朝の反省会

文字数 4,529文字

 四人は酒場の外にでた。

 外は太陽が落ち、街灯が暗い道を照らしていた。

 家の窓から光が漏れ、静かな鎌風がマリアのスカートを揺らす。

 さっきまで騒がしかった人の声が、ピタリと静寂に変わった。

「よっしゃ! おれはいえにぃ、かえらにゃい。おまえたちとぉ、いっしょにぃ、とまりゅ!」

 ランマルの言葉は、酔いからか言語をなしていないが、何とか聞きとれた。

「そうか?」

「おかねぇはもんだいにゃい。なじみのやどやだぁ、おれについてこいっ!」

「それはありがたいな。わかった」

 ランマルの呂律がまったく回っていなかったが、カンタロウは機嫌を損ねないよう何も言わなかった。

 お金は問題ないということは、自分達のもだしてくれるということだ。

 ランマルは酔っていても、スズとの約束をしっかりと覚えていた。

「マリア、おまえのぉ、おだいもぉ、だしてやる」

「えっ? いっ、いえ。私は自分のお金がありますから」

「いいからついてこいっ!」

「はっ、はい」

 ランマルは遠慮するマリアを、強引に引っ張り、

「カンタロウと、おなじぃ、へやでいいにゃあ?」

「それは困りますっ!」

 さすがにマリアは拒否した。

 ランマルとアゲハは千鳥足で、ふらふらと道を歩いている。

 途中、ランマルが道を間違えたため、結局宿屋についたのは真夜中だった。

 宿屋の主人とランマルは顔見知りであったため、手続きは早かった。

「それじゃぁ、おれはぁ、ここだからなぁ」

「ああ、わかった。早く寝ろ」

 カンタロウに手を振り、ランマルはさっさと部屋に入ると、もうベッドの中でいびきをかいていた。

「私はこっちですね。カンタロウさん、アゲハさん、お休みなさい」

「ああ、お休み」

 マリアは部屋に入ろうとしたが、何かを思い出したのか、閉じようとしたドアを少し開けた。そしてカンタロウを、影の含んだ目で見上げる。

「……あの、カンタロウさん。もし、私が、あの人達が言ったとおり――盗人だったら、どうしますか?」

 マリアの視線が沈んだ。

 まだ緊張がとれていないのか、ドアを持つ手が強くなる。

 自分を助けてくれたカンタロウの、本心が聞きたいのだ。

 カンタロウはマリアにむかって、優しく微笑んだ。

「――違うさ。マリアは違う。盗人なんかじゃない。俺はそう思う」

 マリアの十字石のような褐色の瞳に、カンタロウの黒い瞳が映る。

 二人はしばらく、お互いを見つめ合った。

 最初に視線をそらしたのは、マリアだった。

「……ありがとう。カンタロウ様」

 マリアは頬を真っ赤に染めると、素早くドアを閉めた。

「……様?」

「はぁい、おやずみなぜぇ」

 歩く力を無くしたアゲハは、カンタロウに肩を貸してもらいながら手を上げた。

 カンタロウはアゲハを部屋まで運んで行くと、ベッドに寝かせ、

「ここがアゲハのベッドだ。わざわざ一部屋代もだしてくれたんだ。明日お礼を言わなきゃな」

「あいっ! じゃ、おはようごぜぇまずぅ」

「お休みなさいだ」

「ぐぅ、ぐぅ」

 アゲハは仰向けになると、すぐ寝ついた。

「……寝たか。俺も寝よう」

 カンタロウはドアを閉めると、自分の部屋にむかった。





 二時間後、アゲハがむっくりと起き上がった。

 窓の外はまだ暗い。空に金色の月が見える。

「……寒い」

 自分の体を抱える。眠るには、何かが足りない。

「くまたん、くまたん……あっ、ないんだった」

 くまたんとは、熊のぬいぐるみのことだ。アゲハが快眠するには、どうしても必要なアイテムだった。

 今そのアイテムは、義父の家にある。

「……やっぱ、寒い」

 アゲハはベッドから立ち上がった。

 十分たった。

「うんっ?」

 カンタロウがベッドで微睡んでいると、頬に冷たい風が当たった。

 部屋のドアを開いている。鍵をかけ忘れたようだ。

 仕方なく起き上がろうとすると、ベッドの布団が変に盛り上がっている。

「誰だ!」

 カンタロウが布団を素早くめくり上げると、そこには金髪の少女が眠っていた。

「うぅん、なぁに?」

 アゲハは薄く目を開けた。

「なっ、何してんだ!」

 カンタロウの口からつばが飛んだ。

 アゲハは軽装な服装で、足は素足だった。上服がめくれ、下着が見えている。

 本人は寝ぼけているのか、手で目をこすった。

「いいじゃん……膝枕してあげてるでしょ?」

 アゲハは横に転がると、また寝始める。

「枕も、布団もあるだろ」

「うるさいな。いいの。寒いの」

 カンタロウは大きくため息をつくと、真剣な顔をしてアゲハに言った。

「お前に一つ言っておく。俺は――母しか愛し……」

「くぅ、くぅ」

「……寝るのか?」

 アゲハはもう夢の世界に入っていた。

 カンタロウは諦め、そのままベッドに横になった。





 翌日の朝。

 マリアはカンタロウの部屋の前にいた。

 髪を念入りに櫛でとかし、服装もきちんと整えた。

 鏡で自分の姿を何度もチェックし、ようやく納得してここにきたのだ。

 部屋のドアを軽く、ノックする。

「……はい」

 寝ぼけた返事が聞こえてきた。カンタロウは起きているようだ。

「おはようございます。マリアです。カンタロウ様」

「ああ……入ってくれ」

「はい、失礼します」

 一呼吸入れると、マリアはドアを開け、

「おはようございます。カンタロウ様。一緒に朝ご飯を食べに行きません……か?」

 部屋の中に入れば、奥のベッドがすぐに見える。

 カンタロウは寝起きなのか、ベッドの上で半身を起こし、頭をかいていた。上半身は裸だ。

 そのベッドの中で、金髪の髪が布団の外に流れた。

「うん?」

 カンタロウが訪ねてきた、マリアと見合う。

 マリアは体を硬直させていた。

「うぅん」

 アゲハはゴロリと転がると、カンタロウからマリアの方に寝顔をむけた。

「失礼しましたっ! ごめんなさいっ!」

 マリアは乱暴にドアを閉めると、ドタドタと廊下を走っていった。

「……なんだ?」

 カンタロウは何が起こったかわからず、目をパチクリさせた。

「違うぞ、カンタロウ君。……それは猫の顔をしたおじさんだって、言ってるだろ。……だから君は、いつまでたっても、マザコンなんだ。うぅん」

 アゲハは仰向けになり、寝言をつぶやいた。

「俺はマザコンじゃない。何の夢見てるんだ?」

 カンタロウは、窓の外に視線をやった。

 明るい光の中、スズメがチュンチュンと鳴いている。仲間とじゃれあっているようだ。

「はあ……アゲハ、朝だ」

 カンタロウは隣で寝ている、アゲハの体を揺すった。

「うん? あさぁ?」

「ああ、朝だ」

 二人はベッドから起きると、身支度を整え始めた。

 服を着、刀を腰につけたカンタロウは、ベッドに座る。

 アゲハはカンタロウよりも身支度が遅く、ようやく汲んできた水で、顔を洗っている所だった。

「カンタロウ君。タオル」

「ほら」

 カンタロウから使い古しのタオルを受け取ると、アゲハは顔の水をふく。

「マリア、どうして俺を見て逃げたんだろう?」

 カンタロウは、マリアが逃げた理由を、アゲハに訪ねてみた。

「上半身裸だったからじゃないの? どうみても、あれは男に免疫なさそうだしね。私はよくわかんないけど」

 アゲハは検討違いの答えをだした。男女の交わりなどない、エコーズらしい答えだった。

「なぜだ? アゲハは平気だったじゃないか?」

「じゃあ、たぶん、何か忘れ物でもして、取りに行ったんでしょ……あれっ?」

「どうした?」

「私の鎧と剣がない! どうして? まさか……お化けのしわざっ!」

「いや、自分の部屋に置いてるんじゃないか?」

 アゲハの方からカンタロウの部屋に来たのだから、当然アゲハの私物があるわけがなかった。

「えっ? ここは私の部屋じゃないの?」

「ここは俺の部屋だ。夢遊病か」

 アゲハはめんどくさそうに、ため息をつき、

「はぁ。仕方ない。じゃ、カンタロウ君。取ってきて」

「何普通に言ってるんだ? 嫌だ」

「じゃあさ。お姫様だっこして、つれてってよ」

「嫌だ」

「なんでよぉ。このっ!」

 突然、アゲハはカンタロウに抱きついた。頭に手を回すと、自分の胸を押しつける。柔らかな小さな胸が、カンタロウの視界を隠した。

「うわっ! 馬鹿っ! やめろっ!」

 暴れるカンタロウにむかって、悪戯っぽく笑うアゲハ。

 その瞬間、部屋のドアが開いた。

 そこには、ランマルが立っていた。

 アゲハとカンタロウの動きが止まる。

「おはようさん。いつまで寝てるんだ? 早く朝飯食べに行く……ぞ」

 ランマルはマリアと同じく、固まった。

「あっ、おはよう。ランマル兄さん」

「しっ、失礼したっ!」

 アゲハが挨拶すると、ランマルは慌てて部屋からでていった。

「……なんだ? ランマルも、どうしたんだ?」

 アゲハの体を視線からズラすと、カンタロウは廊下を走り去っていく、ランマルの足音を聞いていた。

「トイレにでも行ったんじゃないの? さっ、つれてけ」

「嫌だ」

 結局、カンタロウの抵抗むなしく、アゲハが離れようとしないので、部屋までお姫様だっこで運ぶことになった。

 しかも、着替えに時間がかかるから外で待ってろとアゲハに言われ、カンタロウは律儀に廊下に立っていた。

 女性の客が何度もカンタロウをチラチラ見ていたが、本人はまったくその視線に気づいていなかった。

 朝ご飯を食べ終わり、四人は宿屋の外にでた。

 太陽の光の下で、人が忙しそうに歩いている。

 今日は休日ではないようだ。職人達が鉱物をハンマーで叩き、焼き入れする音が聞こえてくる。

「あぁ、食った食った。じゃ、仕事に行こうぜ」

 アゲハはさっそく、カンタロウに話かけてきた。

「そうだな。早く終わらせたいしな」

「そうだよねぇ。ママに会いたいもんね」

「でなければ、持病が……」

 カンタロウは片手で、こめかみを押さえた。持病とは、ホームシックのことだ。

「ああっ、うん。アレね。そうだね」

 持病の意味を知っているアゲハは、そこに何も言わなかった。

 マリアは持病の意味がわからず、首を傾げた。

「うぉっほん。お前達に聞きたいことがある」

 ランマルはわざとらしく咳をすると、視線でカンタロウとアゲハを指した。

「うん? 何?」

「何だ?」

 カンタロウとアゲハの歩みが止まる。

「そのだな、昨日、何してたんだ? あっ、いや、勘違いしないでくれ。俺は保護者という立場から、聞いているだけだからな」

「昨日……そうだな。何にも覚えてない」

「覚えてない?」

 アゲハはランマルに、素直にそう答えた。

 ――そりゃ、あれだけ飲めば記憶をなくすわな。

 カンタロウは昨日、アゲハがガブガブ酒を飲んでいたことを思い出した。

「でも、すごく痛かったことだけは覚えてるぞ。あっ、そうだ。カンタロウ君が容赦なく力を入れてきたんだ。少しは力抜いてよ」

「ああ、あれか。そりゃ悪かった」

「ぜんぜん反省の色が見えません。ランマル兄さん、しかってやってよ」

 アゲハは酒場で、カンタロウに拳でグリグリされたことを根にもっているようだ。不満そうに口を尖らせる。

 カンタロウは意図的に、視線を空にむけた。

「……カンタロウ」

 ランマルはカンタロウの両肩を、グッとつかみ、

「お前はSだと思っていたが、やはりそうか。いいか、女の子には――もっと優しくしろよ」

「なんなんだ? それは?」

 マリアは変な想像をしたのか、一人で顔を真っ赤にしていた。
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