佐藤くんとあたしアゲイン (7)

文字数 1,129文字

 薫物合(たきものあわせ)、という遊びがある。
 香りを嗅いで当てるゲームだ。平安貴族たちのあいだで大流行したという。
 白檀(サンダルウッド)丁子(クローブ)などの原料を粉末にし、好みに応じて麝香(ムスク)などを加え、はちみつと梅肉でまるく練り固める。これを薫物(たきもの)という。いまで言う練り香だ。
 線香と違い、じかに火はつけない。手にのる大きさの香炉に灰を入れ、小さな炭火を灰に埋め、そこに練り香をのせ、炭から灰に伝わった熱で温め、香りをくゆらせる。
 香炉を手にのせ、――「嗅ぐ」とは言わない。「聞く」と言う。
 つまり、(たの)しむ。

 とまあ、ここまではNHK『美の壺』(作者はナビゲーターの草刈正雄さんのファンなのです)で見て知ってたんだけど、これ以上は未体験ゾーンだ。あとは適当にごまかすから許してください。
 ようするに貴族の、それも男ばっかりがそろって羽衣みたいな美しい着物を着て、昼間っから集まって優雅に何かしてるということなんである。何かってつまり、下じものわれわれにはわからないようなめちゃくちゃ凝ったお金かかるゲームをだ。
 言い換えればマウンティング合戦だ。いい香りですねと言ってみんなでにこにこしていればいいものを、誰がいちばん繊細で趣味がよく教養があるかを競い合う。仏教の祈りに根ざした本来のお香の心とは違ったものになってしまっている。そんなシーンだと思っていただければいい。
 上流社会(ハイ・ソサエティー)とはこういうものなのだ。――たぶん。

黒方(くろぼう)ですか」匂やかな青磁の香炉を包むようにして持ちながら、一人が言う。「奥ゆかしい」
「ありがとうございます」褒められたほうは微笑する。
「落ちつきますね」
「落ちつかぬ世の中ですのでね。せめてもと」
「なるほど。それで侍従(じじゅう)も少し合わせられた。もののあはれとのお心ですか」
「おお、さすが」
 微笑みつつ、別の香炉に持ち替える。「こちらは……おや」意外そうな顔をする。「荷葉(かよう)。荷葉のみ」
 柔らかな驚きのさざ波がひろがる。中に一人、黙って頭を下げる者がいる。
「なんと」評者は目を閉じてかすかにうなった。「初夏に、蓮の香り。まさかこう、王道中の王道で来られるとは」
「わたくしごときが工夫を凝らすのも僭越かと存じまして」
「いやいや。なかなかの達者とお見受けしました」
 しずかに顔を伏せたままの男は、唇の端でにやりと笑う。

 何を言っているのかさっぱりわからないと思われたかた。
 ご安心ください。書いている作者自身がさっぱりわかりません。


※香炉を用いる聞香(もんこう)が「香道」として確立したのは室町時代後半で、平安時代の薫物合わせがどのようなものだったか、じつはよくわかっていないそうです。
香道に詳しいかたにはぜったい笑われてしまうと思うけれども、もともとちゃらんぽらんなおはなしなのでどうか許してください。(土下座)
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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