アゲハのたくらみ

文字数 4,006文字




 しばらくして、カンタロウとアゲハは川の水くみが終わり、桶を持って、家に戻っていた。

「カンタロウ君! はやくっ! はやくっ!」

 アゲハは何も持たず、カンタロウを先へ先へと促している。

 緑の草を吹き渡る風が、アゲハの金髪をそよがせる。

 小さな兎が飛び跳ねるように、元気よく進む。その遊び姿を見ていたカンタロウは、嫌みの一つでも言おうかと思った。

「一つぐらい持ったらどうだ? タダ飯食べて行くつもりか?」

 二つの桶を持ったカンタロウは、不満そうにアゲハに言った。

「私はいいの。か弱い女の子だもん」

「自分で言うのか? それを?」

 ぶつぶつアゲハに、文句を言うカンタロウ。

 アゲハはさりげなく、カンタロウの後ろに回ると、その背中を押し始めた。

 両手に固い背筋が当たる。熱い汗で湿った感触が、手から伝わってくる。

 アゲハは背中を押しつつ、

「ほらほら、がんばれっ、がんばれっ」

「おっ、おい。押すなって……あっ」

 カンタロウの足が止まった。

「ん? どうしたの? あっ」

 アゲハの前に、スズが腕を組み、立っていた。

「アゲハさんでしたね? すみませんが、二人きりで話があります」

「スズ姉……」

 カンタロウは、スズがアゲハにまた戦いを挑むつもりなのかと思い、不安気な表情になった。

 そんなカンタロウにスズは、落ち着き、安らいだ顔を見せ、

「カンタロウ。早くお水を家へ。安心してください。ちょっと、彼女に聞きたいことがあるだけです」

 カンタロウが後ろにいる、アゲハに視線をむける。

 アゲハはうなずいた。

「……わかったよ」

 納得したのか、カンタロウはその場から去っていく。桶のきしむ音が、遠くなり、そして消えた。

 カンタロウが遠くへ行ったことを確認し、アゲハは挑発的に、片手を腰にやり、

「でっ、何?」

「私の魔剣をかわした魔法。あれは、荊棘魔法ですか?」

「うん。そうだよ」

「やはり。二系統神魔法ですか。それはたぶん、幻神の力」

「……さすがだね。当たり。それで、あなたの攻撃をかわしたの」

 荊棘魔法、またの名を二系統神魔法ともいう。

 普通、赤眼化し、神の力を使う場合は、一系統神魔法しか使えない。つまり、一人の赤眼化所持者に、一つの神の力しか発現できない。一系統神魔法は、土神、火神、風神、重神、雷神など、自然エネルギーが主に使用される。

 二系統神魔法とは、アゲハが発現した幻神など、自然エネルギーとは違った別のエネルギーが使用される。ゆえに、使用できる者は少なく、世界にたった数十人しか確認されていない。そのあまりにも難関な魔法なため、荊棘魔法と呼ばれるようになった。

 ――この若さで、二つもの神の力を。この子、ただ者ではない。

 スズは戦ってみてようやく、アゲハが普通のハンターではないことに気づいた。

「それで、私とカンタロウ君の仲を認めてくれるの?」

「いえ、それは別問題ですが……アゲハさん」

「はい?」

「カンタロウを、守ってあげてください。――よろしくお願いします」

 スズはアゲハにむかって、深々と頭を下げた。

「えっ、あっ、ちょ、いやいや。それはお互い様っていうか」

 スズの予想外の行動に、アゲハは慌てて言い方を直した。

「あの子は母親のためなら、必ず無理をします。ヒナゲシ様の両目をなくしてしまった原因が、自分であるという、負い目もある。だから、無理をさせないでください。もし危険なことをしようとするのなら、あの子を止めてください。お願いします」

「でもそれじゃ、今でも十分危険なことを……」

「やはり、報奨金額の高い、ハンターの仕事をしているのですね?」

 スズの問いに、アゲハは意味がわからず、きょとんとする。

 ――えっ? もしかして、スズとヒナゲシ、カンタロウ君が何をしているのか知らないの?

 カンタロウは、スズとヒナゲシに心配させまいと、ハンターの内容を詳しく教えていなかった。

 アゲハはそれに、今気がついた。そして、カンタロウが家に帰り、ヒナゲシ達に旅の話をあまりしないことも思い出した。

「あえてカンタロウが、何をしているか聞きません。あなたとカンタロウの関係もあるでしょう。それに私とヒナゲシ様が反対した所で、あの子はやめないでしょうしね。だから、私の方から――あの子をお願いします」

 もう一度頭を下げるスズ。

「……うん。わかった。やってみるよ」

 アゲハはとりあえず、そう答えることにした。

「ありがとう、アゲハさん」

 スズは自然と、口元を緩ませた。それはまぎれもなく、家族を思う一人の女性だった。

「あっ、そうだ」

「はい?」

「一つ聞きたいんだけど。カンタロウ君も荊棘魔法使えるの?」

 カンタロウは、神脈結界を切ることができる。カインの起こした事件を、それで切り抜けることができた。町の人を、それで救うことができたのだ。

 アゲハはその能力が気になり、スズ達が知っているかどうか確認してみることにした。

「いえ? 見たことありません。あの子の神文字の能力は、風神の力だけのはずですが?」

 スズはカンタロウの一系統神魔法を知っているものだと解釈し、アゲハに能力を言ってしまった。どうやら、カンタロウのもう一つの魔法のことは知らないようだ。

「そっか。うん、わかった」

「どうかしましたか?」

「ううん。ちょっと気になったから。じゃ、帰ろう」

 アゲハはスズに背を見せると、さっさと家に帰って行く。

「ふふっ、そうですね」

 スズは何も知らず、アゲハの後ろをついて行く。

 ――くくっ、都合のいいこと聞いちゃった。

 アゲハは歪んだ表情を抑えることで、精一杯だった。

 カンタロウの家では、ランマルがヒナゲシから食事をごちそうになっていた。白い飯に、野菜の漬け物など、質素なものだ。それをランマルは、すぐにたいらげてしまった。

「いやぁ。ごちそうさまでした。ありがとうございます。ヒナゲシさん」

 ランマルは丁寧に箸を置き、手を合わせた。

「どういたしまして」

「さて、それでは、私はグランデルに帰るとします」

 グランデルとは、剣帝国首都のことだ。

 剣帝国王ベルドランが支配し、立派なお城もある。

 剣や盾、鎧など、武器防具を作る職人が多いことで有名だ。

「そうですか。それではカンタロウ、用意は完了しましたか?」

 スズがカンタロウを呼ぶ。

 奥から旅の支度が整った、カンタロウとアゲハがでてきて、

「ああっ、旅の準備はできた。お金も持ったよ」

「私も完了」

 スズは納得いった顔つきをし、

「そうですか。むこうに行ったら、食事代と宿泊代をおごってもらうのですよ」

 カンタロウとアゲハはうなずき、

「わかった」

「了解!」

 三人で話がどんどん進んでいったが、ランマルは訳が分からず戸惑った。

「うん? どういうことだ?」

「どうもこうもありませんよ。さっきの食事代です。この子達をグランデルに連れていき、食事と寝床のお代をだしなさい」

「……はっ?」

 スズの断定的な言い方に、ランマルは目をパチクリさせた。そして、ようやく頭の神経が繋がり、すべてを理解した。

 つまり、二人がグランデルに着く頃には、もう夕方だ。

 そこでランマルにお金をだしてもらい、一泊して帰ってきなさいということなのだ。

「ちょっと待て! これは、なんていうか、その、気持ちだろ?」

「いいえ。あなた、もしかして、この世にタダなんてものが、存在すると思っているんですか? 世の中――お金こそがすべてです」

 スズはランマルに真顔で言い切った。

「いやいやいやいや。ヒナゲシさんっ!」

「ごめんなさい。スズがどうしてもって言うから。カンタロウさんとアゲハちゃんに、いっぱいおいしいもの、食べさせてあげてね」

 ヒナゲシは息子のためなら、やむおえないといった態度だ。ランマルの味方にはなってくれない。

「ええぇ! おっ、お前! 俺が安月給なの知ってるだろ?」

「大丈夫です。白陽騎士団現団長。独身貴族。お金に不自由はないはず」

 まるでランマルのことを知り尽くしているかのように、スズはきっぱりと断定する。

「すまない、ランマル」

「ゴッチでぇす!」

 カンタロウは頭を下げ、アゲハは片手を額に当て敬礼した。二人とも遠慮なしに、おごられる気である。

 ――やっ、やられた。どうりで、いつもより優しいと思った。

 ランマルは、いつもぶっきらぼうなスズが、今日に限ってやけにニコニコしていたことを思い返した。

「くっ、ヒナゲシさんの頼みなら、まあ仕方がない……だがスズ! お前には借りを返してもらう!」

 ランマルは覚悟を決め、スズとむき合った。

「私に? 何を?」

「俺と結婚しろっ!」

 ランマルはビシッと、親指を自分にむけた。冗談ではなく、本気のようだ。

「嫌です」

 スズは即、拒否した。

「なら、俺の彼女になれっ!」

「有り得ません」

「それなら、俺と付き合えっ!」

「ないですね」

「こうなったら最後の手段だ! 俺のモノになれっ!」

「殺しますよ?」

「そっ、そっ、それなら……一日デートしてください……」

「……わかりました。それぐらいなら」

 その一言で、ランマルのテンションが上がり切った。有頂天になり、ガッツポーズしている。

「よしっ! 絶対、女らしい格好してこいよ! 男みたいな格好するなよ!」

 スズの格好は、常に男物の和装。腰には刀を絶対に身につけている。ヒナゲシのように、女物の着物をあまり着ていない。

「えっ、どうしてですか?」

「どうしてもだっ!」

「わっ、わかりましたよ……」

 ランマルの張りのある声に、さすがのスズも少しひるんだ。

「よっしゃ! 俺についてこい! お前達!」

 ランマルは颯爽と、家から外に飛びだす。

「わかった。ランマル」

「ランマル兄ちゃん、かっこいい!」

 カンタロウとアゲハは、それに乗った。

「二人とも、調子に乗らないでください」

 スズは恥ずかしさからか、頬が真っ赤になる。

「あらあら。大家族ができるわね」

 ヒナゲシは楽しそうに、皆の会話を聞いていた。
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