お熱いのがお好き (9)
文字数 1,771文字
そう教えられて、神妙な
ここは
弁財天は吉祥と豊穣の神だ。もとはインドのサラスヴァティという川の女神だという。水と技芸に縁が深く、琵琶を抱いた(しばしば全裸の!)美女の姿であらわされることが多い一方、頭上に人頭蛇身の宇賀神を載せ、八本の腕に武器を持った戦闘神という、なかなかアグレッシブな顔も持つ。
日本三大弁財天のうち、一つが平家ゆかりの厳島神社、一つが源氏お膝元の江島神社であることは、おそらく偶然ではあるまい。
参道の急坂にアリアはさっそくまいってしまい、途中からバルタザールにおんぶしてもらったりなんかしている。
この錢洗弁天は江ノ島ほど大きくはないけれど、奥宮の湧き水でお金を洗うと倍に増えるという楽しい言い伝えで、いまも大人気の弁天さまだ。お金を洗うためのざるも社務所で貸してもらえる。
苔むした岩肌。澄んだ空気が心地いい。
「倍かー。五百円玉洗って千円か」とミランダ。
「でもお札洗ったら使えなくなっちゃう」とアリア。
「はじっこだけ濡らせばいいらしいよ」とバルタザール。
「なにそれ」
三人で笑う。
「あれみたい」とアリア。
「そうそう」とミランダ。
「何?」
姉妹は顔を見あわせてにっこりし、声をそろえた。
「ダブル・ダブル!」
「あたしたちのところにある呪文なの。
「悪いことにも使うの」とバルタザール。
「うん。呪い返し、みたいな」口にするだけで怖くてびくびくしてしまうアリアだ。
「あたしは好きじゃない」きっぱりと言い放つミランダ。「自分に都合のいいことだけが倍になるなんてたぶんない。そのぶん負い目もきっと増える。それでバランスとるような気がする。なんのバランスかわかんないけど」
「わかるよ」とバルタザール。感心している。「二人の言うとおりだ」
「バル兄お金洗わないの」
「おれはいいよ」にやりと笑った。「もともと金は必要最小限しか持たない主義だし、ましていまの聞いたら。お二人さんが洗うの待ってるから、ごゆっくりどうぞ」
「あたしもいいわ」ミランダも財布をしまった。「現地通貨そんなに増やしてもしょうがない」
「現地通貨?」
「日本円。あたしたちのビザ(滞在許可)一年だから。延長して最長二年」
「そうなんだ。ビザ切れるとどうなるの?」
「ま普通に強制退去?」
「どこから」
「蒸発して空、経由して海」
「過激だね」さすがのバルタザールも目を丸くする。
「結婚でもすれば永住権取れると思うけど」さらりとミランダが言う。「いちおうこの子無事に連れて帰るのがあたしのミッションだから。変な虫がつかないように見張ってるの」
「お姉ちゃんっ」
「いい男で幸せにしてもらえるなら許すってパパも言ってるじゃない」ふざけて軽くはたきあう姉妹だ。「わかってる? ちゃんと相思相愛じゃないとだめなんだよ」
「わかってるって」
じゃれあいながら、さりげなく釘を刺された。お姉ちゃんの目はごまかせない。
「じゃあ、この弁天さまより、葛原岡神社とか佐助稲荷に案内したほうがよかったかな」とバルタザール。「縁結びで有名だから」
「え、縁結び?」なぜそれを早く! アリアは地団太を踏む。「行きたい行きたい」
「だめ」ぴしりとミランダ。「これ『アリアとミランダの鎌倉歩きことりっぷ』って企画じゃないから。さっさと次行かないと読者さまに飽きられる」
「でもでも」
「今度またね」バルタザールが笑いながらスマートフォンの画面をちらりと見せてくれた。「いい所だよ。佐助稲荷」
「なにこれ?!」
境内じゅうに祀られた、ちっちゃくて真っ白なきつねちゃんたち。
絵馬は馬でなく、可愛く首をかしげた犬張子と猫張子(?)だ。
「なっなっなにこれ可愛すぎ!! ちょっと待って。えーうそ、近所に佐助カフェっていうのもある。きつねちゃんの焼き印付いたパンケーキ!! きゃー!!」
大興奮してひとりでじたばた大騒ぎするアリアを強制的にかつぎ上げ、錢洗弁天をあとにするバルタザールとミランダであった。