佐藤くんとあたしアゲイン (8)
文字数 1,564文字
水の匂い。
ほとばしる水の響き。
おどろき騒ぎ引きとめる声また声をはねのけ、荒々しく踏み鳴らして迫ってくる足音がある。
急流のように。滝のように。
悲鳴をあげるすきもあらばこそ、一同を蹴散らして、中央正面の
「後白河いるか」
取り巻きたちは失神せんばかりにパニクっているのに、ざっと御簾を引き開けられてしまった本人はいたって平然としている。
「やあ、文覚くん。ひさしぶり」
白いポロシャツにバミューダパンツ。だらりと椅子に腰かけ、マンガ本を手にしている。
最高権力者にはあるまじきぶっとんだ格好だ。
だが、
後白河
ちなみに、
ふだんは大人(=中年以降)のキャラクターを描くのが好きな作者なのだが、この小説には思いきって
だから史実どおりだと中高年のはずの頼朝くんも文覚くんも後白河くんも、みーんな若い。若くて全員美形。美形か超絶美形かのどちらかしかいない(そこは私の小説はいつもそうだ)。
「暑いねえ」
「暑くねえわ」とバルタザール。「なんだそれは」
「これ? 『聖☆おにいさん』の新刊。読んだ?」
「え、まだ。ってその話じゃねえ。調子狂うな」
「元気そうで何より」
「元気だったらこんなとこ来ねえわ」
こう見えてこの二人、那智の滝での修行仲間なんである。
「あの子たちをどこへやった」バルタザールが詰め寄る。
「あの子たち?」
「とぼけるな」
「とぼけるも何も」きょとんとしているローレンス。「なんの話?」
文覚バルタザールはしばらく後白河ローレンスの目をじいっと見つめた。まばたきもせず。
そしてやおら、くるりと背を向け、すたすたと歩きだした。
「帰るわ」
「えー、もう帰るの?」無邪気に追いかけるローレンス。「せっかくだからゆっくりして行ってよ。わたしも退屈していたんだ。話聞かせて、なにその『あの子たち』って。ねえねえ」
「あんたに用はないことがわかった」
「そんなあ。きみ、その子たちの何なの」
「保護者」
「きみも未成年でしょう」
「おれは中身が老けてるからいいんだ」
「あはは、わけわかめ」最近覚えたらしい下々の言葉を楽しそうに使う。育ちのいい人にはこういうところがある。「カラオケ行こうよ」
「おまえはすぐのど潰すからいやだ」
「もう潰さない。あれからすごく練習したから、
「今様まだおまえのマイブームなの」
「うん。こんど本出すことにした、『
部屋の空気が凍った。
ゆっくりとふり返るバルタザール。
「うん?」ローレンスはやはりきょとんとしている。「どうしたの? みんな」
【なくてもいいかもしれない注】
※1 今様
平安末期に流行した声楽。その当時として「現代風」という意味。七五×四句の詞型を特徴とし、鼓などの伴奏で歌うこともあった。
※2 梁塵秘抄
平安後期の今様歌謡集。撰者は後白河法皇。成立年代未詳。一部のみが現存する。
※3 白拍子
平安末に起こった歌舞の一種、およびそれを演ずる遊女。男装して、つまり水干に立烏帽子、太刀を帯びるといういでたちで歌いつつ舞ったので、「男舞」ともいった。
源義経の愛妾、静御前は、おそらく最も有名な白拍子の一人。
(百科事典マイペディア、ブリタニカ等より編集)