ロッカバイ・ベイビー (4)

文字数 1,442文字

(ここ……、どこ?)
 片手に赤、片手に青、二色のリボンのタンバリンを持ったまま、波多野アリアはふらふらと二、三歩踏み出した。
(体育館の裏だよね。でも何、あの四角い光るの? それにすごく暗い)

 体育館の裏。読者諸君もそれぞれ何らかの思い出があるかもしれない。
 学園祭のさいちゅうで人出がみな校舎のほうに集中しているから、体育館の裏などは普段よりさらに人気がなく、がらんとしている。だからクロードたちも秘密のワープの起点に選んだのだが――

 いや、白状する。この「ロッカバイ・ベイビー」の回、ようするに源平のバトルサーガでくりかえし描かれる「大物浦(だいもつのうら)」のエピソードなのだ。
 それで「ナントカのうら」というしゃれをさんざん考えたんだけど、けっきょく体育館の裏しか思いつかなかった。作者の貧困な連想力をどうか許していただきたい。

 大物の裏、ちがう、大物浦は兵庫県尼崎市にいまも実在する地名で、源義経主従が再起をめざして出帆しようとした場所として知られている。
 祈りもむなしく大風に吹き戻され、船出はかなわなかったという。
 その船出をはばむ嵐の役が、能や歌舞伎では平知盛@怨霊バージョンということで、とーっても派手に盛りあがる。『平家物語』の中の知盛はひじょうに落ちついていてあきらめのよい人だから、舞台上でのたうちまわる自分の白塗り血まみれの姿なんか見たら赤面して嫌がるんじゃないかと作者は思うのだが、まあそういうのもひっくるめてトモっち大人気なんだからしかたない。白装束の似合う男はつらいね。

 ということで、ふらふらと二、三歩踏み出したアリアなのだが、
 その体がふわっと宙に浮いた。
「!」
 自分で浮こうとしたのではない。体が勝手に、上方に吸い上げられていく。

「まずい」
 武蔵ベンジャミンは踏みつけていた佐藤クリストフの尻尾を放すと、馬の四肢でかるくたたらを踏んだ。いまケンタウロスの原型に戻っている彼は、さらに上半身にも人の腕が二本ある。その左手でふわふわと浮かんでいくアリアの足首をつかみ、右手で長刀をふるって(突然出してきてごめん。弁慶だから長刀持ってるの)、宙にしゅっしゅっと光る弧を描いた。
 同時に、アリアはすとんと着地した。
 上空の強烈な重力場に対してシールドを張ってくれたらしい。

「ごめん。痛くなかった?」
「大丈夫。ありがとう」
「なんか本当ごめん、面倒なことに巻き込んだみたいだ。波多野さんには見せたくないんだけど、どうしよう」

 ベンジャミンの真剣な目を見て、アリアは自分が長らく彼を誤解していたことに気づく。
(いい人だったんだ)
 しかめ面だとずっと思っていたのは、罪のない女の子を道連れにしちゃまずいだろうという彼の苦悩の表情だったのだ。顔がコワモテだから怒ってるように見えちゃっただけ。ベンジャミン、じつは紳士なんである。

「見せたくないって」アリアの声はふるえる。「何が始まるの?」

 ベンジャミンとクリストフが途方にくれた視線を見かわしたとき、
 頭上を彗星のごとく滑り来る美しい姿があった。上腕は体側に付け、ドルフィンキックだけで超速で空中を《泳いで》降りてくる。
「お姉ちゃん?!」
 そう、ここでチャイナドレスでドルフィンキックをやってほしくて、ミランダにはあらかじめチャイナドレスを着てもらっていた。いちおうアリアのクラスが英国喫茶でミランダのクラスが中華喫茶という設定は立てていたのだが、いまのいままで説明するひまがなかったんである。まあどうでもいい話なんで忘れてください。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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