お熱いのがお好き (3)

文字数 1,124文字

 この不幸な(あるいは幸福な)男、名は梶原源太景季(かげすえ)(あざな)はエドガー。

 いまから書く話は「梶原佐々木のハンカチバトル」として永く後世に語り伝えられることとなるエピソードで、またの名を「宇治川の先陣争い」という。
 本当は壇ノ浦よりずっと前の事件なのだが、作者がこれはどうしても書かなくちゃと思っているお話の一つだから書いちゃう。どうかしばしおつきあい願いたい。

 度重なる「ぶしゃーっ」被害にこりたカミーユは、最近はかならずハンカチを持ち歩くようになっていた。それも、つねに複数。
 むろん、彼女のことだから花柄やフリフリではない。無印良品のオーガニックコットンガーゼハンカチだ。最優先事項(プライオリティ)は吸水性。色は白無地一択。

 梶原エドガーは蛇口をゆるめる際、ひじょうに急いでいたから、ゆるめすぎて一度水を出し、しぶきで胸元をちょっと濡らしてしまっていた。
 それを見たカミーユは、いそいでポケットからハンカチを取り出した。
「よかったらこれ使って」
 エドガーにしたらここまででじゅうぶんK点超えのフライングヒルだったのだが、あろうことかカミーユは取り出したハンカチを見て、あわててもう片方のポケットを探ったのである。

「ごめん、これわたしが一度使ったやつだった。こっち使って。新品だから」

 そっちの使ったほうにして!!
 とエドガーのピュアなハートは叫んだのだが、ピュアすぎて口にはできなかった。
 いままで生きてきた中でぶっちぎり五つ星の幸運にあずかろうとしているこの瞬間、変態だとは死んでも思われたくない。

 切ないまでにアホくさい話ではないだろうか。
 しかも、恐ろしいことにまだ続きがある。

 また別の日に一番乗りを果たしたのは、佐々木四郎高綱だった(こいつも四郎か)。(あざな)はエドマンド。
 この頃にはさすがのカミーユも焦っていた。自分の握力が不甲斐ないばかりに、皆に気を遣わせてしまっている。何とかしなければ。
 佐々木より先に洗面台に着こうと足を速める。
 驚いたのは佐々木高綱エドマンドだ。こんな千載一遇のチャンスを姫御前おんみずからに潰されようとしている。断じてなるものか、ちょ()めてまじで、と思って自分も小走りになる。

 二人は同時に洗面台に着き、同時に蛇口ハンドルに手をかけた。重なる手と手!
「あっ」っっっっっ ←エコー
 二人が同時に飛びのいた瞬間、勢いあまって佐々木が最大限(マックス)ひねってしまった蛇口から、ハワイはマウイ島のビッグウェーブのごとき大量の水がほとばしり──
「ご、ごめん。わたしのせいで」
「大丈夫です」(つうかむしろヘブン)
「よかったらこれ使って」
 キター!とエドマンドが思う間もなく、カミーユが声をあげたのはそのときだ。
「どうしよう、今日こんなのしか持ってない」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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