朝食の出来事

文字数 5,076文字




 朝。

 カンタロウ、アゲハ、スズは、朝食を食べるために、囲炉裏の間に集まっていた。

 マリアとヒナゲシは、料理を作るために台所で作業をしている。

 しばらく待っていると、マリアが料理を持ってきた。

「カンタロウ様。今日の朝ご飯、私が作ってみたんです。お口に合うかどうか、自信はないんですけど……」

 マリアはみんなの前に、朝食を置いた。

 卵やスープを使った料理だ。

 良い香りが、部屋に充満する。

「そうなのか? おいしそうだ」

 カンタロウは素直に、そう感想を言った。

 マリアは皆に料理を配り終えると、カンタロウのすぐ隣に座った。

 カンタロウの反対側には、アゲハが陣取っている。

 ヒナゲシが座ったことで、食事が開始された。

「はい、カンタロウ様」

 マリアは自分の箸で料理を取ると、手を添え、カンタロウに差しだした。

「どっ、どうしたんだ?」

 マリアの行動に、カンタロウは少し驚いた。

「食べさせてあげます。嫌、ですか?」

「ああ、そうなのか。それならいただくよ」

 マリアが料理を作ったのは、自分に食べさせたかったのだと、カンタロウは察し、素直にそれを受けることにした。

「はい、あ~ん」

 マリアは恐ろしく丁寧だ。

 多少恥ずかしさはあるものの、カンタロウはマリアから差しだされた料理を口にふくみ、

「うん、おいしいよ」

 ヒナゲシが作る料理とは、また違った味だ。

 不味くなく、むしろうまい。

 マリアの特技が料理だったと、初めて知る。

「ほんとですか? 嬉しい」

 マリアは頬を赤らめて喜んだ。

「マリアさん。一生懸命作ったものね。私の出番なくなっちゃいそう」

 ヒナゲシは、マリアの料理のうまさを認めていた。

 スズが、何気にうなずいている。

「あっ、ごめんなさい。勝手に台所使わせてもらって……」

 マリアは遠慮がちに、ヒナゲシに言った。

「いいのよ。気にしないで。それよりどう? カンタロウさん」

「うん。マリアの手料理はおいしいよ」

「そうじゃなくて。マリアさんのこと」

 ヒナゲシの言葉の意味がわかり、マリアは真剣な目つきで、カンタロウを見つめた。恥ずかしさで濡れた茶色の瞳が、カンタロウの表情を映す。

「うん? マリアのことがどうかしたのか?」

 カンタロウはモグモグと、食事を進めていた。その顔に、マリアやヒナゲシが期待した感情は見えない。

 マリアは小さく、ため息をついた。

 ――さすがカンタロウ。鈍い。

 スズは食事を進めながら、カンタロウの女性に対する恋愛音痴を嘆いた。

「もう! カンタロウさんたら!」

 ヒナゲシはカンタロウの無反応さに、子供のように頬をむくれさせた。

 カンタロウはなぜ母に怒られているのか、理由がわからず首を傾げるばかりだった。

「じゃ、今度は私だな。はい、あ~ん」

 アゲハが料理を箸で取ると、マリアと同じように、カンタロウに差しだす。

 マリアがどうしてそんなことをしているのか、アゲハなりに知りたいようだ。それで行動を真似しているのである。

「アゲハは何も作ってないだろ?」

「いいじゃん。はい、あ~ん」

 食べないと終わりそうにないので、カンタロウは仕方なく料理を口にふくみ、

「うん、うまい」

「そうだろ?」

 アゲハは満足気に微笑んだ。

「いや、マリアの料理がだ」

「いやいや、私が料理を運んだから、うまいんだ」

「なんなんだ? それは?」

「そういうことだよ。カンタロウ君」

 何か嬉しいものを感じたのか、アゲハはニコニコ笑っている。

「じゃ、次は私ですね。はい、カンタロウ様」

 マリアが再び、箸で料理を取り、カンタロウに差しだす。

「待って。まだ私がやるから」

 アゲハは髪をかき上げると、箸で料理をつまもうとする。

「順番ですよ。アゲハさん」

「そんなの決まってないじゃん」

「アゲハさん、料理――作ってないですよね?」

「ぐっ……」

 マリアは痛い所をつき、アゲハを圧倒した。満面な笑顔が、より一層不気味さを増している。

 アゲハはマリアの威圧感に負け、箸を置いた。

 ――アゲハの扱い方、わかってきたな。

 と、カンタロウは思った。

 マリアとアゲハの距離が、次第に近づきつつある。

 アゲハの方からちょっかいをだすことが多いが、マリアはその対処方法を学びつつあるのだ。

 カンタロウはそれが何となく嬉しくなり、顔にはださないが心地良かった。

「うむ。なぜかドロドロしてますね」

「ほんとね。ちょっと羨ましいわ。はい、スズ、あ~んして」

 ヒナゲシは料理を箸で持つと、スズに差しだした。

「えっ? ヒナゲシ様?」

「いいから、あ~ん」

「はっ、はい! いただきます! あっ、あ~ん」

 スズは大きく口を開け、ヒナゲシから料理をもらった。

「おいしい?」

「当然です!」

 スズはあまりのおいしさに、涙ぐんだ。





 アゲハは食事を終えると、散歩をするため外にでていった。

 有刺鉄線の柵を越えるため、入り口にいる兵士に挨拶をする。

 最近兵士は、アゲハに慣れてきたのか、声にはださないが、会釈をするようになってきた。

 今回、コオロギとの待ち合わせ場所は、巨大なブナの木だ。

 幹や枝は大きく、根っこは地面からはみだし、巨大な樹を支えている。

 根っこに腰を下ろし、黒いフードをかぶった男が一人、座っていた。

 腕には神獣で作った、赤い鳥を乗せているので、間違いなくコオロギだ。

 アゲハはいつもの挨拶をせず、コオロギのそばに立った。

 コオロギはアゲハの感情の揺らぎに気づき、赤い目で見上げ、

「どうしたんだい? 今日は不機嫌だね」

「別に」

「それならいいけど……」

 それからしばらく、二人は何も話さなかった。

 岩の影から、おこじょのような動物が、二人を眺めている。

 顔は茶色く、腹は白く、長い体は人の腕ほどしかない。

 つぶらな黒い瞳が、パチパチと動いた。

「……ねえ。コオロギってさ。いつもどこにいるの?」

 アゲハの方から、口を開いた。

「森だよ。この大陸では、町に入れないからね」

 エコーズは結界の中に入れない。それはコオロギとて、例外ではない。

「私が呼んだら、すぐに来てくれるよね? この近くの森に住んでいるの?」

 アゲハは赤い鳥を呼び、自分の腕に乗せた。

「今はね。でもアゲハが遠くに行ってしまったら、来るのも遅くなる」

「へえ。私の後を、ついてきてるわけじゃないんだ?」

「それは危険だからしない。町や都市、今では村でさえ吸収式神脈装置があるからね。エコーズだと、バレてはまずいんだ」

「そっか。でも、もし私が死んだらどうするの? いつも監視してないんじゃ、気づかないんじゃないの?」

「月に一回。僕は神獣をアゲハに送ってるよ。前に初めて会ったときも、この青い鳥をアゲハに送ったろ? それで返事がなければ、君がどうなったか、調査することになってる」

 コオロギはアゲハに、神獣で作った青い鳥を見せた。

「えっ? そうだったんだ? 初めに説明しといてよ」

 アゲハにとって、それは初耳だった。

「あれ? 旅立つ前に、仲間から聞かなかったの?」

 コオロギは知っているものだと思っており、あえて説明はしなかったのだ。

「そうだっけ? 旅にでる興奮で、聞いてなかったかも。監視者を一人つけることは、覚えてたけど」 

「ふふっ、意外にアゲハって、抜けてるんだね」

「そうかも」

 緊張した雰囲気が、アゲハとコオロギの笑いで和んできた。

 コオロギはアゲハの調子が良くなったと判断し、

「さて、そろそろ、僕を呼んだ理由を話してくれるかい? アゲハと会話するのは楽しいけど、いつまでもこの状態を維持できない。誰かに見られるとまずいからね」

「うん……そうだよねぇ」

 アゲハはモジモジしている。

 両手を握り、恥ずかしそうに下をむく。

 ざっくばらんとした性格だと思っていただけに、コオロギは目を白黒させ、

「どうしたんだい? 元気がないね?」

「あのさ、怒らない?」

「怒る? 何かやらかしたの?」

「いや、ゴーストエコーズと、まったく関係ない話なんだけど……」

 つまり、あまり仕事と関係ないことで、コオロギを呼びだしてしまったのだ。

 意外なしおらしさに、コオロギの胸は高鳴っていた。それは快感でもあり、喜びでもあった。

「いいよ。僕でよければ、相談にのるよ」

「あっ、あのさ。私って、前会ったときと、変わった?」

 アゲハは、カンタロウとマリアに、悲しい顔を見せてしまったことを気にしていた。

 エコーズの精鋭として、見せてはいけない感情。

 それは人間に同情すること。

 それがわかっていたからこそ、今まで隠してきたし、言葉で自分を納得させていた。

 不気味な笑顔も、そのために用意された、感情を隠すための仮面だ。

 それなのに、あっさりマリアに自分の本心を見破られ、仲間を失う辛さを感情にだしてしまった。

 それが結果として、より深い仲間の絆として、カンタロウの信頼を得てしまったのだが、それはアゲハの演技ではない。

 もし、今後も、こんな感情をだしてしまうのであれば、任務に失敗する可能性があった。

「うん? 特に変化はないと思うけど……」

 コオロギはアゲハに言われ、顔を覗いてきた。

 アゲハはつい顔をそらし、

「そうだよね。そう。私は変わってない。変わるわけがない」

 そう言葉で納得させても、自信がない。

 でもそれが、今では精一杯だった。

 コオロギに自分の表情を見られるのも、恥ずかしかった。

「何かあったの? あの人間の男が、何かしたとか?」

「ううん! 違うよ! カンタロウ君は関係ないよ!」

 コオロギに言われ、アゲハは両手を大きく振る。

 自分の感情を誤魔化すために、カンタロウにしがみついてしまったことは、また一つの恥ずかしさだった。

 カンタロウ本人は、いつものアゲハの悪ふざけだと思っているので、感情の変化に気づいていない。

 そもそも、女の感情に鈍感な男なので、アゲハの心境をまったく理解はしていないだろう。

「……そう」

 アゲハの大げさな手振りに、コオロギは何か嫌な感じはしたが、あえて言葉にだすのをやめた。

 アゲハは深呼吸すると、話を変えることにし、

「コオロギってさ。男と女の関係ってわかる?」

「関係?」

「そう。男と女の、何て言うのかな。愛って、言うのかな。そういうの」

「それは……わからない。僕達エコーズにも性別はあるけど、生殖能力はないから、人間のように交尾をすることもないし。恐らく、愛っていうのは、交尾をする前の過程で生まれるものだと思う。クジャクの雄が、雌に綺麗な羽を見せたり、鳴き声を聞かせるようなものかな」

 コオロギは自分の知っている知識を、アゲハに言ってみた。

 アゲハもさっぱり意味がわからないのか、

「そういうものなの?」

「いや、わかんないや。僕は経験がないし。それに、高度な知能を持った生物の場合、動物のようにはいかないだろうしね」

 コオロギが下をむくと、黄色の花が咲いていることに気づいた。花は大きく、よく目立つ。

「例えば、そうだな。僕がこの花を、アゲハにプレゼントするっていうのも、愛なのかもしれない」

「ふぅん……。コオロギってさ。私のこと好きなの?」

 アゲハは意味もなく、コオロギにそんなことを聞いてみた。

「例えばだよ」

 コオロギの声が少し震え、アゲハから視線を外した。

「あっ、今、目をそらしたじゃん」

「目にゴミが入っただけさ」

 誤魔化しているが、明らかに照れている。

 アゲハはコオロギのそんな純朴な所が、何となく好きだった。

「ふふっ、そっか。じゃ、女の子がさ。男の子のために、料理をしてあげるってのも、愛情表現ってわけなんだ」

「そうだね……料理?」

 料理という単語の意味がわからないのか、コオロギはオウム返しに聞いてくる。

「例えばの話」

 アゲハはどことなく気分が良くなり、ポンッと木の根っこから地面に飛んだ。

「ありがと。ちょっとスッキリした」

「そう。それはよかった」

「うん。じゃ、またね」

 手を振ると、後ろをむくアゲハ。

「――アゲハ」

 カンタロウの家に戻ろうとするアゲハを、コオロギが呼び止めた。

「うん?」

「僕達に――愛というものはないよ。神ですら、僕等を愛してくれないのだから」

 高揚のない声で、コオロギはしゃべった。

 アゲハの方にはむいていない。

 地面にむかって、まるで独り言のようにつぶやいていた。

「……そう、だね」

 アゲハも沈んだ声で、それに応えた。

 二人の間を、乾いた風が通りすぎていく。

「また、会おうね。アゲハ」

「うん。お前も元気にしてろよ」

 アゲハは精一杯明るい声を上げると、その場から走り去る。

「君も……元気でね」

 コオロギは目を伏せたまま、黄色の花を見つめていた。
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