カッコウ

文字数 3,994文字

 ツネミツは刀を抜くと、アゲハとの距離をとり、

「こんなに簡単に、城に侵入されるとはな」

「やり方が雑だし、攻撃方法が原始的なんだよ。それにたぶん、あなたに仲間はいないでしょ? 神獣は言葉をしゃべれないから、チーム戦とか無理だし。だからトップの知能に戦況は左右される」

 アゲハは畳で、靴の土を払った。獣の目はツネミツを捕らえている。隙を敵に見せない。

「それにしても、考えたよね? エコーズは結界の中に入れない。ならば、初めから入ってしまえばいい。だからレベル1結界すら、張っていなかったんだ」

 アゲハの言葉に、ツネミツの眉間に、シワが入り、

「……よくわかったな」

 地鳴りのような声で、アゲハを睨む。

「まあね。前に同じことしたエコーズがいたからね」

 アゲハには覚えがあった。

 結界都市アダマスで戦ったエコーズ。影無と同じやり方だ。

 影無は吸収式神脈装置が都市に設置される前に、内部に入り込み、都市建設労働者として働いていた。

 今回は最初から吸収式神脈装置を起動させず、敵が町に入ったときに発動させる。そして逃がさないように閉じ込め、あとは大量に生産された神獣に始末させる。

 敵に本体の居場所を知られる可能性は高いが、その前に大量の神獣を送り、力尽かせる戦法だ。

「俺はツネミツ。貴様、何者だ? 妙な気配がする」

 ツネミツは目の前のハンターを、初めて敵と認めた。

 獣人の少女だと、多少甘く見ていたが、相手は相当な使い手。知能も高く、ただがむしゃらに、敵の城に乗り込んできたわけではない。

「私はアゲハ。それ以上は教えない。な・い・しょ」

 アゲハは人差し指を口に当て、

「それより、君のことが知りたいな。君。エコーズなの? そのわりには、両目が黒いよね?」

 ゴーストエコーズであれば、ほぼ間違いなく、両目が赤い。

 しかし、ツネミツの両目は黒。エコーズの特徴を持っていない。

「俺は神獣だ」

 ツネミツは自分の正体を、あっさりアゲハに教えた。誤魔化した所で、意味はないと判断したのだろう。

「へぇ。人の言語をしゃべる神獣なんて、初めて見た。しかも人間そのもの」

 アゲハは感心する。

 ツネミツの姿は、剣帝国に攻め入られた十六年前と、まったく変わっていない。年を取らず、若者の姿のままだ。

「まっ、カラクリはわかるけど。たぶん、部屋の奥に特種エコーズがいるんでしょ? 君はそいつの操り人形。人の形も、その言葉も、そいつが糸を引いている」

 アゲハが謎を当てにかかる。

 桜の絵が描かれた襖の奥から、別の気配がしてくる。

 アゲハはそれが、今回神獣を操っている者の正体だと気づいていた。

 ――まあ、そんな所だろうけど。なんだろう? この違和感。

 ツネミツを見ていると、なぜかアゲハの胸がチリチリとしてくる。

 懐かしい思い、憎らしい思い、いろいろな感情が突起される。

 その理由が、今のアゲハではまったくわからない。

「もしそうだとしたら。お前はどうする?」

 ツネミツが刀を構え、ジリジリと近づいてくる。

「当然。捕まえてあることを聞く」

「聞く? 何をだ」

「あなたを生んだ者は、誰だってね」

「なんだ――あの女のことが知りたいのか?」

 アゲハの目が見開いた。初めてゴーストエコーズについての情報が、手に入ったからだ。

 ――あの女?

 ゴーストエコーズを生みだしている者は、女。

 アゲハの血流が細くなっていき、興奮からか体が熱くなる。

 もっと情報を聞きだしたい。だが、これ以上、敵もこの場で話すことはしないだろう。

 捕らえて吐かした方が、手っ取り早い。

「知ってどうする?」

「そいつを、殺す」

 アゲハは剣を抜いた。あまりに興奮しすぎたのか、不気味な笑みがこぼれる。

「それならば、言うわけにはいかない。――ここで死んでいけっ!」

 城の畳から、ドロリと白い液体が、ツネミツの体にまとわりつく。鎧が変形し、肩当、胸当、股当など、厚みがさらに増していた。刀も分厚くなり、一切りで大木を切り落とせそうな刃が、鈍い光を放つ。

 ――神獣が、武器や防具に。

 アゲハは一歩、後ろに体を引かせる。

「はっ!」

 ツネミツが正面から、刀を打ちつけた。

 ――速っ!

 アゲハは素早く後ろへとかわす。

 畳に入った刀から、爆風が発生し、城が大きく揺れた。

 アゲハの足が、一瞬ふらつく。

 ツネミツはそこを狙って、アゲハの中心線にそって、一刀両断した。

「くっ!」

 アゲハはかわすことができないと判断し、剣を掲げて、刀を受ける。

 すさまじい重量が、ズシリと両腕に大きな負荷をかけた。

 アゲハの両足から、ピシリと音が唸る。

 ――赤眼化しないと、剣を受け止められない! なんて力!

 アゲハは赤眼化することによって、何とか強力な剣を受け止めることができた。

 しかし、小さな身体では、いつまでも耐えられない。

 刀を受け流すと、自らを弾き飛ばし、真横に逃げた。

 そして、ゆっくりと、アゲハは立ち上がり、

「……あ~あ。体力は温存しときたかったんだけどな」

 右頬にあらわれた神文字、テファが真っ赤に染まる。口元を緩め、挑発するように笑みを浮かべた。

 ツネミツはその姿に悪寒がし、感情を高ぶらせ、

「舐めるな。獣人の小娘がっ!」

 ツネミツはアゲハめがけて、切先で突きにかかる。

 アゲハは動かず、ツネミツの正面に立った。

 屈強な刀は見事に、アゲハの胸を貫いた。

 ――何っ?

 ツネミツの目が見開く。

 手応えがない。

 刀の先にアゲハはおらず、ツネミツの太股に激痛が走り、

「ぐわっ!」

 アゲハは後方に立っていた。

 ツネミツの太股が、切り裂かれている。

「くっ! このっ!」

 振りむくと同時に、ツネミツは横一線にアゲハを切りつけた。

 だが、今度も手応えがない。

「ぐはっ!」

 ツネミツの肩が裂かれた。

 アゲハは空中に跳び、畳の上に着地し、

「神獣の力に頼りすぎ。まるで破壊力のある武器を持った、子供のよう。――使いきれてないよ」

 第二系統神魔法。荊棘魔法、幻神の力。

 相手の刀が、自分を切るぎりぎりの手前で発動させ、敵を惑わす。

 ツネミツが切ったのは、アゲハの幻像だった。

「おのれっ!」

 ツネミツの体が、再生し始める。切られた部分が、じょじょに元に戻っていく。

「さすが神獣。切ってもやっぱり再生するんだ。だけどね!」

 アゲハが剣を持ち、ツネミツにむかっていった。

「くそっ!」

 ツネミツは足の負傷で、ぐらつく体を動かし、刀を逆袈裟に切り上げた。

 アゲハはそれを大きく跳んでかわす。

 そして、ツネミツを攻撃するどころか、後ろにまで飛び越えた。

 ――はっ! まさかっ!

 後ろを取られたツネミツは、アゲハの狙いに勘づいた。

「隙だらけだよ。じゃね」

 アゲハは手を振ると、さっさと奥へと走り去る。

 ――しまった! ツツジ!

 ツネミツが体を持ち上げようとすると、ガクンと力が抜けた。まだ完全に、回復していない。

 ツネミツは歯を力任せに、噛みしめた。

「本体さえ倒せばこっちのもの!」

 アゲハが奥の襖を魔法で破壊すると、ツツジ姫が後ろむきに座っていた。まな板に乗せた魚のように、大人しい。

 ――見つけた! ゴーストエコーズ!

 アゲハは息をする間もなく、ツツジの肩に狙いをさだめ、剣を突きにかかる。

「えっ?」

 ツツジの肩まであと数センチの所で、剣がピタリと止まった。

 何者かが、ツツジの前に素早くあらわれ、剣を指先で止めている。

 それはボサボサの茶髪。指輪。耳にピアスをしている。

 アゲハを見ると、舌なめずりをした。



「クハッ。ズルは駄目だぜ。お嬢ちゃん」



 カッコウが、茶色い歯を剥きだした。赤い両目が、切り裂かれた動物の生血のように、生々しい。

 ――両目が赤い? エコーズ?

 アゲハは寸刻、カッコウに意識を取られたが、すぐに剣を引き抜いた。

「お前、誰だ!」

「そんなことより、後ろ見てみろよ」

「はっ?」

 ツネミツがアゲハの後ろから、刀を振り上げていた。

 アゲハはそれに気づき、慌てて横にかわして、逃げる。

 振り下ろされた刀は、畳を何枚か跳ね上げた。

「くそっ!」

 ツネミツは相当頭に血が上っているのか、感情を抑えられない。

 アゲハの次は、カッコウをにらみ、

「貴様、ツツジから離れろ!」

 ツネミツは、ツツジ姫のそばにいる、カッコウを刀でなぎ払う。

「おっと」

 カッコウは猿のように、飛び跳ねると、素早く逃げだした。

 ツネミツは額に血管を浮かばせ、

「なんだ? 貴様は!」

「クハハッ。おいおい。俺はそこの女を助けてやったんだぜ? 感謝しろよ」

 カッコウは華頭窓まで逃げると、癖のある笑いをする。

 ――何? この二人。仲間じゃないの?

 アゲハは疑問点をもった。

 ツネミツがカッコウを本気で攻撃したじてんで、この二人が仲間同士でないと予想できる。

 ツネミツはカッコウもアゲハと同じく、敵と見なしているのだ。

 アゲハは二人の様子を、見交わす。

「とにかく、俺はそこの金髪を助けねぇよ。好みのタイプだけどな」

 カッコウはアゲハにむかって、ベロベロと赤い舌を動かした。

 ――うわっ、すごい寒気。

 カッコウのあまりの気持ち悪さに、アゲハの体の芯が凍った。

「……ならばそこで見ていろ!」

 ツネミツはカッコウを無視し、アゲハに視線をさだめると、口を開いた。そこから、何かの叫びが聞こえてくる。

 ――唄? そこまで、操れるの?

 アゲハはすぐに気づいた。

 ハウリング・コールだ。神獣が、畳や天井、壁からはえてくる。それは巨大な土筆のようだった。

「忘れたのか? お前は今、魔界にいるのだ」

 ツネミツが叫ぶ。

 白い神獣が、アゲハを囲んだ。あとはツネミツの合図で、敵を切り刻むだけだ。

 ――数できたわけね。やばいかも。

 アゲハの額から、汗が流れる。

「仲間は来ない。お前が見捨てたのだからな。――たっぷり後悔させてやるぞ。小娘!」

 ツネミツは青筋を立て、牙のある歯を剥きだした。
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