骨は珊瑚、目は真珠 (1)
文字数 707文字
一つは雪だ。
雪の中をわたしは、ひとりで歩いている。さまよっている。
(父上。兄上)
追いつけない。
点々と、赤い椿が落ちている。
嬉しさと恐怖が同時に押し寄せる。
(だめだ。たどって行ってはだめだ。だめだ)
だが、わたしはたどる。その赤い色をたどって、よろめきつつ必死に追いつこうとする。
そして見る。
雪の上に投げ出された、兄上の生首を。
悲鳴を上げて飛び起きる。
——
もう一つは、海だ。
わたしは浅い海の底に横たわっている。水は暖かく、あたりは静けさに満ちている。
天井から——水面から、おだやかな光が射して、わたしを照らす。
こちらのほうが残酷だ。
(父上)
指の一本も動かせない。暖かく輝く水の底で、わたしは死んでいる。
いや、生きている。
いっそ雪の中で死んでしまえばよかったのだ。
こんなところで何をしている。指の一本も動かせず。
(父上。ご無念でござりましたろう)
おかしい。
とうに晴らした恨みのはずなのに、なぜいつまでもわたしは泣くのか。
わたしの涙はまわりの潮水にとけ、形も残らない。
夢だと気づいていながら、天井を見つめたまま、わたしは動けない。
息が。息ができない。息が。
誰か。
「
戸の向こうで声がする。わたしの待ち焦がれた声が。
「息を止めなさい。止めて」
(息を止める)
「吸わないで。吐いて。吐いて吐いて」
(吐く)
「できない。
わたしの泣き声を合図に、彼は入ってくる。
手を取り、静かに、力強くくりかえしてくれる。
「息を吐いて」
力いっぱいにわたしは吐く。わたしの中の海を。
まわりから水が引いていき、ようやく肺に、空気が戻ってくる。