骨は珊瑚……または恐るべき子どもたち(アンファン・テリーブル)

文字数 878文字

 白い布の包みを持って、文覚が訪ねてきた日を思い出す。
 はらりととかれた白布から現れたのは、髑髏(どくろ)だった。
(父上の)
 さらし首にされた義朝の首。そののち、苔の下に埋もれてかえりみる者もなかったのを、もらい受け、首にかけ、行く先々の寺で弔ってきたと男は言った。

「きみしかいないんじゃないのか。
 そして、いましかないんじゃないのか。立つなら」

 わかっていた。
 立ったが最後、行く道は修羅だと。
 あの日始まった彼女の闘いは、父の恨みを晴らすなどというところではとうてい終わらなかった。
 終わらないのだ、たぶん。この世から、すべての裏切りを消し去る日まで。
 強いきずなだけで結ばれた世界。清明な、平和な、理想の世界を築く日まで――

 理想?

 1ミリの裏切りも許されない世界。
 それを、独裁と言う。
 恐怖政治と言う。

 彼女もすでに気づいているのだ。だから息ができない。吸えない。小刻みにはっはっとあえぎつつ、カミーユはシーツをかきむしる。
 わたしは化け物だ。わたしの体には、怒りと悲しみのどす黒い血が流れている。
 あいつにも。
 他の誰にもわかるまい。世界中の他の誰にも。わたしたち姉弟のことは。

 だが、ああ! と声にならない声を発して、彼女は身を起こそうとする。
 なんという過ちを、わたしは。あいつを遠ざけている場合ではなかった。
 あいつはわたしと同じだ。傷つけ、怒らせると、何をするかわからない。
 スイッチが入ったときのあいつは――

(ハイパー高性能な殺人マシン)

「由良」
 心配したオーギュストが駆けつけて背をさすってくれているのに、カミーユはむせび泣きながら他の男の名前を呼ぶ。
「あいつを止めてくれ。あいつを連れ戻してくれ。九郎を。閉じこめる、わたしの目の届くところに。あいつの好きにはさせない」
 閉じこめる。たとえそれが自由をこよなく愛するあの男にとって、死を意味しようと。
「九郎。九郎を行かせるな」

「九郎」

 北条政人オーギュストの目が、哀しく、それから暗く光る。
「御意」

 しらじらと夜が明ける。
 名も知れぬ小鳥のさえずりが、響きだす。





―第二章 了―

―巻二へつづく―
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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