ゴーストエコーズ

文字数 4,689文字

 神獣の両腕が剣に変形している。

 ソード型の神獣だ。

 細身で行動的、障害の多い森では的確なタイプだった。

「マリア、赤眼化できるな?」

 カンタロウは刀を抜き、戦闘の構えになる。

「はいっ!」

 マリアは背から槍を手に取り、構えた。

 四人は赤眼化を発動させる。

 神獣が一斉に襲いかかってきた。

 ランマル、アゲハはすぐに何体かの神獣を倒した。

 マリアも槍術の訓練をしていたのか、神獣をなぎ払う。

 カンタロウは何体か神獣を切った所で、皆に叫び、

「神獣をいくら切っても無駄だ! ゴーストエコーズの所まで走るぞ!」

 神獣達は次々と、地面からはえてくる。

 切られた神獣も、ドロリと液体に戻ると、再び復活していく。

「おっ、おい! 走るといっても、どこにいるんだよっ!」

 ソードの剣を受け止めながら、ランマルが叫び返した。

「私に任せて! こっちだ!」

 アゲハが神獣を切り倒すと、さっさと森の奥へ走っていく。

「カンタロウ! アゲハちゃんに任せていいのか?」

「ああっ、あいつの行った方向に間違いない。空気の波動でわかる!」

 カンタロウはランマルにそう言い、アゲハの判断を信じ、後ろを追いかけた。

「アゲハさんっ! どうしてそっちだと!」

「私の鼻。獣人、舐めないでよ!」

 アゲハはマリアに、自分の鼻をちょんちょんと触って見せた。

「便利だなっ!」

 ランマルは神獣を突き飛ばすと、アゲハについていった。

 神獣達は、カンタロウ達を容赦なく襲い続けた。

 木から降ってきた神獣を弾き飛ばし、地面に倒れた神獣は踏み潰す。木が邪魔で魔法は使いずらく、接近戦で勝負するしかなかった。

 地形は傾斜や泥地、草むらと足下が悪く、さらに赤眼化を維持していくことにより、体力がどんどん奪われていく。

「いつまでも赤眼化はできないぞ!」

 ランマルがいち早く音を上げ始めた。呼吸も荒い。

 カンタロウの不安が高まり、

「アゲハ!」

「もうすぐっ!」

 アゲハがむかった先に、家が見えた。

 廃家だ。

 屋根に木の枝が乗り、外壁の板は崩れ落ちていた。

 二つに割れたドラム缶が、錆びて転がっている。

「はあっ、はあっ……。あれ? 神獣が引いた?」

 マリアは苦しそうに、胸を上下に動かした。

「赤眼化を解除しよう。体力を温存しとかないとな」

 カンタロウは赤眼化を解除し、周りに神獣がいないか確認し、

「マリア、平気か?」

「はい、大丈夫です……」

 マリアは苦しさを隠すため、ニコリと笑い、

「それにしても、なんでこんなに急ぐんですか?」

「ゴーストエコーズを退治するのなら、スピードが必要だからだ」

「どうしてですか?」

「今にわかるさ」

 カンタロウは廃家に歩んでいく。

「みんな、こっちこっち」

 アゲハがみんなに手を振っている。

 三人が家の中に入ると、乾かした草が床に敷かれてあった。

 家の外では、動物の骨が転がっている。

 巨大な何かが寝転がっていたのか、壁と床にへこんだ部分があった。

「ここは?」

 マリアが異様な雰囲気に、目をきょろきょろさせた。

「ゴーストエコーズの巣だ。奴等はなぜか日陰を好む。屋根があるここに、巣を作ったんだ」

 カンタロウが警戒深く言う。

 天井も床や壁と同じく、へこんでいる。

 入り口の広さから考えるに、巨大な何かがここに住んでいたことがわかる。

 大きさからして、象ぐらいのでかさだ。

「おいおい。こりゃ、かなりの大型だぞ」

 ランマルの顔が、みるみる青くなる。

「アゲハ、ゴーストエコーズで間違いないか?」

「うん。臭いが濃厚」

 アゲハはカンタロウに言われ、鼻をくんくんしてみせた。

 本当は臭いではなく、気配で探しだしている。

 一応、獣人らしく振る舞っているのだ。

「なら、もう逃げたな」

「うん、これはもう逃げたね」

 カンタロウとアゲハは、お互い肩の力を抜いた。

「どういう意味ですか?」

 マリアがつばを飲み込む。

 カンタロウは一息つくと、

「ゴーストエコーズは、敵が近くまで来ると、巣を捨てて逃げるんだ。恐らく、別の巣に行ったんだろう。神獣を撤退させたのは、次の巣を悟られないようにするためだ」

「そして大概、罠とかしかけてるんだよね」

 突然、アゲハは赤眼化すると、水神の力で水の玉を作り、天井、草むら、木の枝にむかって飛ばした。

 三体の神獣が水の玉によって、体を破裂させる。

「神獣を隠していたのか。隙を狙って攻撃するつもりだったんだな。かなり知能は高いぞ」

 ランマルは改めて、敵の狡猾さを知った。

「アゲハ、あとあの右の木の上にもいる」

 カンタロウに指摘され、アゲハは碧い目を大きく開いた。神獣が隠れていた。

「……はいはい。わかってますよ」

 アゲハは口を尖らせると、水玉を発射した。木の幹に穴があき、隠れていた神獣が破裂した。

 ――すごい。この二人。ゴーストエコーズと戦い慣れている。

 マリアは二人の段取りの良さに、目を見張った。

 カンタロウは刀の位置を直し、

「エコーズが逃げた先は、わかるのか?」

「うん。まあ臭いが残っているからね」

 アゲハの鼻が微動する。

「便利だな。アゲハの能力は。まあ、さっきの神獣の隠れ場所は、わからなかったみたいだが」

「わかってたってば!」

 カンタロウの指摘に、見逃したことが恥ずかしいのか、アゲハの声が荒くなった。

 カンタロウは小さく笑い、

「わかった。そういうことにしておく」

「ほんとだぞ。私はわかってたぞ。聞こえてる? カンタロウ君」

 アゲハは恥ずかしさを誤魔化すために、わざと肩をカンタロウに押し当てた。

「ははっ、はいはい」

 カンタロウはそれがおかしいのか、声にだして笑った。

「何がおかしいのかっ!」

「うわっ? やめろ!」

 アゲハがカンタロウの背中に、幽霊のように抱きついた。カンタロウの体がふらつく。

 カンタロウはアゲハを振り下ろそうと、抵抗したが、アゲハはがっしりつかんで離れない。楽しそうに笑っている。

 ――なんか。羨ましいな。アゲハさん。

 マリアは二人のやりとりをみて、アゲハの奔放さに嫉妬した。

 自分はあれほど積極的に、異性の体に触れられない。

 気持ちはあっても、体が動かない。

「どうした? マリア?」

「あっ、いえ……」

 暗い表情をしていたのだろう。ランマルがマリアに声をかけてきた。

 ランマルは、マリアの肩を、ポンッと叩き、

「大丈夫だ。女らしさなら、アゲハちゃんよりも、上だぞ」

「はっ、はい」

「もっと胸をアピールしろ。それで奴はイチコロだ」

 ランマルは恋愛の助言をし、マリアを勇気づけた。

「……胸を?」

 マリアはさっぱり、言われている意味がわからなかった。





 ゴーストエコーズの追跡を続けたが、巣に近づくたびに逃げられていく。

 神獣の出現パターンも一緒で、変化があまりない。

 四度目の追跡場所も、すでに逃げられた後だった。

「また逃げたか」

 カンタロウは刀をしまう。

 古い石垣が積み上げられた土地だ。

 石で屋根を作り、床にはやはり、乾かした草が敷かれてある。

 部屋の中は、予想通り大きい。

「ああっ、あまり好戦的な奴じゃないんだろう」

 ランマルは部屋を調べている。特に怪しい物はない。

「今度はあっちから臭いがする」

 アゲハはもう部屋からでて、次の現場を指さす。

「…………」

 カンタロウは何も言わず、考えを巡らせていた。

 ――おかしい。このエコーズ。こんなにも立派な巣を残して、なぜ俺達から逃げる? 普通なら、神獣とともに、襲ってきてもいい頃なのに。それに大型なわりには、逃げるスピードが速すぎる。目撃すらできないなんて……。

 カンタロウが地面を探ってみると、

「……あった」

 地面に引きづった跡が、くっきりと残っている。アゲハが指さす方向に、続いていた。

 ――やはり。逃げた痕跡を残してる。最初のときからそうだ。俺達がいた場所から、どんどん遠くに逃げている。あまりこういう痕跡は、残さないはずなんだが……。

 カンタロウが疑問点を持つ。

 知能の高いエコーズなら、絶対に痕跡は残さない。

 今回のエコーズは、神獣のコントロールがうまい。

 高度の知性を持っているわりには、痕跡を残すという稚拙なミスをしている。

「どうしたの? カンタロウ君? 行くよ」

 アゲハがカンタロウの前に立った。言葉にどこか、焦りがある。

 カンタロウは口を開き、

「……アゲハ。どうしてラッハ達は、俺達にゴーストエコーズを譲ったんだろうな? アイツ等の中にも、獣人はいた。嗅覚でゴーストエコーズを追いつめることができたはずだ」

「えっ? そんなの知らないよ。それより、早く行かなきゃまた逃げちゃうよ」

 アゲハはさっさと、次の現場にむかった。

「おっ、おい。アゲハちゃん!」

「待ってください。アゲハさん」

 ランマルとマリアが、慌ててアゲハを追いかける。

 ――どうしたんだ? アゲハの奴。ゴーストエコーズのことになると、冷静さを失うな。

 カンタロウは仕方なく、次の現場にむかった。

 今度は森の奥に巣があるようだ。

 アゲハはどんどん先へと進んでいく。

 神獣は出現しない。

 静寂に、カンタロウはヒシヒシと違和感を感じていた。

 アゲハは借りてきた猫のように、まったくしゃべらない。

 カンタロウはその沈黙に耐えられず、

「おいっ、アゲハ……」

「シッ。みんな、伏せてこっちに来て」

 アゲハが腰を低くした。

 三人はアゲハの言うとおり、背を低くした。

 草むらから外を覗くと、岩だらけの地面のむこう側に、白い巨大な生き物が座っている。

 山の浅い洞窟の中にいて、口呼吸をしているようだ。

 骸骨のような眼窩から、赤い両目が光っている。

「ゴーストエコーズだ」

 カンタロウが認定した。

 ゴーストエコーズは、服を着ていない。

 両目、鼻、口、筋肉など人の体と類似点は多くある。

 ただ、皮膚は真っ白で、両目は真っ赤、体は象のように大きく、表情は頭蓋骨のような形をしていた。

「人間の、ドクロみたいな顔をしてる……」

 マリアがつい、感想をつぶやいた。異形なる者の姿。

「ああっ、アイツ等の特徴だ。間違いないな」

 カンタロウはゴーストエコーズを見て、間違いないことを確認する。

「でもおかしくないか? なんでアイツ。洞窟の穴の中から動かないんだ?」

 ランマルが疑問点を、口にだす。

 ゴーストエコーズは、穴の中で激しく呼吸し、その場から動かない。

 カンタロウも同じ疑問点を持ち、

「神獣をけしかけてきたんだ。俺達の存在には気づいているはず。何かアクションがあってもいいんだが……」

「よしっ、左右に分かれて、合図したら一斉攻撃ってのはどうよ?」

 アゲハがさっそく提案をだしてきた。

「でもアイツ。俺達に気づいているんじゃないか?」

「大丈夫だよ。気づいてないと思うよ。ぜんぜん動かないし。でかいから、逃げるのに疲れたんじゃない?」

 アゲハのあっさりとした態度に、カンタロウはつい言葉をつまらせた。

 単純な意見だ。

 いつも知的で戦略的な見解をだす、アゲハとは思えない。

「まあそれなら。アゲハちゃんの提案に乗るか」

 ランマルは目の前のチャンスに、神経を高ぶらせる。

「じゃ、私とカンタロウ君は右。ランマルとマリアは左でどう?」

 アゲハが指で、段取りを説明した。敵を挟み撃ちにするつもりなのだ。

「了解。気をつけろよ」

「アゲハさん、カンタロウさん。お気をつけて」

 ランマルとマリアは、アゲハの指示通り、左の草むらに消えていった。

「お前等もな」

 アゲハはそう手を振ると、右へと音をたてずにむかう。

 ――何かがおかしい。なんだ。この違和感は?

 カンタロウは違和感の正体がつかめず、狩りを楽しむ猟師のようなアゲハに、ついていくしかなかった。
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