疑惑

文字数 3,070文字

 ゴーストエコーズ達は、木の枝に乗る者、地面を這う者、六本の足がある者と、さまざまな種類に分かれていた。

 共通しているのは、白い肌、ドクロのような顔、そして赤い両目と、どれも異形な姿をしている。

 口から熱い息が吹きだされ、牙のある歯から唾液を垂らし、補食する人間達を見つめる。

 神獣など召還しなくとも、この数であれば、圧倒的に自分達の方が有利だった。

 四人はとりあえず、その場に固まることにした。

 誰もが、死の緊張感と恐怖感を感じている。

 血管が収縮し、息が浅くなり、心臓がバクバクと鼓動していた。


「やばい! 第一種エコーズまでいる」


 アゲハは木の枝に乗っている、比較的小さなゴーストエコーズを警戒した。

 姿形は他と同じ異形の姿をしているが、言語能力に優れ、神獣を効率よく召還できるタイプだ。

 知能は低いものの、第二種エコーズを指揮し、組織的な行動をしてくる。

「どうして、こんなにゴーストエコーズが?」

 マリアは不安からか、息を飲み込む。

「やばいね。こんな光景、さすがに見たことないよ」

 ツバメでさえ、汗が止まらず、目元を何度も拭っていた。


 ――どうする? ん?


 カンタロウが突破策を考えていると、羽のはえた猫が、自分達を見つめていることに気づいた。

 ちょうどそこには、ゴーストエコーズがいない。

 赤い瞳が、何かを言いたそうに、キラリと光る。

 カンタロウが視線でさし、

「あれは、猫か?」

「……私達を誘ってるのかも」

 アゲハも猫の存在に気づいた。

「行ってみるか?」

「うん。危険かもしれないけど」

「よしっ! アゲハ、やるぞ!」

「よっしゃ! 任せろ!」

 カンタロウとアゲハは、解除した赤眼化を、再び発動させた。

「俺とアゲハが奴等に魔法攻撃をして、注意をそらす! ツバメとマリアは先にあの猫の所へ走れ!」

 カンタロウは神魔法を発動するために、体内に吸収した神脈を手に集中させる。

「わかりました!」

「あいよ!」

 マリアとツバメは、返事を返すと、猫にむかって走った。

 木の枝にいた第一種エコーズが、その動きに気づき、第二種エコーズを攻撃にむかわせる。

 第二種エコーズが大きく叫び、その巨体を震わせながら、襲いかかってきた。

「風神の名において命じる! 風の刃となり敵を切り裂け!」

 カンタロウの手から、風の刃が発動される。

「水神の名において命じる! 水蛇の牙で敵を噛み砕け!」

 アゲハは大きな水蛇を作ると、地面からすべるように攻撃をしかけた。

 二人の攻撃は見事に第二種エコーズを切り裂き、進軍を止めた。

 第一種エコーズが強力な魔法に、赤い目を丸くする。

 前線の部隊が一気にやられたため、後方の部隊は進むのを躊躇した。

「ははっ! さすがだね! 一桁詠唱も、魔法のイメージングも完璧じゃないか!」

 ツバメが笑う。

 イメージングとは、魔法をコントロールする際使う、表現技法だ。

 例えば、火をだしたければ、燃えているイメージを頭に思い浮かべ、それを言葉にし、魔法を発動させる。

 このイメージングが失敗すると、魔法は不発に終わるか、神脈の暴走による爆発が起こる。

 素人は魔法を発動させるため、細かい言葉や詠唱を並べるが、プロになると言葉はさらに短くなり、魔法も強力になるのだ。

 カンタロウとアゲハは、十分プロとして通用する魔法技術を身につけていた。

「ツバメさん! 横の壁から!」

 ツバメが二人に気を取られていると、マリアが後ろから叫んできた。

 研究施設の壁が壊れ、ゴーストエコーズが飛びだしてくる。

 芋虫のような巨大な身体で、強力な顎を突きだしてきた。

「ゴアッ!」

 ツバメはその攻撃を、素早く飛んでかわした。顎は固い土を、なんなく噛み砕く。

「マリア!」

「はい!」

 ツバメの一声で、マリアはすぐに攻撃方法を理解し、槍の穂先をゴーストエコーズの横腹に突き刺した。

 横一線に、槍をなぎ払う。

「グアァ!」

 ゴーストエコーズは痛みで跳ね上がる。傷口から、紫の血が吹きだした。


「あたし等に喧嘩売るってのわね! 十年早いんだよ!」


 ツバメは施設の壁に足を置き、さらにジャンプすると、急降下して頭部分を切り落とした。

 頭部を失ったゴーストエコーズは、しばらく体をけいれんさせていたが、すぐに動かなくなる。

「ははあ、ちょろすぎて興奮もしないねぇ」

 ツバメはマリアにむかって、ニッと笑ってみせる。マリアもそれに応えて、少し微笑んだ。


 ――あれ? この二人……。


 ツバメとマリアの戦闘シーンを見て、アゲハはある違和感を感じた。

「大丈夫か?」

 カンタロウが、二人に声をかける。

「はい、平気です」

「当然さね」

 マリアとツバメが答えた。

 カンタロウとアゲハのおかげで、ゴーストエコーズ達の足取りが止まり、逃げるチャンスができていた。

 二人は、赤眼化を解除した。

「よしっ、猫を追いかけよう」

 カンタロウとアゲハが先方を、マリアとツバメが後方を担当し、猫を追いかけた。

 猫は後ろを振りむきつつ、森の奥へと走っている。

 追いかけていると、かなり研究施設から離れてしまった。

 木や草で隠れているが、どうやらこの場所では、家畜を飼っていたらしく、動物の骨が転がっている。

「なんだか、本当に私達を誘ってるようだね」

 アゲハがカンタロウに近づきつつ言った。

 猫は四人につかず、離れず、様子を見ながら逃げていた。

 さすが四本足の動物だけあって、走っても追いつけない。

 目的があるみたいだが、言語のしゃべれない猫では、聞きだすことは不可能だ。

「そうだな。変な猫だ」

 カンタロウもアゲハに同意した。

「それでさ、カンタロウ君」

 アゲハがカンタロウの横に体をつけると、小声で話し始め、


「マリアってさ。おっちょこちょいな所あるけど――相当強くない?」


「……そうだな」

 カンタロウは、狂人化したハンター達と戦った記憶を掘り起こしてみた。

 マリアは『二人』ものハンターを、無傷で倒している。

 初対面で、か弱い女性という印象を抱いていたため、なかなか強いというイメージが定着しない。

「敵を前にしてもひるまないし、槍術やけに強いし。しかも今まで怪我一つ負ってない。ツバメとのコンビプレイも上手い。最初の出会いが、アホな傭兵共に絡まれてる場面だったからさ。第一印象が、弱々しく映っちゃったけど」

 アゲハが正直な感想を言う。

 ツネミツの罠や月の魔都に閉じ込められた戦い、そして今回のことといい、マリアは強い男に守ってもらわなくとも、十分ハンターとしてやっていける実力がある。

 カンタロウはわからないふりをしようと思い、

「……確かに。何か気になるのか?」

「うん。もしかするとだけど、あの二人。クロワって奴を捕らえて、妹さんを助けるだけが最終目的じゃないような気がする。それが何かは、まだわかんないけど」

「…………」

「とにかく、気をつけてよ」

 アゲハは話をやめた。

 二人の会話が気になるのか、ツバメとマリアが近づいてきていたからだ。

 アゲハはさりげなく、自然に、カンタロウから離れる。

 ――気をつけろ……か。

 カンタロウに、小さな疑惑が生まれていた。

 しかし、今はそういう状況ではないと思い直し、頭の奥へとしまう。

「なんだい? 二人でコソコソと?」

「どうかしました?」

 ツバメとマリアはさっそく、アゲハとカンタロウの会話に興味を示してきた。

「何でもないよ。カンタロウ君がどうしてそこまでマザコンになったのか、その過程を聞いてただけ。私は幼少期のトラウマが原因だと思ってる」

「親孝行だ」

 アゲハの冗談に、カンタロウは真面目に答えていた。
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