ツバメの企み

文字数 3,861文字




 カンタロウとマリアから一キロほど離れた、森の中。

 アゲハとツバメは、一緒に木のそばにいた。

 アゲハは白い岩の上に座り、ツバメがそのそばに立つ。

 背の低い草むらの中で、ヒバリが昆虫を捕まえていた。

 天井は、森の深緑に包まれている。

「話って何だい?」

 ツバメは木に手を置き、アゲハを見下ろす。

「マリアってさ。貴族の娘とかなの?」

 アゲハがマリアのことについて、聞いてきた。

 マリアのこれまでの行動や言動からして、そう判断したのだ。

 口調や態度から、ただの町娘とは思えない。

 相当教育されてきたことがわかる。

「そうだよ。やっぱ世間知らずなとこ、でてたかい?」

「やっぱり」

「まっ、貴族というか、元金持ちの娘だね。小さい頃から箱入り娘で、何不自由なく暮らしてたみたいだけどさ。盗賊に両親を殺されて、親戚に引き取られたみたいだよ。その盗賊をやっつけたのが私なんだけどね。その縁で、マリアと組んでるわけ」

 ツバメは隠すことなく、アゲハにペラペラ話した。

「なんでこんな危険なことしてるの?」

「あいつは赤眼化できたからね。親戚ってのが、武闘派の血筋だったんだよ。それでエリニスのビルヘンって所に、修行にだされたわけ。そこの大使徒様に気に入られたみたいでね。妹の救出も自ら志願して、ここに来たってわけよ。ちなみにあたしは、フリーのハンター。どこにも所属してない一匹狼だよ」

 ツバメは自分を、親指で指さす。

「そうなんだ。マリアってあまり、戦闘タイプって感じじゃないのにね」

「まあねぇ。そこんとこは、あいつのプライベートになるから、あたしはわかんないけどさ。いろいろ事情があるんだろうさ」

 アゲハに向かって、両手を広げるツバメ。

 マリアはどちらかというと、清純で感情豊かなタイプだ。

 一度好きになれば、一途に想い続けるのだろう。

 カンタロウがマザコンだと知っていても、まったく気にすることがない。

 外にでて怪物と闘うイメージとは、程遠い。

「ねえ。もしマリアがさ。カンタロウ君と一緒になりたいって言ったら、特に問題はないの?」

「ええっ? そんなの駄目に決まってるじゃないか。あいつはもう組織にほっとかれるような、立場じゃないんだよ。カンタロウっちと一緒になれるわけがない」

 アゲハの言葉に、ツバメは面食らっている。

 薄々はマリアの気持ちをわかっていたが、まさか本当に組織を裏切ってまで、男の所にいくとは思っていなかったからだ。

 ツバメの驚きように、アゲハも目をパチクリさせ、

「そうなの?」

「そうだよ。もしマリアがそんな我が儘を言うようなら、力づくで連れ戻せって命令があたしにでてる。あたしはマリアに雇われてるんじゃなくて、大使徒に雇われてるからね。マリアの言うことは聞かないよ」

 ツバメは腕を組んで、プイッと後ろをむいた。

 ――そして最低でも『妹』だけは連れてこいって、言われてるけどね。マリアの生死問わず。

 ツバメはその先をアゲハに教えなかった。

 大使徒の言葉が思い出される。

 マリアの生死を問わずということは、もし裏切れば殺してこいということだ。

 マリアが妹に同情し、よけいなことをさせない措置だった。

「えっ? 何?」

「あっ、ああっ、なんでもないよ。とにかく駄目だ駄目だ。あたしはマリアのこと、気に入ってるんだ。あいつに悲しい思いはさせたくない。だから、あんたからカンタロウっちに言ってやっておくれよ。――マリアのことは、諦めろって」

 ビシッとアゲハにむかって、指をさすツバメ。

「カンタロウ君は大丈夫だよ。ヒナゲシママしか愛してないし」

「あっ、そうだったね。あいつ、マザコンだった。なら安心だね。まっ、マリアには親戚が決めた婚約者だっているし。叶わぬ恋ってやつだ」

 ツバメが言う事実に、またアゲハは目を丸くし、

「えっ? 婚約者までいるの?」

「いるよ。まあ政略結婚だけどね。子供の頃は、何不自由なく暮らしてたんだ。その代償さね」

 ツバメは意外に、仲間に対して厳しいようだ。

「ふぅん……」

 アゲハはどっちつかずといった表情で、両手に顎を乗せた。

 アゲハの様子を見ていたツバメは、よからぬことを思いついた。アゲハの見えない所で、ニヤリと笑う。

「ああ、まあ、もしマリアが残りたいと言ったら、あたしは手を引いてやってもいいよ。あいつの幸せが一番だからね。その代わりと言ったらなんだけどね……お前の胸を触らしちくり」

 ツバメがその言葉を言った刹那、空気が止まった。風も止み、鳥や虫の鳴き声も止まった気がした。

「…………」

 アゲハは無言のまま、何の反応もしない。

 しばらく、時間が過ぎていった。

 さすがのツバメも、この無音無言な世界に、耐えられることができなくなり、

「あっはっはっは! 冗談! 冗談さね! だからそんな、汚物を見るような目で、あたしを見つめないでおくれ。ちょっとした……」

「いいよ」

「……えっ! いいのっ! 本気かい! あんた! これセクハラだよ!」

 アゲハのあっさりとした了承に、ツバメは脳天に一撃をくらった。

 ダメージが大きかったため、これがセクハラだと自分で認めてしまったほどだった。

「うん。胸ぐらい、別にいいよ」

 アゲハが岩の上から立ち上がる。

「よっしゃ! 誰もいないね?」

 ツバメは鋭い目つきで、辺りをキョロキョロさせた。興奮しすぎて、唾が飛んでいる。

 性的なことを何も知らないアゲハは首をかしげ、

「どうして? 誰かいたらまずいの?」

「そりゃおおまずさ! よしよし」

「ねえ。約束してよ。マリアのこと、ほっといてあげるって」

「いいさね。約束するよ。あたしは手をださない」

 ツバメはバッと、両手を上げた。ついでに片足も上げていた。

 ――まっ、あたしはださないけど、他の誰かがだすだろうねぇ。ふふふ……。

 心の中でほくそ笑むツバメ。

「じゃ、とりあえず、鎧を脱いで、剣を置きな」

「えっ? このままじゃ駄目なの?」

「駄目に決まってるじゃないか。触りずらいよ」

「はいはい。脱げばいいのね?」

 アゲハはツバメの言うことを聞き、剣を外し、鎧を脱いだ。

 ――おいおい。本当に素直に脱いじゃったよ。やっぱこれ。誘ってるね! あたしのこと、絶対誘ってるね!

 ツバメの気持ちが高ぶってくる。汗がにじみ、唾液があふれた。体温はすでに最高潮に達している。

「はい。これでいいの?」

 アゲハは鎧を脱ぎ終え、簡素な格好になっている。おわん型の胸が、くっきりと見えていた。

「おう! バッチリさね! シャワーがないのが、残念だけど」

「シャワー? どうして?」

「なんでもないよ。じゃ、両目を閉じとくれ」

「両目を? まあ……いいけど」

 なぜ胸を触るのに、両目を閉じるのか、アゲハは不思議に思ったが、とりあえず目をつぶった。

 隙だらけの格好だ。

 ツバメが何をするのか不安だが、マリアのためと、アゲハは我慢することにした。

 ――はあああああ! 興奮してきたぁ! まずはそうだねぇ。口を奪って、押し倒して、胸をまさぐって……そしてパラダイスに行かせてあげるよ。あたしのアゲハ!

 ツバメはアゲハの視覚がなくなったことを確認すると、自分の唇を近づけていく。

 アゲハの唇は光沢があり、近くで見ても初で綺麗だ。

 処女の唇を奪うべく、ツバメは鼻息を強制的に止めた。

 ――うんん……あれ? なんか尖ってる物が、目の前に……。

 何かが光っていることに気づいた。それは空の光に反射し、ツバメの目の中に入ってくる。

 槍の穂先であることがわかった。

「あっ」

 ツバメはそろりと、槍の端に視線を移す。

 マリアが槍を構え、鬼のような笑顔で立ち、

「ツバメさん。何をなさってるのですか?」

 マリアはニコニコ笑っているが、目は怒りで引きつっている。

 ツバメの全身から、変な脂汗が流れでて、

「ふっ、どうやら催眠にかかったみたいだね。変な力で引き寄せられ……」

「ツバメが私の胸。触りたいんだって」

 マリアに気づいたアゲハは、すべてを言ってしまった。

「ちょ! アゲハちゃん! 何言ってるんだい!」

 ツバメの血液が、逆流する。

「ツバメさん。やっぱり。――あなたは殺さないと駄目みたいですね!」

 マリアが容赦なく、槍をツバメにむかって振り下ろした。

 それをかわし、すんでの所で命を救う。黒い髪が何本か、犠牲となった。

 ツバメは後ろに引き、

「ぎゃあ! まっ、待てって! マリアは潔癖すぎるんだよ! だから、あたしを受け入れられないだけさ!」

「誰が、あなたなんか受け入れますか! このケダモノ! 変態! 胸が無駄に大きいんです!」

 ついポロッと本音がでてしまうマリア。少し羨ましかったようだ。

「胸を根に持ってたんかい! 大きくなりたきゃ、あたしが揉んでやるよ」

 ツバメが両手を卑猥に、モミモミと動かした。

「女神の名のもとに、あなたを滅殺します!」

 マリアの戦闘能力が、さらに上がった。

「ぎゃああ! 本気だよこの子! 本気であたしを殺る気だよ!」

 マリアは槍を振り回し、ツバメを追いかけていく。

 ツバメは後ろを振りむかず、恐怖で叫びながら逃げていった。

 アゲハは呆然と、目をパチパチさせながら様子を見守っている。

 カンタロウが静かにやってきた。

 アゲハは片手をあげ、

「あっ、カンタロウ君。どうなの?」

「アゲハ。小さい母は――いなかったよ」

 カンタロウの目から、キラリと透明な涙が光った。

「うん。現実におかえり。カンタロウ君」

 アゲハはカンタロウの腰に、ポンッと手をやった。

「ただいま」

 カンタロウは指で、目頭を押さえていた。
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