お熱いのがお好き (8)
文字数 1,153文字
ようやくきつね(蕎麦)が運ばれてきた。バルタザールはいただきますの合掌をすると、割り箸を口でぱきっと割って食べはじめた。「ここのきつね(蕎麦)美味いんだよ」と言う。「甘すぎないのがいい。甘いと飽きるだろ」
「そうなんだ。あたしもきつね(蕎麦)にすればよかった」
言ってから、何をどぎまぎしてるんだろうとアリアは思う。
水原とはあいかわらずだ。優しくされるほど、かえって寂しい。
彼のことを考えると、嬉しいよりは胸が苦しくなる。
今度生まれてくるときは、佐藤くん(弟)みたいな誠実な人に好きになってもらえる女に生まれてきたいな……
「あ」
ミランダの蕎麦湯が運ばれてきた。彼女がいつもざる蕎麦一択なのは、この蕎麦湯が楽しみだからでもある。かけ蕎麦には蕎麦湯はついてこない。
「ねえ」姉は妹をかるくにらんだ。「いま『あたしもざるにすればよかった』って思ってるよね。毎回かならず言うよねそれ。ほんと学習効果ないね」
「えへへ」
「わかってる。ちゃんとあげるから蕎麦湯。ほら」
「ワーイありがとう」
とろりと濃く、香りのいい蕎麦湯。つゆの残りを割り入れ、ほんの少し七味もふって。
「おれだけ食いながらで悪いけど、話続けて」とバルタザール。
「うん」とミランダ。「今日天気いいし、このあとつき合ってもらえる?」
「いいよ。そう思って空けた」
「サンキュ」
「どこでやる?」
「防音スタジオとかないかな、レンタルの」
「あるけど」バルタザールは箸を止めて顔を上げた。「かえって危ないと思うよ」
「そう?」
「反響でこっちがダメージくらう危険がある。外のほうがいいんじゃないかな。広い場所が」
「例えば?」
「まあ普通に浜辺?」
「あとは?」
「逆に山の上?」
「うーん」
「どっちでも案内できるから選んで」再び蕎麦にかかる。豪快なようでいて箸づかいがきれいだ。「だけど持ってきてるの、実物? 泳いできて、よく濡らさないで持ってこれたね」
「ドローンで送った」ミランダはあっさり言った。「そろそろ届く」
ということで蕎麦屋の前にドローンでタンバリン×2が到着する。
タンバリン。フレームドラムのうち、さまざまな形や大きさのものがそう呼ばれる。
共通するのは、きわめて浅い丸い胴の片側にのみ皮を張った※、片面太鼓という点だ。
枠にぐるりと小さなシンバル(ジングル)が取り付けられている。
片手に持ってもう片手で叩く。手のひらや指先で叩くほかにも、自分の体に打ちつけたり、振ってジングルを鳴らしたり、奏法は単純ながらバラエティに富む。
いまのところこの二つの
「手のひらで一回叩くときつねが召喚できる」
という奏法だけが判明している。
※皮を張らない枠とジングルだけのものも含まれる(モンキータンバリン)。
カラオケなんかにあるやつ。