愛されたいの (11)

文字数 1,210文字

 行きはよいよい、帰りは、というパターンだ。

 ほとんど吸い寄せられるようにして佐助稲荷に到着してしまった男子たちは、交通費もろくに持っていなかった。
 有り金を出しあって相談し、殊勝にも皆でちゃんと稲荷明神にお参りした。なんのかの言って楽しい一日だったもんね。
「霊狐の神水、汲んで帰っていいらしいよ」
「水筒持ってくればよかったー」
「でも飲み水じゃないんだって」
「うそ、じゃ汲んで帰ってどうするの」
 わいわい言いながら石段を降りていく。

 こういうとき四郎クリストフは、たいてい黙ってにこにこしながら、いちばん後からついていく。
 会話に加わっていないわけではない。彼としてはじゅうぶん参加しているつもりだ。ただ、何か言うより聞いているほうが好きだから、それで満足している。

 何をやっても他人よりちょっと遅い子だ、と言われて育った。
 それは悔しく思っていいことだったかもしれない、と最近ようやく気づいたが、めんどくさいのでそのままにしてある。
 どうやら足は人並み以上に速いのかもしれない、と自覚したのも最近のことだ。
 かけっこが得意という認定を受けたことが一度もなかった。保育園の年中組のときの運動会では、観客席から母親が「四郎ちゃんがんばって」と声援を送るのを聞きつけて、たったったっとまっすぐ彼女のもとへ走ってきてしまった。
 年長組のときはあっというまにゴールに到達してしまい、左右に誰もいないのに驚いて、二等の子を迎えに走って戻り、二人で手をつないでゴールインした。

 そんな彼だから、小学校に上がり、源平、もとい白組と赤組に分かれて戦うようになっても、級友たちが夢中で投げ合う玉入れの玉からいつのまにか離れて、校庭のすみでダンゴムシと遊んでいたという武勇伝が残っている。
 クロードとは違うタイプの大物なのである。
 本人に自覚がないだけだ。

 わいわい歩いていく列のしんがりをつとめつつ、四郎クリストフはなごりおしげに境内をふり返った。
(気持ちいい場所だったなあ)
 敵陣(アウェイ)ながら、稲荷(ホーム)。清冽な《気》に全身ひたされた感覚。
 ひさしぶりに母のことを思い出したのも不思議だった。
(母さん)

 母の記憶は保育園で途切れている。
 そのことを誰とも話したことはない。兄とも、故郷の養父母とも。
 訊いてはいけないことらしい。そう肌で感じてきた。

 だから、波多野アリアの姿を見、声を聞くたびに感じてしまうあの気持ちに──
 どきどきするけど、ほっとする。憧れと、安らぎ。
 そこに何か、母を思い出すときの温もりのようなものが混じっているのを最近発見して、彼はひそかに、かなり動揺している。
(やばい)

 主君の彼女。ただでさえ好きになってはいけない人なのに、これでマザコンの変態認定まで受けたら地獄の最下層(コキュートス)行き決定だ。
 よって、ひた隠しにしているつもりなのだが──
 だだ漏れすぎて、アリア以外の全員にバレバレであることは、読者諸君も先刻ご承知のとおりだ。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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