シュガーとスパイス (2)

文字数 1,053文字

 なんか大人のお客さまが入ってきたなと思って、「いらっしゃいませ」と顔を見上げたら、にっこり微笑まれた。
「おひさしぶり。アリアちゃん」
「あ、お兄さま! えー、いつこちらへ? 何のご用事?」
 きゅうに言葉づかいも身のこなしも上品になってしまうアリアだ。
「今朝。君たちに会いに来たの、もちろん」アリアがあわてて引いた椅子にすっと腰を下ろし、きわめて自然なかたちで見上げてくるが、じつは顔がひじょうに近い。
 ほとんど目と鼻の、いや乳のすぐ先だ。

 いたずらっぽくささやかれた。「親戚のおじさんってことにしておいて」
「は、はい」おじさんだなんて。
 胸ポケットから何やら取り出すので、見て驚く。「G大の学生証?!」例の名門大学だ。龍族御用達(ごようたし)の。
「しっ。にせもの。もちろん」にこにこしている。
 細目のレジメンタル(斜めストライプ)のネクタイが素敵だ。彼はいつでもレジメンタルか無地しか締めない。

「ちょっと会わないあいだに綺麗になったね、アリアちゃん」

「そ、そうですか?」
「うん。大人っぽくなった」
「こ、このメイド服のせいじゃないですかしら」微妙に噛んだ。似合わないことを言うものではない。
「尻尾はどうしたの? 人魚(マーメイド)の。あれ可愛かったのに」
「あー、あれダイブ用のウエットスーツなんです。(おか)ではじゃまなので」
「へえ、着脱可能なの。知らなかった。じゃ今度脱ぐとこ見せてね」
 爽やかに笑う。やらしいことを言ってもやらしく聞こえないのが貴公子の特権だ。

 平野ヴァレンティン。アリアたちの四、五歳上だ。
 少し前からアリアの実家の海の下(アンダー・ザ・シー)宮城に家族とともに身を寄せている。
 着いた当初は「波の下にも都ありとは」と和歌の下の句のようなことを言って目を見はっていたものだったが、近頃は彼ら一族の優美な姿がかえって城の品格を上げているという話だ。

 七人姉妹で男兄弟のいないアリアから見たら、絵に描いた「理想の兄」が額縁から出てきて歩いているようなもので、これはもう「お兄さま」と呼ばせていただくしかないと心に決め、……

「あ、ヴァレンティンだ」

 だから、何なのだ、あの姉の雑な対応は。しかもなんでこのタイミングで登場するのだ。
 しかもなんでチャイナドレスなのだ。似合いすぎだろう。
 だいたい「だ」って何だ「だ」って。パンダでも発見したみたいに言うな。

「ミランダさん」
 お兄さまはすっと立ち上がり、歩み寄り、きわめて自然なかたちで手を取り、口づけている。
「おひさしぶり。あいかわらずお綺麗で」

 ……
 だから。
 何なのだ。この待遇の違いはぁぁぁ!!
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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