愛されたいの (4)

文字数 888文字

 本心というものは、ふとした拍子にこぼれ落ちるものだ。

 読者もお気づきだろう。いくら鈍感なカミーユと言えど、佐々木梶原ののぞきを発見して、
「お茶でも飲みに行く?」
 にっこり笑って何のおとがめもなし、というのは、いささか不自然ではあるまいか。

 作者は神ではないから、このときの彼女の心情はわからない。
 だが、人がとってつけた行動に出るときは、たいてい何かが裏にあるということくらいはわかる。

 そもそも彼女は、何に、いや

おびえて、佐々木梶原をあわや討たんとしたのか。
(あいつじゃなかった)
 ほっとして、そしてほんの少しがっかりして、そんな自分がはずかしくて、笑ってごまかそうとしたのではなかったか。
(わたしとしたことが。あいつがここにいるわけがないのに)

 拝殿で手を合わせていたときは、とにかく雑念を追いはらい、ひたすら
(天下泰平)
 と小さくつぶやいていた。かたわらのオーギュストも聞いている。
 霊孤の神水に守られた空間で、心は澄んでいった。
 満ち足りた感覚だった。

 なのに、がさっと葉が鳴っただけでこのしまつだ。
(未熟者)
 無言でおのれを叱りつける。

 それでも、佐々木と梶原のしょんぼりした顔が、彼女を和ませた。
 大きなワンコが耳を垂れ、しっぽを後足のあいだにはさんでいるときの表情は、図体が大きい分よけいに可愛かったりする。

 くすっと笑って歩き出しながらなにげなく空を仰いだとき、ほどよくゆるんだ彼女の心をふっとよぎったのが誰の面影だったか、作者は神ではないから──
(あいつもよく、わたしに叱られると、あんな顔をしていた)

(九郎)

 そのとき。
 ディーン……という心地よい、エキゾチックな響きとともに、
 四十九基の朱の鳥居を吹きぬけた一陣の風が、頭上を越えてそのまま背後の木立に飛びこむ。
 もはや誰何(すいか)の必要もない。
 捨てようとしていた竹をさっと持ちなおして構え、カミーユは一声、怒号を発した。

「何しに来た! 卑怯者、顔を出せ」

 木立の全体が揺れている。敵の姿は見えない。
 やがて、同じように怒りをふくんだ、だが、ひどく傷ついた声だけが響いた。

「そっちが呼んだんじゃないのか」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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