半年前

文字数 906文字




 半年前。

 そこは、とても暗い、闇ばかりの所だった。

 一人の少女が、闇の中を歩いていた。

 少女の目は闇でもよく見え、むしろ光を嫌っていた。

 少女は瓦礫をかき分け、あるものを探していた。

 不安気な表情となり、行動も落ち着かない。吐く息は白く、気温は外よりも低かった。

「ビネビネ。ビネビネどこ?」

 少女は探しているものの名前を、必死で呼んだ。

 返答がなければ、また前へと歩かなければならない。しかし、今度はちゃんと反応があった。

「フゥゥゥ! フゥゥゥ!」

 ビネビネの威嚇する声が聞こえる。

 少女の表情が明るくなり、すぐに声がする場所に走っていく。

 そこでは、奇妙な猫が、何かにむかって、毛を逆立てていた。

「ビネビネ。駄目ですよ。お姉ちゃんのそばを離れちゃ……」

「フゥゥゥ!」

 少女が姉のまねごとをしてみるが、猫の威嚇は終わらない。

 ふと、何者かの気配を感じた。

 それは、闇の奥から、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「誰?」

 闇からやってきたのは、マリアベールをかぶった女だった。

 表情は見えないが、ベールの中から、紫の唇が微笑んでいる。

「ここはとても懐かしい――あの頃を思い出す」

 落ち着いた大人の声。物静かで、この闇にひっそりと響く。

「こんな場所で、私はあの人と出会った」

 マリアベールの女は、独り言のようにつぶやいた。

 少女は見慣れない女に、最初は恐れたが、だんだんと落ち着いていくのがわかった。

 なぜかはわからない。

 女に何か、心地良いものを感じている。

「お姉ちゃん、誰?」

 少女の鈴のような声に、女は優しく微笑んだ。

 両手を差しだすと、少女の両頬にそっと触れる。

 女の温もりに、少女は安心感を覚えた。

「可愛い子。この世界には、あなたのような、愛らしい子さえ生きていればいい。あとはすべてが醜く、汚らわしいのだから――」

 優しい口調。そこに、一点の雑音もない。

 女の言ったことが、正しいように思えてくる。

「お前に、力をあげる」

 女の言葉がきっかけだった。

 少女の胸が大きく高鳴った。

 両目が見開かれたまま、閉じることすらできなくなる。

「さあ、世界を――壊しておくれ」

 女の言葉が、少女の頭の中を何度も反響した。
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