スズとアゲハの対決

文字数 3,500文字

 アゲハは、カンタロウ一家と朝ご飯を食べ、のんびりお茶をすすっていると、いきなりスズに呼びだされた。

 朝ご飯を食べた後なので、動きたい気分ではなかったが、スズがしつこいため渋々外にでる。

 刀を腰につけた、スズが立ち、

「さて、それでは、昨日約束したとおり、私と勝負してもらいましょうか?」

 ご丁寧に、アゲハの剣がきちんと置いてある。

「ええぇ。どうしてぇ」

 顔をしかめるアゲハ。昨日勝負を了解したことなど、すっかり忘れていた。

「この家までやってくる女は、たくさんいました。しかし、どの女もカンタロウのマザコン気質を知り、去っていった」

 「俺はマザコンじゃない。親孝行だ」カンタロウが小さな声で、主張した。

 スズとアゲハのことが気になり、カンタロウとヒナゲシは外にでていた。

「しかし、ここまでしつこい女は初めてです。それはつまり、ストーカー気質のある女! そういう女は痛み目にあわなければ、絶対に帰らない!」

「あらあら、純愛って言うのかしらね? それって?」

「違いますヒナゲシ様! それはただの犯罪。不問にしてほしければ、今すぐ帰りなさい!」

 スズは、ヒナゲシと違って、アゲハの嫁入りをまったく歓迎していなかった。

 ――う~ん。ぜんぜん違うんだけどなぁ。

 アゲハはスズの勘違いに、複雑な思いで頭をかいた。

「まっ、いいや。朝ご飯食べた後だから、あまり動きたくなかったけど。軽い運動って感じでやろうかな」

 アゲハは剣を持つと、やる気になったのか、軽く体操を始めた。

 ――運動ですって? この私を舐めてるのかっ!

 アゲハの言動に、スズは怒りで歯を噛みしめた。

「ねえカンタロウさん。スズって、けっこう強いわよね?」

「ああ、スズ姉は強いよ」

「アゲハちゃん。大丈夫?」

 ヒナゲシはアゲハを、心配そうに見守る。

 あの小さな体で、二メートルはあるスズと戦おうというのだ。

 確かに、スズの体は細身だが、常に剣の鍛錬と筋力トレーニングをしているため、並の相手ではかなわない。

「大丈夫だよ。たぶん」

 カンタロウは間近でアゲハの強さを見ているため、さほど心配していなかった。

「お~い。カンタロウ君。多少は怪我しちゃうよ。あの人」

 二人の心配をよそに、アゲハは呑気に、カンタロウに手を振り、

「その意気でやらないと、スズ姉に殺されるぞ」

「そっか。じゃ、がんばろっと」

 その一言が、スズの逆鱗に触れ、

「ふざけるなっ! 小娘っ!」

 スズの右目が赤く染まり、右目下に神文字が出現する。力と魔力が突如高まり、周りの空気を消し飛ばした。

 草原にそよぐ風が、嵐となって吹き荒れる。

 ――赤眼化、できるんだ。

 スズの本気に、さすがのアゲハも、顔を引き締めた。

「ちなみに聞き忘れましたが、あなたは赤眼化できますか?」

「うん。できるよ」

 アゲハもスズと同じく、赤眼化してみせる。

 スズは不気味に、ニヤリと笑った。

「それはよかった。これで対等です。今日は用事があるのでね。早く終わらせたいんですよ」

 スズは刀を抜くと、アゲハにむかって構える。

「私の神文字は『カナ』。以後、お見知り置きを!」

 スズは刀で地面の土を切り裂いた。すると、土の塊が、アゲハにむかって襲いかかる。

 ――地面を、土神の魔法か!

 アゲハはスズの魔法属性を土だと決め、素早く右へかわす。

「はっ!」

 それを見計らって、スズは再び土を切り裂き、アゲハの方へ放った。

 アゲハは足を止めず、さらに走って攻撃をかわしていく。

 ――逃げてばかりですね。私の力を計っているのか!

 スズの攻撃をかわすばかりで、アゲハは魔法攻撃すらしてこない。

 スズのまだ隠された能力を見るために、わざと接近してこないのだ。

 アゲハの獣の目が、スズの細部まで観察している。

「だけどっ! 逃がしませんよっ!」

 スズは地面を蜂のように、すさまじいスピードで切り裂いた。土や岩、石が目にとらえられないほどの速さで、アゲハにむかってくる。数も多く、広範囲につぶてが広がっている。

 ――これは、かわせないっ! 空へ逃げる!

 アゲハは立ち止まると、背に水神の翼をはやし、空へと飛び上がる。足の裏すれすれを、石のつぶてがかすめていった。

 ――空を。なるほど、あの翼の形態からして、水神の力。

 スズは青空よりも輝く翼を持つ、アゲハを見上げた。

 飛翔魔法の欠点は、敵に魔法属性がわかってしまうことだ。

 翼の色と形で、相手がどのような神の力を持っているか、一見しただけで把握されてしまう。

「ふぅん。飛んで追いかけてこないってことは。飛翔魔法は使えないのね」

 空から高圧的に、スズを見下ろすアゲハ。

「ええ、そうですよ。必要ないのでね」

 スズは小さく、何かの詠唱を唱える。アゲハに聞こえないようにするためだ。

 アゲハは後ろで、殺気を感じた。

 土、岩、石の塊が、アゲハにむかって飛んでくる。

 ――さっきスズがえぐった、石?

 考えるよりも速く、石がアゲハを狙ってくる。

「くっ!」

 アゲハは翼をはばたかせ、さらに空に舞い上がり、塊をかわす。今度は上から石のつぶてが降ってくる。

 ――今度は上からっ!

 アゲハは一桁詠唱を唱え、水神の魔法を発動させようとした。石の速度の方が速い。

 ――駄目だ! 一桁詠唱じゃ、間に合わない!

 アゲハは翼を解除し、落下速度を利用して、斜降した形でかわす。攻撃は何とか、かわせたが、足が地面についてしまった。

「かかりましたね! もうあなたは動けない!」

「えっ?」

 アゲハの足に黒い層が広がり、

 ――これはっ、重力層? 罠だ!

 気づいたときには、もう遅かった。足に鉄の塊が乗ったような、重さがアゲハを押し潰す。

「くっ!」

 アゲハはその場から、動けなくなった。

「あなたは勘違いしていたようですね。私の神の力は、土神ではなく、重神の力。いわゆる、重力コントロールです」

 スズが上機嫌で近づいてくる。顔は満足感で満ち足りていた。

「飛翔魔法は空を飛べて便利ですが、敵に自分の魔法特性をバラしているようなもの。水では私の魔法は防げないでしょう?」

「へぇ……それで、こんな戦略をしてきたんだ。けっこうやるじゃん」

 アゲハは余裕をスズに見せつける。顔が張りつめており、態度に遊びが消えていた。

「それはどうも。そして、重神の力を込めたこの魔剣を、あなたは絶対に防げない。絶体絶命ですね」

 スズの刀が、銀から黒く変色していく。

 ――剣帝国お得意の、魔剣術。

 アゲハの知識が、危険信号を発した。剣帝国の騎士が得意とする、剣に魔力を込め、魔法特性を上乗せした魔剣術。その攻撃は、通常の二倍以上の威力を持つ。

 スズが刀を両手に持ち替え、天に掲げ、

「さようなら――身の程知らずのお嬢ちゃん」

 一気に刀が振り下ろされる。

 アゲハがいた地面が割れ、土煙が空高く飛び跳ねた。

「きゃっ!」

 衝撃風に、ヒナゲシの体がよろけた。カンタロウが受け止める。

「カンタロウさん?」

「母さん。大丈夫?」

「ええっ……でもスズ、やりすぎなんじゃ……」

 目の見えないヒナゲシでさえ、スズのいきすぎた攻撃がわかったようだ。

 カンタロウは涼しげな顔で、

「大丈夫だよ――アゲハの勝ちだ」

 カンタロウの予言どおり、スズは焦りで、額から汗を流していた。

 ――……手応えがない。

 アゲハを倒したという、実感が得られない。何が起こっているのか、状況を理解するのに時間がかかる。

「ひゅぅ。すごいね。地面におっきな穴あいてんじゃん」

 スズの首元から、アゲハの声が聞こえてきた。

「なっ! 後ろっ!」

 刀をなぎ払うスズ。

 アゲハの方が一歩速く、スズの喉に、剣を突きだす。

「……くっ」

 スズも刀の刃先を、アゲハの首筋にやるが、勝敗は明らかに、アゲハの方だった。

 両者、剣の動きを止めた。

「はいはい、おしまいおしまい。お前等、いったい何やってんだ?」

 剣帝国の兵士が、手を叩きながら近づいてきた。

「あら? ランマルさん?」

 ヒナゲシはその人物を知っているのか、すぐに反応した。

「よしっと。引き分けだな」

 アゲハは剣を下げると、鞘に収める。赤眼化も解除していた。

 ――違う。後ろをとられたじてんで、私の負け。わざと引き分けに持ち込んだんだ。

 スズは負けた悔しさから、刀を鞘に収めることすら忘れていた。カナの神文字が、自然と消失する。

「……あなた。どんな魔法を使ったんです? 私の罠には、確実にかかったはず」

「それはねぇ」

 アゲハはそっと、人差し指を、赤い唇に当て、

「ひ・み・つ」

 愛嬌のある笑みを見せ、片目をウィンクした。
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