骨は珊瑚、目は真珠 (2)

文字数 842文字

「また水葬の夢?」
 ほとんど語尾を上げずに、彼はつぶやく。ひとりごとのように。
 わたしも答えない。
 わたしたちの会話はいつもそうだ。

「また、動きが?」これも、語尾を上げずに。
 わたしもうなずかない。うなずく必要さえない。

「大きかった」声を出したら、かすれていた。
 彼の静かな目が一瞬光る。川底の石のように。
「バリアを強化しようか」と彼。
「いや、その必要はなさそうだ。おそらく来ない。今回は」

 何があったかはわからないが、

の気配が消えたことだけは確かだ。

 わたしは起き上がる。ベッドの上に。
 見慣れたシーツを確認して、顔には出さずに、安堵する。
「何か飲む?」と彼。
「いや、いい」
 だが、そう答えた声とシーツの上の両手が、ごまかしようもなくふるえている。

 彼の腕がのびてきて、わたしを抱きしめる。強すぎもせず、弱すぎもせず。
 父親のように。
 母親のように。

 見られたらまずい。わたしが体を動かすと、動けないように力をこめてくる。
「大丈夫。まだ朝の四時だ。みんな寝ている」
 ふふ、と耳もとで笑い、
「これ以上何もしない」

 ここはわたしの部屋だった、と、わたしは思い出す。寮の部屋だ。
 全寮制の男子校なのだが、わたしは特例として、男装を条件に在学を許されている。
 舎監も夜着(よぎ)までは(あらた)めないが、夜も男物をわたしは着ている。支給された、そっけない白い長シャツだ。
 これでじゅうぶんだ。
 むしろ落ちつく。わたしの、夜ごとの経帷子(きょうかたびら)――死に装束だ。

「やっぱりバリアを強化しておく」腕をゆるめながら彼が言う。「佐々木と梶原に言っておく。由良には安眠してもらいたいからな」
「すまない。起こしてしまって」
「そうじゃない。おれは起きていた。起きて聴いていた」微笑んでいる。

 ベッドの上にそっと横たえられ、わたしは、ふたたび天井を見つめる。
 さっきの夢の名残りがきらめく。青く。透明に。おぞましく。
 死ね、と、わたしの唇が動く。死んでくれ。
 頼むから死んでくれ。
 わたしの行く手に立つな。

 わが最愛の――弟よ。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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