愛されたいの (5)

文字数 1,142文字

「その口の利きかたは何だ。身の程を――」
 わきまえろ、と一歩前へ出ようとするオーギュストを、カミーユ自身が制する。
(捨ておけ)
(御意)

 木立が揺れている。集中して見まわしても、居場所が特定できない。
「わたしがおまえを呼ぶわけがないだろう」声のふるえを隠そうとして、よけいに凛と張った。
「そうなの?」
 返ってきたのは泣きそうな声だ。意表を突かれ、この時点でもうへなへなと崩れそうなカミーユだったが、なんとか自分を立てなおして怒鳴りつける。「用があるならここへ来て話せ」
「いやだ」
「どうして」
「怒ってるから怖い」

 きゅーん…… ←カミーユの胸の奥の音

 他に誰もいなかったら、武器などほうり出して抱きしめてよしよししてしまっていただろう。
 だが、観戦者たち(ギャラリー)の手前、そうもいかない。
 ちなみにこのときギャラリーは、オーギュストとエド×2(ダブルエド)(双子ではない。兄弟でもない。阿佐ヶ谷姉妹と同じで血縁関係はない)の三人だとカミーユは思っているのだが、
 さっきから赤いよだれかけをかけたきつねの石像が二体かたずを飲んで見守り、霊水の泉で金魚が二匹ぽちゃんと跳ねていることを、作者と読者は知っている。

「怖いのはわたしのほうだ。そちらからはどうにでも狙える。卑怯ではないか」
「卑怯——、卑怯なのは姉上だ」
「わたしが?」
「先週のあのなさりようは酷い。あんな手を使ってまで——」
「何の話だ」
「——九郎を亡きものに。姉上がわからない」
「待て、何の話をしている」

 からからん、と竹竿を石畳に投げ捨てる音が響いた。

「わたしが何をしたと言うのだ。おまえこそわたしを憎んでいるのだろう、殺したいほど。恨むのはそちらの勝手だが、わたしはおまえの影におびえながら生きるのにはもう飽きた。討たれるならおまえの放った刺客などにではなく、いっそおまえ自身に討たれたい。
 姿を見せろと言うのに。卑怯者」

 神木の一枝が、動きを止めた。
 (とばり)を上げるようにそろそろと葉が分かれ、なつかしい顔が現れる。
 目に、涙をいっぱいためている。

 しまった、とカミーユは息を止める。
 だめだ、あの顔を見るべきではなかった。
 許してしまう。

 すとん、とクロードは着地して、片膝をついたまま、切ない声で呼びかけた。
「由良ちゃん」

「だから!! 人前でなれなれしく呼ぶなバカー!!!!」

 もう一度拾った竹で姉にぶっ飛ばされて、ぴゅっと弟は枝葉の中へ逃げ帰る。
「怒らないって()ったじゃない!」
()ってない!」
「いっしょにお風呂も入ったのに!」
「入ってない!!」
「お医者さんごっこもしたのに!」
「してない!!!!」

 後ろ頭に汗をかいているギャラリーの中でも、いちばん困惑していたのは白狐たちだった。
(兄者……このよだれかけ、いつ外す?)
(完全にタイミング逃がしたな)
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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