ちょっと休憩 NGテイク集 (1)
文字数 782文字
時:学園祭の前夜
所:佐藤兄弟のアパートの部屋
明日の決行にそなえてしっかり寝ようということで、兄弟は早めに床に就いた。
こういうときにかぎって目が冴えて眠れないものではあるけれども、ともかくも灯りを消し、布団をかぶって目を閉じた。
目を閉じたまま、弟は、兄がいつまでも寝返りを打ちつづける音を聞いていた。
とうとう、こんなことならいっそ起きてしまって二人で話でもしたほうがリラックスできるのではないかと思い、弟は起きあがって、そっと声をかけた。
「兄者。何か飲む?」
返事がない。
電灯のリモコンに手をのばしかけた瞬間、すすり泣きの声が聞こえた。
度肝を抜かれて、灯りをつけるのはやめ、そーっと布団をめくると、
兄は
「あのね」
顔をそむけ、むせび泣きながらつぶやいている。
「わかってたの、ハニトラだってことは。最初から。
でもせめて最後にひとこと、お別れを言いたかったなぁと思って。
「どうせおれがいなくなっても、あの人は何とも思わないんだろうけどね。
「ミラちゃん……」
胸をしぼるような泣き声には、しかし、かすかに、かすかに甘い香りが混じっていた。
弟は何も言わずに、そっと自分の布団に戻ったが、
その後一晩まんじりともできなかったことは言うまでもない。
(凄え。
東国一の
夜が明けるまで彼のCPUの中では、一つの疑問が回転しつづけた。
すなわち、
(おれも命捨てる前に、童貞捨てたいと思ってたけど、
童貞捨てたら、命捨てられなくなっちゃうかもしれない?)
いつまでも堂々めぐりで答えが出ないのは、自分がばかだからだ、と思って佐藤四郎クリストフはあきらめたのだが、
こんな命題、世界最高水準の知性の男が生涯かかって考えたって、答えなんか出ない。