別のハンター

文字数 3,836文字

 カンタロウの持病も治り、再びゴーストエコーズのいる森へむかうことになった。

「いきなり二発も殴るか?」

 カンタロウはアゲハに殴られた部分を、手でさする。

「そのぶん楽しんだでしょ? どうだった? 気持ち良かったのか? いい香りだったか?」

「ちょ、アゲハさん。やめてください」

 マリアは真っ赤になり、アゲハとカンタロウの間に入った。

「誰かさんよりかは、柔らかくて気持ちよかった」

「へぇ、そう。私は鉄のように固いってわけね」

 アゲハが細い目で視線をむけるが、カンタロウは目を合わせない。

「カンタロウさんも、変なこと言わないでくださいっ!」

 恥ずかしさのあまり、マリアの語気が強くなる。

「あ~あ、マザコンの仲間を持つと大変だなぁ。ハンター仕事、うまく進まないし」

「俺はマザコンじゃない。親孝行だ」

 アゲハのマザコン嫌みは鉄板と化し、カンタロウの言い訳も同じだった。

「もうっ、二人とも、いい加減にしてください!」

 マリアが二人の喧嘩に耐えられず、叫んだ。

 ――う~ん、あれが噂に聞く、修羅場か。空目を使おう。男女の関係に入るべからずと。

 三人の後ろで、ランマルは馬耳東風を決めていた。

 前の森から、四人の男女がでてきた。その森は、ゴーストエコーズが出現しているとされる現場だ。

「うん? 誰か来るぞ?」

 ランマルが四人の存在に気づいた。

 カンタロウとアゲハの口論がやんだ。

「おやっ? 何か生き物の臭いがするぞと思ったら、同族じゃねぇか。魔帝国から来たのか?」

 狼タイプの男の獣人だ。軽装な服から、筋肉質な肉体が見える。毛は灰色、頭に青い線がある。グレーの瞳が、アゲハを映す。

 ――げっ、獣人。

 アゲハはつい、後ろに後ずさった。

「ほうっ? 金髪に碧眼か。獣人にしては、珍しいな。お前達、ハンターか?」

 アゲハは警戒心丸出しの視線を、獣人にむけたまま、何も答えない。

「そうだ」

 カンタロウが代わりに答えた。

「へっ? わはははははっ。まだガキじゃねぇか。こりゃいい。なあお前、俺達と来ねぇか? 気に入ったぜ」

 獣人の興味は、アゲハしかないようだ。

 アゲハは嫌そうな表情を、隠そうともしなかった。

「お呼びだぞ?」

 カンタロウが急に黙ってしまった、アゲハを呼んでみる。

 アゲハは目をそらしたまま、

「……やだ」

「どうしてだよ? こんな奴等より、俺の方が数倍は強いぜ? 見ろこの肉体。こんな華奢な奴等といるより、俺といる方が安全だぜ」

 獣人特有の、雄が雌を誘うためのマッスルポーズだ。獣人の多い武帝国では、名物光景の一つとなっている。ちなみに獣人の女性は、もちろん筋肉だけで恋人を選ぶことはない。

 ――でたよ。筋肉アピール。うざっ。

 アゲハは顔をしかめた。

 戦闘タイプの獣人ほど、自分の肉体をアピールしたがる傾向にある。まさしく、強さこそがすべてと、王様自ら公言するお国柄そのものである。

 マリアはすっかり怖がってしまい、カンタロウの背中に隠れた。

 アゲハは呆れきってしまい、話すのもめんどくさかった。

「おいおい。いい加減にしろよ」

 ランマルが三人の前に立った。

「おっと? お父さんか? こりゃ失礼」

 獣人はポーズをやめ、服装を整えた。

「お父さん? 誰のことだ。まだ俺は独身だ」

「へっ? 違うのかよ。なら、お兄さんか?」

「違う。俺はこいつ等と、同年齢だ」

 ランマルは三人の若者と、同じに見られたいのか、平然と他人の獣人に嘘を言った。

 ――ランマル。その嘘は苦しい。

 カンタロウはそう、心の中で思った。

「ちなみに、アゲハちゃんには、ランマル兄さんと呼ばれているがな」

 口元が微妙に、にやけている。

 ――ランマル。まんざらでもなかったのか。

 ランマルの意外な性癖に、カンタロウは驚いた。

「同年齢? 嘘つくな。どう見ても、おっさんだろうが」

「おっさん言うな! せめてお兄さんって言え!」

 ランマルのうそは、獣人に即見破られた。

「ライヤ、もうやめろ。失礼した。俺達はゴーストエコーズを討伐しにきたハンターだ」

 人間の男が、ランマルの前に立った。黒い瞳に黒い髪。カンタロウよりも背が高く、がっしりとした体格をしている。鎧を着て、腰には剣がある。見たままの剣士だ。

 チームのリーダーを務めているのか、顔はりりしく、引き締まっていた。

 男はランマルにむかって、手を差しだす。

「うん?」

「握手だ。君がリーダーだろ?」

 年齢的に、ランマルがチームのリーダーに見られたようだ。

「あっ、ああ。そうだ。ランマルだ。よろしくな」

 ランマルはとりあえず、そう答えた。

「俺の名前はラッハ。第一級ハンターだ。後ろの弓矢使いがムー。こっちが魔導師のエスリナだ」

 長い耳を持ち、金髪の男が会釈した。その隣にいる、濃い緑の髪をポニーテールにした女も、軽く頭を下げた。二人とも人間ではない特徴がある。

 ――エルフに、ニンフか。

 アゲハはすぐに人種を把握した。

「君達も、ゴーストエコーズ討伐か? その紋章からすると、剣帝国に雇われたのか?」

 ラッハはランマルの鎧に描かれている、ソードドラゴンを見て言った。

「ああ、そうだ」

「あの森へ行くのか?」

「そのつもりだ」

「そうか。まあ、がんばってくれ」

 ラッハはあっさりと、ランマルに道を譲った。

 ムーとエスリナがラッハの後ろで、クスクス笑っている。

「お前達はあの森に行ったのか?」

 ランマルがラッハにそう訪ねてみた。

「ああ、まあ、そうだな。行くことは行ったが……。まっ、ライバル同業者だが、良いこと教えてやるよ。あそこには、確かに、ゴーストエコーズがいる」

「えっ? もう倒したのか?」

「いや、倒せなかった。だから諦めて帰る所だ」

「そうなのか?」

「まあ、そういうことだ。じゃ、俺達は行くよ」

 ラッハは言葉をすぐに切ると、ランマルを横切ろうとした。

「待って。あなた、エリニスの?」

 エスリナがラッハを止め、マリアに話しかけた。

「えっ、ええ。そうです」

「やっぱり。その紋章、それにその顔。あなた、けっこう有名よ。あの人のお気に入りだって。私も信者なの」

「あっ、ああ……そうなんですか」

 マリアは微妙な反応だ。エスリナをよく知らないのか、目が上向きになる。自分の記憶を探っているようだ。

「まっ、今回は譲ったげる。がんばってね」

「はい、ありがとうございます……」

 一応頭を下げはするが、やはりエスリナのことを思い出すことができなかった。マリアはそれ以上何も言わなかった。

「へへっ」

 獣人のライヤは、アゲハの前に立った。そして顔を近づける。

「なっ、何よ」

 アゲハは警戒して後ずさった。

「今ならまだ間に合う――俺達と来い。大金が手に入るぜ」

「やだったら! 私はこの人の、妻なの」

 アゲハは無理矢理、カンタロウの手を握った。

 ライヤの鋭い視線が、カンタロウにむけられる。

「おいっ、ちが、うっ!」

 否定しようとしたカンタロウの足を、アゲハはおもいっきり踏んだ。激痛が背筋を走り、飛び上がりそうになった。

「まっ、マジか? てめぇ。それなら俺と勝負し……」

「ライヤ! いい加減にしろ! 行くぞ」

 戦闘体勢に入ろうとしたライヤにむかって、ラッハの大きな声が飛んできた。

「……チッ、いいか。次会ったら、俺と勝負しろ。決闘だ!」

 さすがにリーダーの命令には逆らえないのか、ライヤは青筋を立てながら、その場から離れていった。

「……今のは、かなり痛かったぞ」

 カンタロウはアゲハの手を振りほどくと、足をさすった。

「ごめん。アイツ等しつこいからさ。よっぽど私が珍しいんだよ。すぐに自分のものにしようと争うし。――足、大丈夫だった? ごめんね」

 アゲハは両手を合わせると、カンタロウに素直に謝った。それが意外だったため、カンタロウは面食らっている。アゲハは愛らしい笑みを浮かべていた。

「あっ、ああ。大丈夫だ」

 カンタロウはつい照れてしまい、アゲハから視線をそらした。

 ――よかった。仲良くなってくれて。

 マリアは二人の関係が改善したことに、胸をなでおろした。





「ちょっと、かわいそうだな。アイツ等」

 ムーが十分、カンタロウ達から離れたことを確認すると、ラッハに話しかけた。悪意のある笑みが、ニヤニヤと漏れている。

「仕方ないさ。同業者だ。――こちらが負けるわけにはいかない」

 ラッハの表情は変わらない。真っ直ぐ目標にむかって、歩いていく。

「ほんと残念。久しぶりに会えたのに。すぐお別れなんて。まあ、あっちは私のこと、忘れてたみたいだけど」

 エスリナは薄ら笑いをしている。そこには残忍な脂が、滲んでいた。

「おいおい。同じ信者なら、もっと心配そうな顔をするんじゃないか?」

「あら? してなかった?」

「嬉しそうだぞ」

「あらら。本音がでちゃった」

 エスリナはムーに本心を悟られ、無邪気に笑った。

「あ~あ。せっかく、お気に入りのメスがいたってのになぁ」

 ライヤは、まだアゲハのことが気になるようだ。

「そう嘆くな。大金が手に入れば、あの子もお前の元に戻るかもしれないぞ」

「おいおい。プライドの高いエルフ様が、そんなこと言っていいのかよ?」

「俺は金が好きなんだよ。それに、エルフが皆高尚な存在ってわけじゃないさ」

 ムーはうざったそうに、片手を振った。

「そりゃそりゃ。尊敬しちまうぜ」

 ライヤは両手を後頭部へやる。

「みんな、気を引き締めて行くぞ!」

 ラッハが皆に声をかけた。目的地は近い。気合いを入れ、仕事に臨む。

 三人は自分に活を入れ、歩んで行った。
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