佐藤くんとあたしアゲイン (6)

文字数 1,340文字

「珍味や、聞いてましたんやけどなあ」
「何が」
「人魚の肉」
 涼しげな黒の直衣(のうし)姿が、あふっ、と小さく上品なあくびをする。

「お上の滋養強壮にと思て」ふふふと唇で笑う。「そやけど、八百年やて。驚きましたわ。不老不死も退屈やけど、たかだか八百年延びるだけやて。まあ小さいこと。あほらしゅうなりましたわ。ひゅーまのいどはんらのお考えにならはることは、どうもわかりまへんなあ」

 怪しい。怪しすぎる。いや、この新キャラがではなく、作者の京都弁がだ。
 一語ずつ「標準語→京ことば変換アプリ」で変換していくのにも限界がある。

 今後は普通に標準語でしゃべってもらおうと思うんだけどいいですか。いいですよね。
 そのほうが読者も助かるだろうし、だいいち真正の京都出身の友人たちに失礼をしないですむ。というか作者が恥をかかないですむ。

 ということで、
「違いますやろ」相手が応じる。「食用やあらしまへん。ああ、もう標準語でいいんだった。生け捕りにせよという話でしたよ」
「活け作り?」
「女体盛り?」
 美麗な男たちは口もとを押さえてつつましやかに笑いあうが、話の内容はお下劣きわまりない。
 かつ、残酷きわまりない。

「ま、何もすぐに刺身にしなくても」囲碁の一局が終わったばかりと見えて、先に口をきいた男は盤上の白い石を手に集めている。「他にも使いようはいろいろ」
「使いよう、とは?」もう片方が黒石を集める。
「躍らせる」
「踊り食い?」
「がっつきすぎですぞ」白石が涼しげに笑う。「まあ、千人に一人の舞の名手という話ですからね。まず舞わせて」
「目の保養」
「しばらく飼っておくのも一興かと」
「飼っておけば良いことがありますか」
「何かの餌になりますでしょう」

のね」
「そう。仕掛けておけば、向こうさんから飛んでくる」
「しめたこれから寝て待とか、ですか」
「そういうこと」

「けど、とり逃がした、という噂も聞きましたよ」黒石は上目づかいに相手の表情を盗み見る。
「まさか。ちょっと手の届かない所へ逃げこまれただけです」
「それをとり逃がしたと言うのでは」
「いえいえ。袋のねずみですよ。いや、袋のきつねか。ふふ」
「きつね? 人魚でしょう?」

「それがね」白石はにっこりと目を細める。表情だけ見ていたら、貴重な茶器かなにかを賞玩(しょうがん)する話でもしているかのように(みやび)やかだ。「子ぎつねが一匹ついてきてしまったのです。嬉しい誤算。これがまた、可愛いのなんの」
「そんなに?」
「ええ」
「早くお目にかかりたいものだな」黒石も微笑する。
「いや、乱暴なことをして傷でもつけたらもったいない。いまは気が立っているようだから、しばらくそっとして、遊ばせておいてあげましょう」
 夢見るような目つきで、盤上に残った石を手すさびに並べはじめた。

 ぴしり、と石を打ったとき、上質な碁盤は、ほんのわずか柔らかくへこんで石を支えるので、石がずれないと聞いたことがある。
 (かや)檜葉(ひば)(かつら)。木肌の美しさばかりでなく、香りと打ち音を愛でる。
 少なくとも樹齢数百年は経た大木が必要なのだそうだ。
 もはやわが国本土では稀少となっている。

 黒。白。黒。白。
 複雑きわまりなく見える囲碁のルールだが、基本は明快だ。
 逃げるのを、追いかける。じっくりと追いつめて、囲んで、獲る。
 一網打尽だ。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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