お熱いのがお好き (10)
文字数 544文字
水原義経クロードは図書館にいる。
彼がわりといつも教室や図書館にいるのには、理由がある。
そこなら頬杖をついたまま前を見つめて微動だにしなくても、誰にも怪しまれないからだ。
だったら自分の部屋で独りでやればいい、と思われるかもしれないが、
それはそれで、何かあったとき――例えば本当に息が止まってしまったときなどに、
誰にも気づいてもらえない。
いまクロードの身体はたしかに図書館の、武蔵坊ベンジャミンの斜め前の席にあるのだが、
正確には彼はここにはいない。
海にいる。海中に。
北緯33.96度……東経130.57度……
(ない。くそっ)
何度も何度も独りでダイブして探った場所だ。
痛恨。
どうしてもあきらめきれず、今度は意識を時間軸にそって飛ばす。
いや、潜らせる。
(どこかにあるはずだ。
あれ
は)潜る。
「現在」という光源が、頭上はるかに遠ざかっていく。
暗い水の中、あちこちにひっそりと白く輝くマリンスノー。他にもあきらめきれずに漂う者たちがいるのだ。
彼らが誰なのか、自分は永遠に知ることもない。
ゆっくりと、ゆっくりと沈んでいきながら、膝を折り、両手をつく。
こんな姿、弁慶たちには見せられない。
〈知盛〉
ふっと笑う気配だけが返ってくる。
人の姿は、どこにもない。