お熱いのがお好き (1)
文字数 1,083文字
他人の目に、自分がどう映っているかを、驚くほど理解していない。
「水原家嫡男
女の身ながら男子として生きてまいりました。
朋輩諸君もなにとぞ、手加減ご無用とお心得おきくださりますよう」
初めて教室に足を踏み入れた日。
凛と張った声でそう言って一礼しつつ、カミーユの心臓は早鐘を打っていたのだが、
温かい拍手に迎えられ、ひとまずはほっとした。
(みんな優しい。もしかしたら、うまくやっていけるかも)
だが、彼女は知らなかった。
その拍手にまぎれて、どれほど多くの男子生徒たちののどが
(ごくり)
と唾を飲みこんでいたかを。
うつむいたときに、さら、とこぼれてしまった髪を直そうとしてかきあげた指の白さが、
どれほど多くのハートに
(うっ……)
(
鈍感、という。罪つくり、ともいう。
いや、あえて言う。彼女に罪はない。
この氷の乙女、透明度100%の美貌を持ちながら、
何をどう勘違いしたらそうなるのかわからないが、本人は真実、まじめに、自分は地味で色気がなくてぱっさぱさだと思いこんでいるのである。
同じ年頃の女の子たちが持ち歩くような、ファンシーな文房具やデコったスマホなんかにいっさい興味が持てない。
男の話ばかりしている彼女たちにぞっとする。かと言って、同性に恋するわけでもない。
(男の子たちといるほうが気が楽。わたし、見た目も男っぽいし)
どこをどう振って叩いたらそういう誤解が出てくるのかわからないが、とにかく本人は心底そう思いこんでいるのである。
カミーユは一心に学業に打ち込んだ。
それでもときどき、ふと、窓を流れる雲に目をやることくらいはある。
(カミーユさまがよそ見を!)
半径3メートル圏内に激震が走っても、本人は気づかない。
ふっと涙がにじむこともある。
いまは亡き父や兄たちの面影が心をよぎったり。
昨晩のBS4K「ワイルドライフ サバンナにライオンの子育てを見た!」で、けがをした赤ちゃんライオンが弱っていってついに息を引きとるシーンが心をよぎったり。
(カミーユさまがご落涙を!)
半径10メートル圏内で椅子から立ち上がりそうになっている男が何人いても気づかない。次の休み時間には彼らのあいだで誰の
ようするに、静かな毎日って素敵だな、と思っているのは彼女ひとりで、自分がとんでもない台風の目になっているとは、彼女以外の全員しかあずかり知らぬことなんである。