愛されたいの (7)

文字数 1,375文字

 このとき彼女はおれのスエットの上だけ着ててめっちゃ可愛かった。(萌え袖)
 というページはどうでもいいから先をやれとど突かれながら紙芝居は進む。

 昼間会った人、というのは。
 その前日クロードは、ひさしく見なかった顔と遭遇していたのだ。
 土佐坊(とさのぼう)昌俊(まさとし)ジョバンニ。かつての武蔵坊ベンジャミンの修行仲間で、いまは頼朝カミーユに仕えている。
 クロードとアリアとベンジャミンがアパートの前で立ち話をしていたら、ふっと影が通りすぎた。ベンジャミンが目ざとく見つけて呼びとめると、ジョバンニは初めて気がついたというふうにふり返った。
「何おまえ、偵察に来たの?」ベンジャミンは笑いながら鎌をかけてみた。というか直球で訊いた。彼らしい。
「偵察のわけないだろ」ジョバンニも笑って答える。「近くまで来たからなつかしくて寄ってみただけ」
 お互い、目が笑っていない。
「偵察だろ」
「違うって」
「正直に言えよ、偵察だって」
「いや偵察だったら正直に言わねーだろ」
「だよな」
「違うから」
 あははと笑って別れた。
 どう考えても怪しい。

 とくに、去り際にジョバンニがちらりとアリアに投げた一瞥(いちべつ)は、アリアの背筋をぞっと凍らせた。
 いまの何。
 なんだか――骨まで見透かされるような視線。

 だから印象に残っていたのだ。

 お届け物です、と言ったまま、ドアの向こうで息を殺している気配がする。
 開けるか、開けないか。
 開けないで、とアリアの口が声を出さずに動く。

 だが、いまこの間に何か仕掛けられていたら――

 こちらも息を殺してドアチェーンを外す。

「下がってて」
 アリアに言いつつ思いきってドアをばっと開いた、そのわずか半秒前、一気に非常階段をカンカンと駆け下りていく足音が。
「おのれ!」

「御曹司」
 驚いたことに、間髪を入れずにベンジャミンの声が階下から響いた。彼は一階下の201号室なのだが、すでに長刀を構えて廊下に出ていた。後で聞くに、ジョバンニのあんまりわかりやすい挙動不審が気になって眠れず、早朝から起きて仕度してしまって、さてどうしたものかと悩んでいたのだそうだ。凄いぞベン。

「そいつ止めてくれ武蔵!」

 二つの足音が激しく駆け下りていくのを聞きとどけるまもなく、アリアの悲鳴にクロードはふり返った。
 玄関口に横倒しになった段ボール箱から、タールのように粘る黒い液体があふれ出て、上がり(かまち)を――つたいのぼり。
 床を這い。

 アリアが投げつけた紙コップは、じゅっと音を立てて飲みこまれて消え。
 いったん止まったように見えたのもつかの間、逆に目標を見定めたかのように、勢いを増して迫ってきた。
 クロードがとっさにシャツを脱いで叩きつける。泥のようなしずくが飛んで手の甲にかかる。
「熱っ!」
 見ると、アリアの袖口にも黒い粘液が飛んで、燃えだしている。

(しずか)! それ脱いで」

 手がふるえて脱がせられない。無我夢中で引き裂く。
 黒い水、いや火に、投げこむ。
 服はじゅっと音を立てて飲みこまれ、そして――
 波は、引きはじめた。

 最後に残った段ボールの輪郭がゆっくりと薄れていくのを、二人は抱きあったまま、茫然と見ていた。

「ごめん。本当ごめん。怖い目に遭わせて」
 ふるえながらしがみついてくる彼女が愛おしすぎて、その長いまつ毛にたまった涙のしずくをおれは、
 いやその話はどうでもいいとど突かれて紙芝居は終わる。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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