釣瓶の国へ

文字数 5,021文字

 ランマルはカンタロウとマリアを背中に乗せ、ジャンプして穴から脱出した。

 地面は斜面になってしまい、気をつけなければ、転んでしまう。

 土の塊が、ポロポロと下へと落ちていく。

「土だらけだ」

 カンタロウは服を払った。

 マリアとランマルも、同じく手で服を払う。

「うわっ、きったねぇ」

 アゲハがカンタロウを指さして笑った。

「ほっとけ」

「ほら、後ろむいて。払ってあげるよ」

「あっ、ああ。すまん」

 急にしおらしくなるアゲハ。

 カンタロウは急変する性格に、動揺を隠せなかった。

「ごめんね。罠だと気づかなかった。もう少し早く気づいていれば、こんなことにならなかったのに……」

「いいさ。仕方ない」

 カンタロウの背中が、アゲハによって優しく払われる。

 ――ふふん。男って、ほんと単純。

 アゲハはカンタロウの後ろで、本心を明かしていた。その表情に、誰も気づかなかった。

「それにしても、さっきのエコーズ。どうして爆発したのでしょうか?」

「ああ、あれはたぶん、第二種のゴーストエコーズで、上位種に操られて、自爆させられたんだ」

 カンタロウがマリアに、すらすらと説明する。

 ゴーストエコーズとの戦闘経験があるので、基礎知識は持っていた。

「第二種?」

「ゴーストエコーズの中でも、一番の下だ。次にえらいのが第一種。一番えらいのが特種だ」

 カンタロウの説明がわかりにくかったのか、マリアは首を傾げる。

「詳しく言うとね。第二種は知能が低いし、言語能力もないの。第一種は、言語能力はあるけど、知能が低い。特種は、両方とも高い」

 アゲハが補足説明した。

 マリアはゴーストエコーズの序列を理解する。

「つまり、あのゴーストエコーズを操っていた者は、第一種か特種になるが……」

「特種の可能性が高い」

「ああ、恐らく。いや、絶対そうだな」

 カンタロウとアゲハがうなずき合う。

「そりゃ最悪だな。特種エコーズなんて、俺はやりあったことないぞ」

 赤眼化から黒い瞳に戻ったランマルが、両手を天に上げた。

「そりゃそうだよ。滅多にいないもん」

 アゲハも両手を上げる。

「あのっ、それなら、特種ゴーストエコーズと普通のエコーズの違いって、何があるんでしょう?」

 マリアが片手を上げて、質問する。

「……さあ」

「……そういえば、そうだな」

 カンタロウとランマルは、お互いを見合わせた。

「ぜんぜん違うよ。エコーズは、ゴーストエコーズを操れないの。逆にゴーストエコーズは、上位種が下位種を操れる。その能力をコンタクト・リンクって言うんだけどね。それに、ゴーストエコーズは生まれた環境も謎で、エコーズは母大樹から生まれるけど、アイツ等はどこで生まれているのかわかんないの」

 アゲハが皆に、流ちょうに説明した。

 三人はアゲハに目を見張った。

「どうしたのみんな?」

 三人が黙ってしまったので、アゲハは思わずぎくりとした。自分の正体について、よけいな事を言ったかもしれない。

「やけに詳しいな?」

「えっ? そう? 習わなかったの?」

「いいや。そんなこと、習うのか?」

 ランマルが首を横に振った。

 エコーズの生態など、学校で習ったことがない。

 カンタロウとマリアも、首を横に振る。

 アゲハはほっと、息をついた。自分の博学に驚いているだけだとわかったからだ。

「まあアゲハなら習っているかもな。国章血印の持ち主だし」

 カンタロウが何気に、国章血印のことを言ってしまった。

 「えっ?」マリアは目をパチクリさせた。

 ランマルも驚いたのか、息がつまる。

「ええっ! すごい! アゲハさん! 国章血印刻まれてるんですか?」

 国章血印が何か、マリアは知っているようだ。手を合わせて驚く。

「俺は団長なのに、刻まれてないのに!」

 ランマルも、若い女の子に国章血印が刻まれていることに、舌を巻いた。

「……カンタロウ君」

 アゲハが非難するような目で、カンタロウを見る。

「あっ、言っちゃいけなかったのか? すまん」

 カンタロウは自分の口を、手でふさいだ。

 アゲハは隠すことを諦め、手袋を脱いで、赤眼化してみせた。盲目の蛇が、右手の甲にはっきりと姿をあらわす。

「大帝国。双頭蛇、盲目の蛇が、私の右手の甲に刻まれてるよ」

 マリアとランマルは、興味津々に、アゲハの盲目の蛇を眺めた。

「本当だ。なんだ。どうりで強いと思ったぜ。国章血印でもびっくりなのに、まさか盲目の蛇とは。こりゃ恐れ入った」

 ランマルは鼻を、指でさすった。

「盲目の蛇ってなんですか?」

 さっそくマリアが、素朴な質問をランマルにする。

「大帝国のエコーズ討伐専門部隊。確か、帝国軍第四類に属するんだっけか? 通称死帝と呼ばれる精鋭部隊だ。あのエコーズの王、コウダの息がかかってる」

 ランマルは質問に答えた。

 大帝国軍は四つに分かれている。

 エリートである第一類。一般兵の第二類。技術兵の第三類。そして、死帝と恐れられている第四類である。

「えっ……エコーズの王の……」

 マリアが明らかに嫌な顔をした。

 アゲハはそれを見逃さず、

「軽蔑した?」

「いっ、いいえっ! すみません。顔にでてましたか?」

「別にいいよ。慣れてるし」

「ごめんなさい。私、エコーズが嫌いなんです」

 マリアの言葉に、アゲハは視線を下に落とし、

「……そっか」

 弱々しい声。そのためか、誰も、アゲハのつぶやきが聞こえなかった。

「まあ、エコーズが好きな奴は、この大陸にはいないわな」

 ランマルがマリアに同意する。

 カンタロウは特に何も言わなかったが、否定することもなかった。

「……ねえ、マリア」

「はい?」

 突然、アゲハがマリアの胸をもんだ。

 ヒナゲシとは違い、弾力があり押し返してくる。

 アゲハの小さな手では少し余った。

 マリアは何をされているのかわからず、きょとんとアゲハを見つめる。

「超箱入り娘だよね? だからおっぱいでかくなるの?」

「きゃあ! どこ触ってるんですか!」

 我に返ったマリアは、胸を慌てて隠す。

 アゲハは悪戯っ子のように、白い歯をだして笑い、

「きひひ……うん? 何、カンタロウ君?」

「大丈夫だ。俺の母を見習えば――大きくなる」

 カンタロウは同情的な視線をむけ、親指を立てた。

「カンタロウ君。ぶん殴るぞ」

 アゲハは少し、イラッとした。

「まあともかく。今は特種エコーズを探すことが先決だな」

 ランマルが話を元に戻した。

「どこかにいることは、間違いないんだけどね」

「臭いでわからないのか?」

「無理だよ」

「そうか」

 カンタロウは顎に手をやり、考えている。

 ――そもそも私、獣人じゃないし。

 アゲハは顔をそらし、赤い舌をだした。

「あっ、そういえば、さっきのハンターの中に、エスリナというニンフがいましたよね?」

 マリアが思い起こしたように、声を上げ、

「今思い出したんですけど。彼女、エリニスではかなり有名な魔法の使い手だったはずです。この件は報酬金が高いですし。みすみす逃すとは思えないんですけど……」

 マリアの話を聞き、ラッハ達がむかった先に、皆視線をむけた。

「あっ、アイツ等が行った方向……釣瓶の国の町だ!」

 唐突に、ランマルが叫んだ。

「釣瓶? なんだ、それは?」

 聞いたことがない国なのか、カンタロウは首を傾げる。

「昔、剣帝国に攻め入ろうとした、敵国だ。我が国と同盟を結んでいたが、契約を破棄し、裏切ったんだ。それで、黒陽騎士団が滅ぼした」

「ふぅん。それで?」

「アイツ等確か、魔帝国から来たと言ったな?」

 ランマルに言われ、アゲハは記憶の奥を探ってみる。

「そういえば……アゲハさんに、魔帝国から来たのかと、訪ねてましたね」

 マリアに言われ、「あっ、そうだね」アゲハはようやく思い出した。

 ライヤという獣人が、確かにそんなことを言っていた。

「しまった! 馬鹿か俺は! アイツ等ゴーストエコーズを諦めて帰ったんじゃない! 本体の居場所をつかんだんだ! こうしちゃおれん! 行くぞ! お前等!」

 ランマルが土砂を滑り下り、森の中を走る。

 カンタロウ達もその後ろを、急いで追いかけた。

「ちょ、どういうこと?」

 アゲハがランマルに追いつき、理由を聞いてみる。

「実は内密な話なんだが、魔帝国、賢帝国、剣帝国で領土問題があってな。釣瓶の国の王が死に、その領土をどちらが取るかで、揉めてる最中なんだ。そこで魔帝国の女王が、ハンターを雇って、ゴーストエコーズを倒した国の領土にしようと提案してきた。だからアイツ等はたぶん、女王に雇われたハンターだ!」

 興奮気味に早口で話すランマル。

「そんなことで、決めていいんですか?」

 マリアは遅れ気味になりながらも、何とかランマルについて行く。

「そもそも釣瓶の国が、敵対したという情報自体が嘘くさくてな。前王が騒いでただけで、証拠はいっさい見つからなかった。だから今の王様は何かとつっこまれると弱いんだ」

 早口になるランマル。

 もし釣瓶の国が敵国ではなく、前王の侵略目的であれば、剣帝国の信頼は失墜する。そうなれば、援助を受けている国から、それを理由に打ち切りもありうる。

 国が青息吐息になるのは、時間の問題だ。

 アゲハが「えっほ、えっほ」と言いながら、

「それ。女王の口車に引っかかっただけなんじゃないの?」

「そうだろうな。まだ若い女王で、口が達者。悪知恵も働くと聞く。金銭問題で頭の痛い王様にとって、よけいな揉め事を起こしたくなかったんだろう」

「でも、釣瓶の国ってそんなに大事なの? 聞いたことないし、ちっこい国なんじゃないの?」

「そうだ。釣瓶の国の領土は小さく。国といっても、城下町一つしかない。だけど水源があって、水が豊富に取れる。だから他の国も狙ってるんだ」

 ランマルは地元兵だけあって事情をよく知っていた。

 水は生命にとって、必要不可欠だ。

 人間の体の約半分は水でできており、水なしでは三日ともたない。

 汚染されていない水源を持つ釣瓶の国は、貴重な資源を供給する代わりに、巨大帝国と同盟を組み、自国を守ってもらっていたのである。

「しかし、そこに特種エコーズがいるとは、かぎらないぞ」

 カンタロウはぴったりと、ランマルについてくる。

 ランマルは汗を流しながら、

「いや、可能性は高い。ゴーストエコーズが隠れるには、あの町はうってつけだ。火で燃やされたとはいえ、地下や貴族の逃げ道はあるはずだからな」

「なるほど。たぶん、さっきの二種エコーズは、その城下町から私達を離すための囮だよ」

 アゲハが敵の意図を読み取った。

 エコーズが逃げて行った先。

 釣瓶の国の町から、ちょうど逆の方角になっている。うまく離されてしまったようだ。

「くそっ! どうして気づかなかったんだ! このままじゃ、魔帝国に領土を取られちまう!」

「団長失格になっちゃうね」

「違うぞアゲハちゃん! そもそも平和条約で、軍は動かせないんだ。つまり、俺は概要は聞いてたが、自分はまったく関係ないと思ってた。だからすっかり忘れてた!」

 ランマルは言い訳を並べた。

「ほんとか? 酒飲んで、忘れてたんじゃないのか?」

 カンタロウは疑いの視線を、ランマルにむけた。

「いいか! 特種エコーズがでたら、君達が討伐するしかない! 俺はサポートに回る! 頼んだぞ!」

「真面目か! 結局何にもしないじゃん! それ!」

 ランマルはあくまで、剣帝国の軍の人間なので、裏手に回るつもりのようだ。

 アゲハは不満をブーブー言った。

「もういいじゃないですか」

 マリアがアゲハを、後ろでなだめていた。





 男が、窓の外を眺めていた。

 そこから見える光景は、釣瓶の国の城下町。

 城の最上階にいるため、遠くまで見渡せる。

 雲は無秩序にもつれ、どこからか鳩吹く風が聞こえてくる。

「あの罠で、よく生き残ったものだ」

 ツネミツは静かにつぶやいた。腰には刀を持ち、鎧を着ている。顔は若く、背は高い。風が黒髪を揺らす。

 すぐ近くには、長く少し茶色がかった髪を持つ、ツツジ姫が座っていた。

 女房装束を着て、ツネミツに顔も見せず、後ろをむいたまま何もしゃべらない。

「今日は二組ものハンターがここに気づいた。だが大丈夫だ。すぐに不穏は消える」

 ツネミツがツツジを黒い瞳で見る。だが、ツツジは何も答えず、ツネミツの方にも振りむかない。ただしんと座っている。

「姫。あなたを脅かす者は、すべて我等神獣がなくしておこう」

 ツネミツは悲しげな表情をした。

「だから――安心していい」

 それはとても、優しい声だった。
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