愛されたいの (9)

文字数 1,522文字

 憤懣(ふんまん)やるかたないまま歩きだしたカミーユは、ぎょっとして足を止めた。
「文覚先輩」
「おう」

 まさか、さっきから? と目顔で尋ねると、
 全部見せてもらった。と、うなずいている。(注:スカートの中以外)

 しかも。
 バルタザールの広い肩の後ろから、おずおずと立ちあがる影が四つもある。
 そのうち男子二人はスルーして(ひどい)、カミーユの視線は女の子たちに釘付けになった。
 可憐な美少女と、その子を抱きかかえるようにして立つ、よく似た面差しの美人。クロードの絵が達者だったので、すぐにわかった。
(九郎の彼女さんと、お姉さん?)

 この瞬間のカミーユの心情たるや。

 作者は心底、底の底から、彼女に同情する。
 小姑(こじゅうとめ)デビューとして、これほど最悪のパターンがあるだろうか。
 弟とさんざん罵りあったあげく、回し蹴りまで決めてしまったところを見られていたのだ。

(神さま! 嘘だと言って……!)

 カミーユの切なる祈りもむなしく、湘南勢四人の顔に浮かんだほかほかした表情は、彼らのマインドに強烈な印象がスタンプされてしまったことをありありとものがたっていた。
(姉君さま、超~似てる。御曹司に)
(顔のきれいなとこと乱暴なとこ)

 恥のあまりその場で舌を噛んで死にたいカミーユだったが、育ちがよすぎてそれもできない。ぐっとこらえて、弟の恋人に歩み寄る。
「波多野静さんですね。愚弟がお世話になっております。さきほどはお見苦しいところをお目にかけました。申し訳ない。失礼の段、おゆるしを」
 一礼する。

 そこまでが限界だった。
 くるりと背を向け、走りだす。どっとあふれる涙で視界が曇る。
(もうやだ、死にたい! バカバカわたしのバカ。ていうか九郎のバカー!!!)
 恥ずかしかっただけではない。絵姿どおりのアリアの完璧な美少女ぶりが、カミーユの哀れなハートをこなごなに打ち砕いていたのだ。もの問いたげに見開かれた目、可憐にふるえる唇、それとは対照的に健康ではちきれんばかりの豊かな胸(ここ重要)。そして、優しく寄りそってくれる同性のきょうだい兼親友。
 自分がどんなに憧れても一生得られないとわかっているものを、あの子はすべて持っている。

(わたしも、あんな女の子に生まれてきたかった……!)

 駆けだした彼女を追って、鎌倉方の男子たちも走りだす。その彼らをふり返り、カミーユは涙ながらに一喝した。
「誰もついてくるな! ひとりにしてくれ!」
 叫びは衝撃波のごとくあたり一帯を圧倒したが、それもつかのま。「誰も」の中におれは入ってないよなと独自の判断を下したオーギュストがまず走りだし、えっ何それと梶原佐々木が続き、おいおい待てよとあきれたバルタザールは、クロードまで走りだしたのを見てさらにあきれた。

「堪忍、ご舎弟。これ以上話をややこしくしないでくれ」
「!」

 川を泳ぐ蛇のように宙をひらめいて来てクロードを縛りあげたのは、赤と青のリボン。バルタザールがとっさに姉妹のタンバリンからほどいたものだ。
 両腕を胴に縛りつけられ、なんだか理髪店のサインポール(ほらあの赤と青が斜めにくるくる回るやつ)みたいなことになってるクロードの、その結んだリボンの端を、バルタザールはベンジャミンの手に渡した。
「これ持ってて」
「は、はい」

「なんだこれは? おれは犬じゃなーい!!」
 叫んでクロードは走り去る五人を追おうとしたが、ぴんと張ったリボンにあっけなく引き戻された。「くそー!」
 地団太を踏んでくやしがるクロードをよそに、自分の手に握らされたリボンの端をしばらく見つめていたベンジャミンは、やがて顔を上げると、アリアたち四人に向かってうなずいた。
 満面の笑みだ。
(いい。これ)

 どうやら(ベンジャミン)、気に入ったらしい。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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