お熱いのがお好き (7)

文字数 1,742文字

 というわけで蕎麦に舌鼓を打つアリアとミランダの波多野姉妹。
 そろそろ中間試験の時期じゃないの?という突っこみはこのさいなしだ。

 蕎麦屋の入り口の戸がからからと音をたてて引かれ、のれんがめくられた。
「あ、バルちんだ」
 その「だ」っていうのやめなよお姉ちゃん、失礼だよとアリアは思う。
「こっちこっち」
「おう」

 つかつかと入ってきて目の前に腰を下ろした影を見あげて、アリアは思わず、びくっと身をすくめる。

 この男、文覚(もんがく)
 出家前の俗名を遠藤盛遠(もりとお)という。(あざな)はバルタザール。
 アリアとミランダは以前、江ノ電の中できゃっきゃ騒いでいて、「やかましいわ」と彼に一喝されたことがある。あのときは二人してちぢみあがったのに、その怖いお兄さんと姉はいつのまにか仲よくなって、なれなれしい口まできいている。どういうネットワークなんだろう。なんだその「バルちん」って。ひどくないか。

 快男児バルタザールはまったく意に介していないらしい。「ここの蕎麦どうよ」と楽しそうに言う。
「おいしい。バルちんのお勧めだけある」
「だろ? 何頼んだ」
「あたしはざる。この子はかけが好きなの。それ何だっけ」
「おかめそば」
 そう、ミランダは季節を問わずざる蕎麦一択だ。蕎麦屋で長居するなんざ野暮の骨頂と心得ている。対するアリアは、かけ蕎麦の種類をあれやこれや選ぶのが大好き。今日も山菜にするか野菜天にするかでさんざん悩んだあげく、けっきょくおかめのかまぼこを嬉しくはぐはぐしている。なんで山菜と野菜天のまん中とったらおかめになるのかは作者にもわからない。

「熱いのが好きな人と、冷たいのが好きな人なんだね。覚えた」姉妹を見比べて笑うバルタザール。
 うん、ここで熱いのが好きな人(サム・ライク・イット・ホット)冷たいのが好きな人(サム・ライク・イット・コールド)が出てくるとは作者も思わなかった。想定外だけど面白いから残しておく。

「バルちんも何か頼んだら」
「時間あるの」
「ある」
「んじゃおれきつねにする」
 最近「きつね」と聞くとどきっとしてしまうアリアなのだが、姉を見ると知らん顔をしている。

 空になったミランダのざるが下げられ、バルタザールのきつね(蕎麦)はまだ来ないので、箸を動かしているのはアリアだけで、あと二人の前のテーブルは空いている。
「さっそくだけどいい?」とミランダ。
「いいよ」とバルタザール。
「これなんだけど」
 ミランダが取り出したのは一枚の紙片。文字のインクがひどくにじんでいる。
「読める?」
「どうだろ。なんでこんなになっちゃったの」
「うちのアホぎつねたちが手汗で」
「手汗かー」
 

ってお姉ちゃん、佐藤兄弟すでに下僕あつかい? それにきつね

って、少なくとも佐藤兄はなんも悪くないよ? いろいろ突っこみたいアリアだが、口の中の蕎麦を飲みこもうともぐもぐしているあいだに話は先へ進む。

「スキャンしてOCRかけてもいいけど」とバルタザール。「状態が悪すぎるから、かえって読める箇所だけ読んでいったほうが早いね」
「だよね」
「あとは、うーん」眉間にしわを寄せて腕組み。「危ないけど、試しにちょっと使ってみて様子見るしかないか」
「そう、それでね、バル(にい)ならシールド張ってもらえるかなと思って」
「弁慶がいるじゃない」
「試験勉強してる」
「あっそ」バルタザールは苦笑した。「まあおれもほんとは暇じゃないんだけどね」
「大学受けるの」
「迷ってる」ため息。「なんか意味ないような気がしてきた」

 そう、バルタザールはこう見えて(どう見えて?)、すでに那智の滝に打たれる荒行をクリアしてきた剛の者なのだ。波多野姉妹を江ノ電で叱って静かにさせただけじゃなく、海の嵐までどなりつけて静かにさせちゃった人なんである。人類史上、荒海を一喝して静めた人なんて、イエス=キリストとこの文覚くんしかとりあえず作者は思い浮かばない。
 そんな男が大学なんか進学しても、ふぬけた講義にきっと退屈するに決まっている。

 それはそうと、浪人中の彼がどこの卒業生かというと、じつはカミーユたちのほうのOBだ。アリアたちとはあくまで江ノ電で出会っただけ。
 カミーユとは伊豆の中学時代からの先輩後輩で、今後も彼女のために活躍するバルタザールだが、そこは(おとこ)のつき合い。彼女の親衛隊の男子たちとは一線を画しているところがすがすがしい。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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