ロッカバイ・ベイビー (11)

文字数 933文字

 祭りの後は、つねに、がらんと明るい。

 学園祭の翌日は全休講だ。みんな総出で、後片付けをおこなう。
 木くずやベニヤ板の切れ端、丸めたり破られたりした模造紙、サインペンとペンキのにおい。

 お疲れさまと言いあって皆が帰った後も、教室に残っているやつがたまにいる。
 なごり惜しげに見まわして、祭りの余韻をたのしんだり。

 そうでなかったり。

 水原クロードは、西日の射す窓辺の席に、ぽつんと座っていた。
 その席に、近づく。
 一歩一歩が無限に遠いように、波多野アリアには感じられた。

 隣りに腰かけて、そっと手を取ると、かすかに火傷のあとが残っている。

「水原」
 長い沈黙の後で、アリアはやっと言った。
「どうしてあたしとつきあったの」

 彼がいま、どんな目をしているのか、見る勇気がない。

「——かと」かすかな声だった。
「え?」
(いや)される、かと。

「癒されるかなと、思ったんだ」

 アリアの心の底で、何かがはじけた。

 それが絶望というものだったのだと、後になってアリアは知ることになる。一瞬で胸の奥がはり裂け、気道を炎が駆けのぼって息がつまり、焼けただれた。開けてはいけない扉を開けて噴き出してしまったバックドラフトだった。
 思わず立ちあがると、椅子の倒れる音がした。

「なにそれ。
 癒されなよ。

「癒されればいいじゃない。
 なんで癒されないの。

「なんであたしじゃ癒され——」

 あまりの怒りと悲しみに目がくらんだ。息がつけなくて、机に手をついた。
 お姉ちゃんの言ったとおりだ。やめておけばよかった。この恋は報われない。でももう後戻りできない。

 たった一人の。たった一人の。あたしに——おれにとって。
 おれには——あたしには。あの人しか——あなたしか。
 あの人のためにおれは。あなたのためにあたしは。どんなことでも。
 ただ、あなたの一言だけを待ち焦がれて。
 愛していると。
 おまえが必要だと。

 あたしたちはシンクロしている。かぎりなく共振している。
 二本の(いと)
 ただ、永遠にまじわることはない。

 立ちあがった男の足の下でも椅子が倒れた。
 机の上に押しつけられて目をつぶりながら、アリアは、
 あの体育館裏に落ちていた眼鏡を思い出していた。

 つるがちぎれ、ガラスの砕けた、新品の眼鏡を。





―第一章 了―
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。火狐(ファイアーフォックス)。

平野知盛/ヴァレンティン(ひらのとももり/ばれんてぃん)


平野一族の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。現在はアリア姉妹の実家に客人として身を寄せる。クロードとは因縁の仲。樹霊族(ドリュアード)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)


カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

梶原源太景季/エドガー(かじわらげんたかげすえ/えどがー)


カミーユの同級生。佐々木エドマンドと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

佐々木四郎高綱/エドマンド(ささきしろうたかつな/えどまんど)


カミーユの同級生。梶原エドガーと血縁者ではない。橇犬族(ハスキー)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが……。土霊族(ノーム)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは那智の滝での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

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