愛されたいの (8)
文字数 1,904文字
真剣な顔でカミーユが言う。
「土佐くん一人に罪を着せるようで心苦しいけど、本当にわたしはまったく身に覚えがないんだ。八幡大菩薩に誓ってもいい」
「でも段ボールが鳩サブレーの箱だった」
「なぜそれでわたしだと断定する」
「じつはおれもちょっと思った」こちらも真剣な顔でクロードが言う。「姉上らしくないなと。こんな汚らしい手を使うのは」
鎌倉勢三人と、プラス後方でバルタザールがうんうんとうなずく。
「姉者ばっちいの嫌いでしょ。おれコロスなら、同じお届け物でも箱開けたらKEENのサンダルの最新モデル入ってて、おれがワーイって履いたら毒針が仕込んであって死ぬとかそういうほうが姉者らしい」
「それはおねだりか」とカミーユ。
「うん」
「あんたの家もうKEENだらけじゃない」
「ガルシアコレクションの新作が出たの!」
「知らんわ」
姉弟は真剣に激論を戦わせているつもりなのだが、ギャラリーはアホらしくなってきた。
(仲いいんじゃん)
とくに梶原エドガー・佐々木エドマンド・北条オーギュストの三人に対し、要らぬ反感を買うという大失策をやらかしていることにクロードは気づいていない。
(てか、彼女いんじゃん)
(すごい可愛いぽいし)
(何が「いちばん好きなのは姉者」だよ)
とくにとくに、新品のメモ帳のほとんどを落書きに使われてしまったオーギュストのショックは大きい。しかもそのうち数ページは「おれの
ふざけんな九郎義経、という空気が鎌倉勢のあいだに充填されたとしても無理はない。
(危ない)
一触即発の危険を察知して、文覚バルタザールが立ちあがったそのとき。
このタイミングでわれらが武蔵坊ベンジャミンが息を切らせて到着する。
「すいません遅くなって! なんか知らんおれだけ由比ヶ浜に出ちゃって。え、何この雰囲気? まさかまたうちの御曹司が鎌倉殿にご無礼をっ」
「違う」とクロードがふり返る。
「そのとおりだ」とカミーユがうなずく。
「面目次第もございません」とベンジャミン。「ちょっと目を離したすきに!」
「いや、ちょうどよかった、わたしも訊きたいと思っていたところだ。武蔵くんは土佐くん仕留めたの?」
「いまその話だったんですか」
「そう」
「それは」いろいろ謝ったり言い訳したりしたくて頭の中がぐるぐるしているベンジャミンだが、それらをちゃっと脇に置いて質問に答える。「それが、仕損じました」
「そうなの? めずらしいね」
クロードとアリアが謎の液体と闘っているあいだ、ベンジャミンは土佐坊昌俊ジョバンニを追ったのだ。だが、長刀を振り下ろした瞬間カン!とはでな金属音が響き、ジョバンニの姿は煙のように消えていた。あとに残ったのはマンホール。
「マンホール?」
「あわててふたを持ち上げたんですけど」良い子はまねしないでください。ふつうマンホールのふたは素手では開きません。ちゃんとフックを使いましょう。「もうぜんぜんまにあわなくて。どうも納得いかないんです。あいつはあんなに素早いやつじゃなかった。本当に土佐坊本人だったかも怪しい」
ぞっ、と冷たいものが各人の背筋を走る。
「とにかく、わたしの監督不行き届きだったと言えなくもない。その点は謝る」カミーユはいさぎよく頭を下げた。「土佐くんがわたしの意を汲んだつもりで独断で決行に及んだにせよ、あるいは他の事情にせよ、何かわかったら知らせる。武蔵くんに」
「御意」
「だがこれだけは言っておく」するどく弟を見すえる。「九郎は二度とわたしのエリアに立ち入るな。今日のところは無礼講だ。次はないぞ」
「なんで」とクロード。
「『なんで』じゃない。おまえはまだ許されていない。皆の手前しめしがつかない」
「そういう建前とかじゃなくてほんとの気持ち聞かせてよー」
「いいかげんにしろ。おまえと話していると頭がおかしくなる。わたしはペースを乱されるのが嫌いなんだ」
そっけなく言って向けた背に、涼しい声がかぶさってくる。
「姉上。お帰りの前に、お忘れではありませぬか」
「何だ」
思わずふり返ると、敵はにっこり笑って両腕を広げている。
「ハグ」
この日何度目かの沸点に、カミーユは達した。
彼女をつねに男装という設定にしてしまって失敗したかも、と作者は思う。
せめて私服のときはロングスカートにしておけばよかった。
そうすれば、彼女の華麗な回し蹴りが彼のあごに一発で決まったとき、ひじょうに素敵な光景(別名「スカートの中の劇場」)がギャラリーの目の前に展開していただろう。まあそれも佐々木梶原あたりに見せちゃうにはもったいないから、やめておいて正解か。