ロッカバイ・ベイビー (9)

文字数 1,209文字

「やめて。もう無理。助けて。
 誰か止めて」
 身をよじって泣くアリアを、ミランダが強く抱きすくめる。
 上空の二人の情念の高周波細動に支配され、アリアたちの内部も痛みにふるえ、沸騰しかけている。

 あたりは墨を流したように暗い。光が吸い上げられ、はてしなく消費されていくのだ。

 アリアの泣き声が聞こえたはずはないのに、ヴァレンティンの想念が静かに空を満たす。
〈おまえは帰れ。仲間のところへ〉
〈な……〉
〈いま完全に忘れてたな〉あきれはてた表情がヴァレンティンの顔に浮かんだ、と思ってもらってもいい。〈薄情なやつだ。おまえのためなら死んでもいいと思っている子たちばかりじゃないか〉

 座標空間の底面に、クロードが膝をついた。
 口もとを押さえ、激しく一度、せきこむ。

 指のあいだから鮮血があふれ、ぽたぽたとしたたり、宙に血だまりを作っていく。

 ベンジャミンが目を伏せてかぶりを振った。
「ワープ失敗だ。とりあえず解散する。
 三郎四郎、おまえらそれぞれミラ姐さんとアリアさんを連れてリープしろ。ここは危ない」
「武蔵さんは」とクリストフ。
「おれはあとから追いつく。御曹司の燃え殻を回収しないとな」ふっと笑った。「いつものことだ」

 なんで三郎より後輩のはずの武蔵が偉そうに指示を出せるのかというと、なんと武蔵は水原と同級になるためにわざわざ一年留年してるのである。という設定もいままで説明するチャンスがなかった。これもどうでもいい話なんで忘れてください。

「あ!」
 ミランダの叫びに皆がいっせいにふりあおぐと、新たな異変が起きていた。

 《船》が、回転を始めていた。
 輝く超弦(スーパーストリング)が《船》からほどけ、強く引っぱられるように巻き取られていく。
 巻き取っているのは──ヴァレンティンの手にした長刀だ。
 また突然出してきて申し訳ない。知盛だから長刀持ってるのである。

 涼しい声で、ヴァレンティンが吟じる。

 いにしえの
 しずのおだまき くりかえし

「やめろ」
 クロードが駆け寄る。「きさまそれは」
 巻き取られていく白熱の糸を思わず素手でつかもうとする。瞬間、火花が飛び、衝撃波がバチリと時空に亀裂を走らせる。じゅっ、と皮膚の焼ける音。
 ヴァレンティンの笑い声が明るく響く。「危ないよ」
「わかった。わかったから」クロードが叫んでいる。「やめてくれ。おまえ一人でこれを。無茶をするな」
「優しいんだね」
「知盛!」

 昔を今に なすよしもがな

「あの人、自分を(いかり)に」今度はミランダが駆け出そうとする。「沈める気だ。船を」
「お姉ちゃん」
「誰か止めて! 彼を止めて」
「無理だ、ミラ姐さん」
「だけどあんな負荷の時間を一人で背負ったらどうなるの? もう戻ってこられなくなっちゃう、下手するとばらばらに」
「危ない、いま出たら」
「ヴァレンティン!」

 行く手をふさぐベンジャミンの長刀をつき返し、ミランダが重力場シールドの外へ出ようとした瞬間、
 ヴァレンティンが飛んだ。
 飛び降りた。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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