シュガーとスパイス (6)
文字数 785文字
必死につめよってくる彼の額ににじむ汗を見て、何がなんだかわからないアリアにも事の深刻さだけはわかった。このタンバリンが何かの術具であり、自分はうっかり彼の召喚に成功してしまったのであり、彼は何かの緊急事態に直面していてそれどころではない、ということ。
そして、自分には彼をもとの場所へ戻してあげる方法がわからない、ということ。
「ご、ごめんなさい。わかんない」
「えっ」
「あたしもこれさわったの初めてで。使いかたが」
「ええっ?!」
途方にくれた声を出された。舌打ちこそされていないが、さぞ迷惑な女だと思われたにちがいない。
初めて二人きりで話せたのに、こんな悲惨な。
深く傷ついている自分にアリアは気づく。
「あの、これ、マニュアル……」
小さくたたまれた紙を胸の谷間から取り出そうとしたら、いきなり彼が手を突っこんできた。
「!!」
一瞬気を失いそうになるが(嬉しさで)、男のほうは必死すぎて自分が何をやらかしたのか気づいていない。
手首を一振りすると、紙がはらりとほどけて広がった。細長い。三十センチくらいある。
「読めねえっ」
いちおうクリストフのために弁じておくと、彼もけっして頭の回転が遅いわけではない。
ただ、CPUの容量が小さめなので、フリーズしやすいだけだ。
読者だって想像してみてほしい。いまの彼と同じパニック状態で、8ポイントの細字でみっしり書かれた操作マニュアルを瞬時に解読できるかどうか。できないでしょう。作者はできない。だいたいマニュアルなんて読めば読むほどわからなくなるようにできているものなんである。
クリストフが手首を一振りすると、マニュアルはたたまれてしゅっと彼のてのひらに収まった。まるでヨーヨーだ。
そのままアリアをふり返る。一瞬迷うが、即座に決断する。
「波多野さん、ごめん。いっしょに来て」