ツツジの真実
文字数 3,157文字
神獣達は、じりじりとアゲハに近寄ってくる。
数は十三。
剣を持ったツネミツが、アゲハの隙をうかがっている。
カッコウは何もせず、畳の上で寝転がっていた。
「……仕方ない。これはあまり、使いたくなかったんだけどね」
アゲハは口を開いた。歯は獣人のように、鋭く尖っていない。人と同じ、普通の白い歯が見える。
――口を? 何をするつもりだ?
カッコウはアゲハの行動を、逐一見逃さなかった。
刹那、神獣の動きが止まった。ピシッと何かが割れた音がする。
神獣達の身体が、泥のように崩れていった。
「なんだっ! 神獣が?」
何が起こったのかわからず、ツネミツは驚き叫ぶ。
「新しい結界を張った。お前の負けだ」
ツネミツの後ろで声がした。長身の男が立っている。カンタロウだ。
「カンタロウ君!」
アゲハもツネミツと同じく、声を上げた。
「なっ……」
ツネミツは言葉を失った。
自分達を見捨てた仲間を、助けに来るとは思っていなかったからだ。
ツネミツは狼狽し、窓から張られているはずの、結界を見上げ、
「あの魔法円は……内部吸収式に変わっている。まさか?」
「そうだ。今の結界を壊して、もう一回レベル4以上の結界を張った。ランマルが吸収式神脈装置の扱い方を知っていたからな。場所はすぐにわかった。だいたい敵の本体の地下にある。つまり、この城の最下部だ」
カンタロウたちによって、鍍金は剥がれていた。
吸収式神脈装置の設置場所もバレている。
レベル4以上の神脈結界を張られては、神獣は活動できない。
神獣の活動限界は、レベル3神脈結界だからだ。
――この娘に気を取られて、神獣の状況を定期的に把握していなかった。あれほどの神獣を相手に、ここまで来れるとは。
ツネミツの想定外。
あの数の神獣で、生き残ったハンターはいない。実績がない。
今まではやってこれた。それが今日、鉄壁の壁が崩れた。
――なるほど。カンタロウ君の荊棘魔法。『結界切り』で一度装置をトリップさせて、神獣が消失した後、一気に私を追いかけてきたわけね。敵に気づかれないってのは、運がいいわ。
カンタロウ達があの数の神獣から、助かった手段。それはアゲハの予想通り、カンタロウが能力を発動させたからだ。
まず、ランマルとマリアを、先にアゲハを追いかけさせ、自分が囮となって神獣を引きつける。
そして、十分引きつけた所で、神脈結界を切る。
装置がトリップし、起動を停止していても、アゲハに夢中だったツネミツは、まったく状況の変化に気づかなかった。
今、ランマルとマリアは、城の最下部で装置を発見し、正常結界を発動させた。
月の魔都専用の装置は、強制停止による警報アラームが点滅しているので、すぐにわかる。
それを除外し、月の都専用の装置を発見する。
あとは押しボタン操作で起動させるだけなので、専門的な知識を持っていないランマルでも、緊急訓練を受けていたため知っていた。
――結界を壊した? 装置をトリップさせたってことか? どんな手段を使ったかは知らねぇが、運がいいな。クハッ。さてどうする? せっかく与えてもらった、おもちゃが扱えないんじゃ、ここで終わりか。
カッコウはツネミツに視線を移す。
ツネミツはあまりの不測の事態に、目が完全に泳いでしまっている。
月の都結界では、兵士である神獣を召還できない。
敵は四人。しかも全員、赤眼化でき、神の力を扱える。
「ありがとね。カンタロウ君」
アゲハは何事もなかったように、笑って見せた。表情の切り替えの速さは、まさしく彼女の特技だった。
カンタロウは特に気にすることなく、
「いいさ。優秀な獣人についていけば、そこにエコーズがいるからな」
「ふふっ、わかってんじゃん。じゃ、終わりにしますか」
アゲハが剣を構えながら、ツツジに近寄っていく。
「させるかっ!」
ツネミツが、アゲハにむかって剣を突き刺す。
それをカンタロウが、鉄の手甲で止めた。赤い火花が散る。
カンタロウの手甲は、粉々に砕け、
「お前の相手は俺だ」
「邪魔するなっ! 小僧!」
ツネミツの怒りは、頂点に達した。
ツツジの前に、ふらりと、カッコウが立った。
アゲハの歩みが止まる。
「クハハッ! まだ駄目だぜ、お嬢ちゃん。まだ終わってねぇ」
「どいてほしいな。死にたいの?」
「いいねぇその目。死をびんびん感じるぜ」
カッコウはアゲハの脅しにも動じず、ただニヤニヤ笑っている。
カンタロウは赤眼化し、ツネミツの前に立つ。右手の甲に赤い紋章があらわれる。旧剣帝国国章、角のある蛇『夜刀』だ。
国章血印を見たツネミツは、目を見張り、そして怫然し、
「その国章血印は! 貴様! 剣帝国の人間か!」
「そうだ。俺は剣帝国で生まれた」
「よくも、我が国を襲ってくれたな!」
「どういうことだ?」
カンタロウは意表をつかれ、目を見開いた。
「貴様等の王は、民のために散財し、悪化した財政を潤すため、水源のある我が国を襲ったのだ! 同盟を結んでいたのに、それを裏切った! この町に火を放ち、住人を焼き殺したのだ! そして我が主君を暗殺した! ツツジの父と母を!」
ツネミツが言う真実。
カンタロウが聞いた話とは、まったく違う真実。釣瓶の国から、しかけてきた戦争ではなかったか。
カンタロウは動揺し、
「お前達が、剣帝国を攻め入ろうと、したんじゃないのか?」
「違う! そんなのはでたらめだ! 都合よくでっちあげたのだ!」
ツネミツはゼイゼイと呼吸を荒くし、自分を落ち着かせた。愛しい者を見るような目で、ツツジに振りむく。
その表情は、悲愴に叩きつけられていた。
「俺はツツジを守る、最後の兵士だ。この穏やかな町を、静かな城を、俺は造り上げた。もう俺達にかまわないでくれ。彼女に――平穏と安らぎを与えてくれ」
ツツジは後ろをむいたまま、ツネミツに何も答えなかったが、それに同意しているように見えた。
愛する肉親を殺され、信頼していた使用人を亡くし、さらに自分を守ってくれた町の人間を焼き殺された。
最後の砦であるツネミツは、何の反応もなくなったツツジのために、命を張ってこの町を守っている。
アゲハとカンタロウの表情が曇った。
「くくっ、クハハハハハハハハッ!」
ただ一人、カッコウだけが、おかしそうに大笑いした。まるで三文芝居を見ていた観客のように、何の感情移入も、同情も、そこには生まれていない。
「貴様。何がおかしい?」
「いやっ、もういい。もうわかった。不合格だ。実力は確かにある。だが、この程度で躊躇するようじゃ――俺の仕事はやりこなせねぇ」
ツネミツにむかって、カッコウは手を振った。
ツネミツは意味がわからず、カッコウを睨んだ。
「――思い出した。S級犯罪者、カッコウ。確か、相当危険な仕事を、無理矢理ハンターにさせる極悪人」
アゲハが、カッコウの顔をようやく思い出した。
犯罪者等級最上位。S級犯罪者。
人の名前を名乗れず、人扱いされず、その存在は絶対悪。
逮捕する必要のない者。
即殺害してもいい者。
人の名前を持たないのだから、法律で守られないのだ。
犯罪者リストに、カッコウの顔はしっかりと描かれていた。
「無理矢理? おいおい違うぜぇ。仕事を達成すれば、それなりの報酬は払ってる。――まっ、断られないように、仕込みはするがな」
突然、カッコウはナイフを取りだすと、ツツジの背中に突き刺した。
ツツジは悲鳴すら上げず、ゆっくりとその場に、倒れていく。
「ツツジ!」
ツネミツが叫んだ瞬間、カッコウは片手を広げてそれを止めた。
「ツツジ? 何言ってんだ。これは違うぜぇ」
ツツジは倒れたのではなかった。ただの布切れとなり、地面に広がったのだ。
そこには人らしい血すら流れず、人の髪すらなく、ただの物が転がっていた。
数は十三。
剣を持ったツネミツが、アゲハの隙をうかがっている。
カッコウは何もせず、畳の上で寝転がっていた。
「……仕方ない。これはあまり、使いたくなかったんだけどね」
アゲハは口を開いた。歯は獣人のように、鋭く尖っていない。人と同じ、普通の白い歯が見える。
――口を? 何をするつもりだ?
カッコウはアゲハの行動を、逐一見逃さなかった。
刹那、神獣の動きが止まった。ピシッと何かが割れた音がする。
神獣達の身体が、泥のように崩れていった。
「なんだっ! 神獣が?」
何が起こったのかわからず、ツネミツは驚き叫ぶ。
「新しい結界を張った。お前の負けだ」
ツネミツの後ろで声がした。長身の男が立っている。カンタロウだ。
「カンタロウ君!」
アゲハもツネミツと同じく、声を上げた。
「なっ……」
ツネミツは言葉を失った。
自分達を見捨てた仲間を、助けに来るとは思っていなかったからだ。
ツネミツは狼狽し、窓から張られているはずの、結界を見上げ、
「あの魔法円は……内部吸収式に変わっている。まさか?」
「そうだ。今の結界を壊して、もう一回レベル4以上の結界を張った。ランマルが吸収式神脈装置の扱い方を知っていたからな。場所はすぐにわかった。だいたい敵の本体の地下にある。つまり、この城の最下部だ」
カンタロウたちによって、鍍金は剥がれていた。
吸収式神脈装置の設置場所もバレている。
レベル4以上の神脈結界を張られては、神獣は活動できない。
神獣の活動限界は、レベル3神脈結界だからだ。
――この娘に気を取られて、神獣の状況を定期的に把握していなかった。あれほどの神獣を相手に、ここまで来れるとは。
ツネミツの想定外。
あの数の神獣で、生き残ったハンターはいない。実績がない。
今まではやってこれた。それが今日、鉄壁の壁が崩れた。
――なるほど。カンタロウ君の荊棘魔法。『結界切り』で一度装置をトリップさせて、神獣が消失した後、一気に私を追いかけてきたわけね。敵に気づかれないってのは、運がいいわ。
カンタロウ達があの数の神獣から、助かった手段。それはアゲハの予想通り、カンタロウが能力を発動させたからだ。
まず、ランマルとマリアを、先にアゲハを追いかけさせ、自分が囮となって神獣を引きつける。
そして、十分引きつけた所で、神脈結界を切る。
装置がトリップし、起動を停止していても、アゲハに夢中だったツネミツは、まったく状況の変化に気づかなかった。
今、ランマルとマリアは、城の最下部で装置を発見し、正常結界を発動させた。
月の魔都専用の装置は、強制停止による警報アラームが点滅しているので、すぐにわかる。
それを除外し、月の都専用の装置を発見する。
あとは押しボタン操作で起動させるだけなので、専門的な知識を持っていないランマルでも、緊急訓練を受けていたため知っていた。
――結界を壊した? 装置をトリップさせたってことか? どんな手段を使ったかは知らねぇが、運がいいな。クハッ。さてどうする? せっかく与えてもらった、おもちゃが扱えないんじゃ、ここで終わりか。
カッコウはツネミツに視線を移す。
ツネミツはあまりの不測の事態に、目が完全に泳いでしまっている。
月の都結界では、兵士である神獣を召還できない。
敵は四人。しかも全員、赤眼化でき、神の力を扱える。
「ありがとね。カンタロウ君」
アゲハは何事もなかったように、笑って見せた。表情の切り替えの速さは、まさしく彼女の特技だった。
カンタロウは特に気にすることなく、
「いいさ。優秀な獣人についていけば、そこにエコーズがいるからな」
「ふふっ、わかってんじゃん。じゃ、終わりにしますか」
アゲハが剣を構えながら、ツツジに近寄っていく。
「させるかっ!」
ツネミツが、アゲハにむかって剣を突き刺す。
それをカンタロウが、鉄の手甲で止めた。赤い火花が散る。
カンタロウの手甲は、粉々に砕け、
「お前の相手は俺だ」
「邪魔するなっ! 小僧!」
ツネミツの怒りは、頂点に達した。
ツツジの前に、ふらりと、カッコウが立った。
アゲハの歩みが止まる。
「クハハッ! まだ駄目だぜ、お嬢ちゃん。まだ終わってねぇ」
「どいてほしいな。死にたいの?」
「いいねぇその目。死をびんびん感じるぜ」
カッコウはアゲハの脅しにも動じず、ただニヤニヤ笑っている。
カンタロウは赤眼化し、ツネミツの前に立つ。右手の甲に赤い紋章があらわれる。旧剣帝国国章、角のある蛇『夜刀』だ。
国章血印を見たツネミツは、目を見張り、そして怫然し、
「その国章血印は! 貴様! 剣帝国の人間か!」
「そうだ。俺は剣帝国で生まれた」
「よくも、我が国を襲ってくれたな!」
「どういうことだ?」
カンタロウは意表をつかれ、目を見開いた。
「貴様等の王は、民のために散財し、悪化した財政を潤すため、水源のある我が国を襲ったのだ! 同盟を結んでいたのに、それを裏切った! この町に火を放ち、住人を焼き殺したのだ! そして我が主君を暗殺した! ツツジの父と母を!」
ツネミツが言う真実。
カンタロウが聞いた話とは、まったく違う真実。釣瓶の国から、しかけてきた戦争ではなかったか。
カンタロウは動揺し、
「お前達が、剣帝国を攻め入ろうと、したんじゃないのか?」
「違う! そんなのはでたらめだ! 都合よくでっちあげたのだ!」
ツネミツはゼイゼイと呼吸を荒くし、自分を落ち着かせた。愛しい者を見るような目で、ツツジに振りむく。
その表情は、悲愴に叩きつけられていた。
「俺はツツジを守る、最後の兵士だ。この穏やかな町を、静かな城を、俺は造り上げた。もう俺達にかまわないでくれ。彼女に――平穏と安らぎを与えてくれ」
ツツジは後ろをむいたまま、ツネミツに何も答えなかったが、それに同意しているように見えた。
愛する肉親を殺され、信頼していた使用人を亡くし、さらに自分を守ってくれた町の人間を焼き殺された。
最後の砦であるツネミツは、何の反応もなくなったツツジのために、命を張ってこの町を守っている。
アゲハとカンタロウの表情が曇った。
「くくっ、クハハハハハハハハッ!」
ただ一人、カッコウだけが、おかしそうに大笑いした。まるで三文芝居を見ていた観客のように、何の感情移入も、同情も、そこには生まれていない。
「貴様。何がおかしい?」
「いやっ、もういい。もうわかった。不合格だ。実力は確かにある。だが、この程度で躊躇するようじゃ――俺の仕事はやりこなせねぇ」
ツネミツにむかって、カッコウは手を振った。
ツネミツは意味がわからず、カッコウを睨んだ。
「――思い出した。S級犯罪者、カッコウ。確か、相当危険な仕事を、無理矢理ハンターにさせる極悪人」
アゲハが、カッコウの顔をようやく思い出した。
犯罪者等級最上位。S級犯罪者。
人の名前を名乗れず、人扱いされず、その存在は絶対悪。
逮捕する必要のない者。
即殺害してもいい者。
人の名前を持たないのだから、法律で守られないのだ。
犯罪者リストに、カッコウの顔はしっかりと描かれていた。
「無理矢理? おいおい違うぜぇ。仕事を達成すれば、それなりの報酬は払ってる。――まっ、断られないように、仕込みはするがな」
突然、カッコウはナイフを取りだすと、ツツジの背中に突き刺した。
ツツジは悲鳴すら上げず、ゆっくりとその場に、倒れていく。
「ツツジ!」
ツネミツが叫んだ瞬間、カッコウは片手を広げてそれを止めた。
「ツツジ? 何言ってんだ。これは違うぜぇ」
ツツジは倒れたのではなかった。ただの布切れとなり、地面に広がったのだ。
そこには人らしい血すら流れず、人の髪すらなく、ただの物が転がっていた。