アゲハの弱点

文字数 2,092文字

 城の中は暗く、人の気配もなく、ひんやりとしていた。

 床は洞窟のようにぬめり、足が何本もある虫がはう。壁は黒いカビがはえ、元の色がわからないほど黒ずんでいる。風が城へ侵入しているのか、ヒュウと、どこか遠くで叫んでいた。

 ――なんだ、この空気。それにこの臭い。

 空気が鉛のように重い。

 どこからか、何かが腐った臭いがする。

 こんな城の中に、人が住むことなどできるのか。

「ああっ! カンタロウ君!」

 カンタロウは背中に水を受けたように、驚いた。

「どうした?」

「靴に変な液体ついちゃったぁ」

 どうやら、外にあった水たまりの水が、靴にこびりついたらしい。アゲハの靴に、小さく赤い染みができている。本人に怪我はない。

「……で?」

「どうしよっ! 何かで拭わなきゃ! カンタロウ君! 服貸して!」

「俺の服で拭うと? 嫌だ」

「あぁもぉ、最悪の最悪だよ」

 アゲハの声が裏がえり、足で地団駄を踏む。本気でショックを受けたようだ。

「靴を大切にしても、戦いで汚れるだろ?」

「わかってるよ! 変な液体がつくのが嫌なの!」

 「そこなのか?」カンタロウはアゲハの意外な性癖に驚いた。

「まあ、もうそれはいいとして。くらぁい! 城の中くらぁい!」

 今度は城の奥にむかって、アゲハが大声でがなる。

 カンタロウはアゲハの行動の意図がわからず、目を白黒させた。

「見ればわかる。叫ぶことないだろ?」

「アゲハさん、暗いの苦手なの?」

 ソフイヤもアゲハの異常行動が、心配なようだ。

「いっ、いや、苦手ってことはないけどさ……なんかこの雰囲気が嫌」

 両手で自分の体を抱くと、アゲハはカタカタと震えている。

「震えているのか? 暗いのが怖いのか?」

「だから、違うって。その、あの、あれだよ。あれがいるかもって思うと……」

「あれ?」

「おっ、おっ、お化けがいるかもしれないって」

「お化け? なんだそれは?」

 カンタロウはきょとんとした。お化けという単語すら知らないからだ。

「お化け知らないの? 世界の常識じゃん!」

「そうなのか? すまん」

 律儀に謝るカンタロウ。

「カンタロウさん、お化けは絵本なんかにでてくる、創作の生き物のことだよ」

 ソフイヤがカンタロウの耳元で、お化けについて教えてくれた。

「なんだ。それならいないだろ」

「いるし! お化けはいるの!」

 アゲハはお化けの存在を信じていた。そのため、怪談話や肝試しが苦手で、そういうたぐいのものに参加したことはいっさいない。普段の状況であれば、落ち着いて対処できるが、今回のようにお化け屋敷のような現状では、冷静でいられないのだ。

 つまり、異常行動の根幹は、単にお化け嫌いからきている。

「まあ、どっちでもいいが。とにかく、城の中を探索してみるか」

 アゲハの心境がいまいち理解できないカンタロウは、ともかく灯りを探そうと壁に手をついた。すると、小さなくぼみに、ランプが置いてある。手に持つと、重みがあり、中で液体が揺れていることがわかった。

「よし、これを使うか」

 一時的に赤眼化すると、魔法で火種をつくる。

 すぐにランプに火が灯った。

 灯りを手に入れ、城の中を進んでみる。

 奥へ、奥へむかっても、誰一人でてこない。

 またどこからか、隙間風が、ヒュウと唸った。

「おい」

 カンタロウが細い目で、アゲハを一瞥し、

「何?」

「腕をつかむな。何かあったとき、刀が持てない」

 左手にはランプを持ち、右手はアゲハがしっかりとつかんでいる。

「いいじゃん! 腕の一本ぐらい!」

 怖さからか、アゲハは逆ギレした。

「わかった、わかった。怒るな」

 アゲハの様子を聞いていたソフィヤは、少しだけ悪戯心がうずいてしまった。

「カンタロウさん、何か嫌な気配がする」

 わざと小さく、低い声で話す。

「そうか?」

「嘘っ、なになに! お化け? どこにいるの!」

 もうパニック状態になるアゲハ。

 頭をグルグル動かし、見えない何かを探している。

「そう……アゲハさんの、後ろからする」

「ひぃあぁ!」

 アゲハは悲鳴を上げると、カンタロウの前に立ち、胸を押さえつけた。

「うっ、うわっと!」

 カンタロウはランプを落としそうになったが、なんとか踏ん張った。

「カンタロウ君! 私のために、犠牲になって!」

 どうやら後ろのお化けに対して、カンタロウを盾にしているらしい。

「俺を盾にするな。あとソフィヤ。こんな状況で冗談はやめてくれ」

「へへっ、ごめん」

 予想どおりの反応に満足したのか、ソフィヤは可愛らしく舌をだした。

「まったく。あとアゲハ。もう俺を押さえるの、やめないか?」

「おっ、お化けいないの?」

「いないよ。そんなもの」

「絶対? 証拠は! 証拠だせ!」

「いっ、いや、証拠と言われてもなぁ」

 カンタロウはランプを後ろにむけてみる。灯りの先には、もちろん誰もいない。

「ほらっ、後ろには誰もいないだろ? 安心しろ」

「…………」

 黙り込むアゲハ。

「俺を信じろ。なっ? 誰もいないだろ?」

「……カンタロウ君。だっこ」

「はっ? 何を言ってるんだ?」

「腰、抜けちゃって……」

「……はぁ」

「ごめん」

 アゲハは真っ赤な顔になり、その場にへたりこんだ。
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