愛されたいの (6)
文字数 1,265文字
水原九郎義経クロードが「あんな手を使ってまで」と訴えている、その事件とは何なのかという話だ。
「書くもの貸して」
クロードはつかつかとオーギュストに歩み寄り、手を出した。気を呑まれたオーギュストは、つい愛用のメモ帳とボールペンをとり出して、渡してしまう。
優等生だからデート(彼視点)のときも筆記用具は欠かさないのだ。偉い。
でもこれこないだ買ったばかりのロディアなのに、と泣きたくなったりするオーギュストだが、敵はそんなこと知ったこっちゃない。だいたい高校生でそんな高級品を持ってるほうが悪いと、そこは作者も思う。
オレンジ色の表紙をめくると、淡いパープルの美しい方眼紙が現れる。
そこにクロードはむぞうさにペンを走らせていたが、しばらくして「できた」と言った。
「何が」とカミーユ。
「紙芝居」
「ちっちゃすぎて見えないんだけど」
クロードがメモ帳をピンチアウト(親指と人さし指で広げるやつ)すると、紙面が一気に広がった。
少し離れて見ているきつね×2と金魚×2からも絵がじゅうぶん見える。
いつのまにかバルタザールも到着して、彼らの背後から見守ってくれている。比重が大きいぶん移動に時間がかかったらしい。
あと来てないのはベンジャミンだけなんだけど、たぶんそのうち着くだろうと作者も思う。
ということで紙芝居、はじまりはじまり。
時は一週間前。
所はクロードの下宿、サンハイツ堀川301号室。
ふとんにくるまって、クロードとアリアがすやすや眠っていると――
えっ?
声にならないこの「えっ?」は、鎌倉勢の中より湘南勢の中で大きく響いた。
「いやあの」と金魚が一匹ぱくぱくする。
「えっと、だから、いっしょに宿題してたら電車なくなっちゃって」
「ミカちゃんちに泊まるって言ったよね、LINEで」ミランダが妹をかるくにらむ。「はーん。そうゆうミカちゃんだったんだ」
「いやあのだから」
「まあどうせそうだろうと思ってたけど」
「ごごごめんなさい」
ぱりん、とかすかな音がしたのは、佐藤四郎クリストフのちっちゃなハートが砕ける音だった。
三郎フロリアンの手がそっと弟の背中をなでてやる。
ともあれ、紙芝居のつづき。
二人がすやすや眠っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「お届け物でーす」
「ごめん、ちょっと出てくる」
眠そうに身じろぎするアリアの額にかるくキスをすると、クロードは――
そういう細かい描写って必要? とクロードを除く全員が思ったりしている。
クロードは起き上がってシャツをはおり、玄関に出ようとした。
「昼間の人?」目をこすりながらアリアが言う。
「宅急便だよ」
「昼間の人だよね?」
(何を寝ぼけてるんだ)
思わずくすっと笑いながら、ドアノブに手をかけた瞬間、アリアの声がするどく響いた。
「待って」
ふりむくと、青ざめた顔だ。寝ぼけてなどいない。はっきり目ざめている。
「昼間、会った人の声よ」押し殺した声で言う。
彼女は耳がいいのだ。
「変よ。出ないで」
二人で、壁の時計を見上げる。
朝の五時だ。
宅急便が来る時間帯ではない。