと、彼女の片足からサンダルがするりと脱げて落ち、
そのサンダルがアスファルトに飲み込まれていくのを、
彼だけが見ていた。
最後尾にいる者にしか、見えない景色もあるのだ。