ロッカバイ・ベイビー (3)

文字数 1,417文字

 だんっ!と背中から床に叩きつけられる衝撃で、波多野アリアは意識をとりもどした。
「くっ……」
 この「くっ」は、アリアの口から発せられた声ではない。佐藤四郎クリストフのものだ。
 同一時空間における(時間移動をともなわない、空間移動のみの)単純なリープではあったが、クリストフも自分以外の個体を連れて跳んだのは初めてだったから、さすがに負担が大きくて着地に失敗してしまった。だが、それだけではない。
 いっしょに床に落ちてはずんだとき、なんか自分のほうが彼女より多めにバウンドし、それが自分の胸にぴったり密着している彼女のまあるい二つの盛りあがりの弾力のせいだと気づいたので、激しく感動したのである。
(凄え)

「四郎」
「すいません武蔵さん、彼女連れてきちゃいました。くわしい話は後で」
「四郎」
「彼女がおれの使い手だったんです。楽器も持ってます。だから置いてくるわけにいかなくて、とっさに」
「いいからさっさと波多野さんから降りろ」

「はい」

「まにあいました?」アリアを助け起こしながらクリストフは訊いた。
「それどころじゃなくなった」
 ベンジャミンの声にこめられた絶望を聴き取って、クリストフの顔にも緊張が走る。

 ふりあおぐと、自分たちが乗るはずだった《船》が、傾いたまま放置されている。
 飛行船のようなものを想像しないでほしい。四次元上のものを三次元で説明するのは難しいのだが、この船の形状はあえて言えば立方体、キューブだ。だがサイコロのように閉じてはいない。
 四角い《糸巻》だと思ってもらえればいい。立方体の枠の側面に、光を放つ《糸》がぐるぐると巻きつけられ、結果、面を成している。上下は開いていて中央を芯棒がつらぬいている。

 ゆうべ最後に確認したときは万全だったその形に、いまはほころびが生じている。
 巻かれた輝く超弦(スーパーストリング)がほどけて、ゆるみかけているのだ。

(どうして)

 ベンジャミンがあごをしゃくる方向を見上げて、クリストフは息をのんだ。
 同時にアリアが驚きの叫びをあげた。
「お兄さま!」

 頭上に、別の次元が開かれてしまっている。
 座標軸をコピーして上方に平行移動させたということなのだが、イメージとしては上空に二人の人物が

対峙している、と考えてもらえばいい。
 水原クロードと、平野ヴァレンティンだ。

 x軸とy軸の上をうろうろと行き来している、火の球も見える。
「兄者」
 ベンジャミンは唇を噛んだまま首を振ってみせた。火の球はもちろん火狐(ファイアーフォックス)フロリアンなのだが、下位カーストの獣族(ビースト)は、悲しいかな、樹霊族(ドリュアード)の開いた座標空間に入る力を持たない。加勢はできないのだ。
 それでもいてもたってもいられなくて自分も飛んでしまった兄の気持ちが、クリストフには痛いほどわかった。
 重力場を見るがいい。あんなにゆがみ始めている。明らかにヴァレンティンのほうが重く、クロードは軽い。格が違う。勝負ははじめからついている。一対一で(かな)う相手ではないのだ。
 その傾斜に引きずりこまれて、《船》の糸さえほどけ始めてしまっているのだから。

 ヴァレンティンの礼儀正しい性格からして、挑発してきたはずがない。また御曹司がかっとなって一方的に挑んだのだろう。哀しい人だ。

 クリストフも腰を浮かしかけ、その刹那、背中にしびれるような痛みが走った。思わず、きゃんっ、と泣き声が出た。
「行くな。無駄だ。兄弟そろってばかなやつらだ」
「武蔵さん! わかったから尻尾踏まないでください。ひづめで」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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