王達の対談

文字数 4,699文字




 現在。

 魔帝国首都、北の都。

 コスタリア大陸西にある国で、首都は国の北に建設されている。

 魔帝国王が住む北の都は、白い町並みが広がり、人種はエルフが多い。魔道具なども多く作られており、工場もいくつかある。

 女王の住む城は、妖精の城と高い評価を得られているだけあり、白一色で塗り固められ、美しい庭園もある。

 鍾乳石で装飾された泉、花や並木も徹底して手入れされている。

 木には白、ピンク、紅色の花が咲き乱れていた。

 城の小さな部屋に、女王が入ってきた。

 防音、耐魔法設計で、鍵を閉めれば、鉄の扉を開けられる者はいない。

 花瓶や絵を飾っているが、どこか暗く、淀んだ部屋だ。

 女王エメルダは、まだ二十五と若い王だった。

 エメラルドのようなグリーンの瞳、清水のようなブルーの髪、服装には宝石や装飾が散りばめられている。

 髪はとても長く、太股まで伸びていた。耳の先はエルフの特徴がでており、長く尖った形をしている。

 女王の手には、灰色の子猫が抱かれており、その猫の右目は紅く、左目は碧かった。

 猫は一言も鳴かず、大人しくしている。その美しさはまるで、女王の生き写しのようだった。

 部屋の中には女王の側近である、女のエルフが立っていた。

 女王が入ってくるなり、丁重に頭を下げる。

「エメルダ様。準備が整いました」

「うむ。では、下がれ」

「はい」

 女は大人しく、部屋からでて行った。

 エメルダは豪勢な椅子に腰を下ろし、猫を膝に置く。そして、『月の鏡』と呼ばれる魔道具を発動させた。

 神脈を伝って、遠方の相手と会話ができる高価な物だ。白い壁に映像が映しだされる。

「私が見えているか? 賢帝国の王ハクエンコウ、剣帝国の王ベルドランよ」

 二人の男が、画面に映っている。

「キャハハハハハッ! 久しぶりですねぇ。魔帝国の女王よ。載冠式以来ですか?」

 賢帝国のドワーフの王、ハクエンコウが甲高く笑った。

 五十八になってもその笑い癖はやめられず、賢帝国の奇物として扱われている。両目は望遠カメラで、カタツムリのように長くしたり、短くしたりすることが可能。髪は白くボサボサ。肌は土のような茶色。服装は白衣。王の出で立ちとは、まるで真逆だ。

「まったくだ。何か用か? エルフの女王よ」

 剣帝国の王、ベルドランが高揚のない声でしゃべった。

 両目には黒いクマができ、顔はやつれている。黒い瞳には生気がない。剣帝国王らしく、職人自慢の鎧を着ているが、当人は様になっていない。ストレス過多による、疲労が重なっているようだ。黒い髪と髭に、白毛が目立つようになっている。王の年齢は四十六歳だった。

「おやおや? 暗い声ですねぇ。お金がないと、何かと苦労しますか?」

「ふん、前の王がよく散財してくれたのでな。都市内にあるあの銅像も、ぶち壊して売り飛ばしたいぐらいだ。悪いが、こちらには余裕はないぞ」

 枯れた声で、ベルドランはエメルダを見据える。

 現在剣帝国は、貴族や市民の減税、サービス豊富な社会保障、必要のない兵器の過剰在庫、低所得層の内乱、他国の侵略等、さまざまな問題を抱えている。前王が行った過剰な政策を、とりやめたくても、市民や貴族の大反対により、やめることもできない。国が疲弊していくように、王の体も蝕まれていた。

「安心せい。借金のお願いではない」

「頼まれても、こちらはだせんがな。そっちの景気の良いドワーフの王に頼むがいい」

「フフッ。さて、二人の王よ。今回、お前達を呼んだのは他でもない。――釣瓶の国を知っているか?」

 ベルドランの表情が、明らかに変わった。もううんざりといった表情だ。

「またその話か。何度も言うが、あそこは我が領土。譲るわけにはいかん」

 何度も話し合ったが、解決していない問題だ。

「キャハッ、いやいやいや。残念ですが、あそこは賢帝国の領土です。あなた達が勝手に自分の領土だと、宣言したのでしょう?」

 ハクエンコウが反論してきた。賢帝国も、釣瓶の国は我が領土であると、公に宣言しているのだ。

 ベルドランは、深いため息をついた。

「うむ。まあこちらも、領土宣言はしている。それは何年も前から問題となっていること。そこでだ。そろそろ、決着をつけないか?」

 エメルダは肘を机に置き、手に顎を乗せる。

「決着だと? あの国は同盟国だった。だが、我が国に攻め入るという情報を得、先手を打ち、すでに国は滅ぼした。あるのは領土だけだ。よって我が国の物であることは間違いない」

「キャハハハハハッ。ちょっと待ってください、剣帝国の王よ。あの国は私の国とも同盟を結んでいました。それを勝手に自分の領土だと、言ってもらっては困りますねぇ」

 ハクエンコウが反論の体勢なのか、深く椅子に座り、手を組んだ。

「それは私の国とて同じだ」

 エメルダは猫の背をなでる。猫は何も言わず、静かに眠っていた。

「水かけ論だな。何度も言うが、最後に同盟を結んだのは我が国だ。国家間の契約書もある」

「おかしいですねぇ? 私は同盟を破棄した覚えはないのですが?」

「またそれか。お前達は領土ほしさに、契約書を偽造したのだろう?」

 ベルドランのいらいらした声が、月の鏡から響いてくる。

「まあ落ち着け。剣帝国の王よ」

 エメルダはグリーンの瞳を、ベルドランにむける。口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。それに、ベルドランは少しひるんだ。

「実は、釣瓶の国からの亡命者が見つかったのだ」

 エメルダの言葉に、

「なんだと?」

「なんと?」

 ベルドランとハクエンコウは二人同時に驚きの声を上げた。

「私の国で盗みを働きおってな。牢屋に捕らえていたのだが、先日、釣瓶の国から来たと吐いたのだ。調査した所、精細まで国のことを知っておった。コイツがその男だ」

 エメルダは写真を、月の鏡に映した。そこには初老の男が、牢屋に閉じ込められていた。

「……それで?」

 ベルドランは動揺を抑えるためか、足が小刻みに動いている。

「男が証言したのだ。釣瓶の国を滅ぼした剣帝国王は、同盟契約を破り、不当に国を襲ってきたと」

「何か証拠はあるのかね? その男は犯罪者だろ? まともな人間ではない」

「それを今から調査しようと思うのだ。もし、この男の言うことが本当なら。それは同盟国である私の国の問題でもある」

 エメルダは強気の姿勢を崩さない。真実なのか、態度に変化はない。

「キャハッ、当然、私の国の問題でもありますねぇ」

「…………」

 ベルドランは黙ってしまった。それは痛い所を突かれたと、公言しているようなものだった。

「苦しい顔だな。ベルドランよ」

「あたりまえだ。指揮をとったのは私ではない。私はあの国を、黒陽騎士団団長として命令のまま滅ぼしただけだ。すべてを知っているのは、前の王なのだ。その王も死んだ」

「わかっておる。そこでだ。我等三人で、ゲームをしないか?」

「ゲームだと?」

「そう――今釣瓶の国に、ゴーストエコーズが巣を作っているらしい。そこで我等でハンターを雇うのだ。ハンターを競わせ、ゴーストエコーズを倒してもらう。ゴーストエコーズを倒したハンターを、雇っていた者の勝利だ。勝った者が、領土を手にする」

 エメルダの提案に、ベルドランは血相を変えた。

「なんだと? 領土問題を、そんなことに使うつもりか?」

 怒りからか、両拳を机に叩きつける。

「キャハハハハハッ、いい考えですねぇ。私達帝国連盟は、平和条約を結んでいます。軍を他国に派遣すれば、条約違反になってしまう。ハンターを使うってのは最高ですよぉ」

「さらに、平和条約を破るとなると、あのエコーズどもが何をするかわからん。こんな小さな領土で、大きな揉め事に発展させるのは賢くはなかろう?」

 二人の王から詰問され、ベルドランは焦りからか、額から汗を流した。帝国連盟からは資金の援助も受けているため、強気にはでられない。もし、エメルダが捕らえた証人が、よけいなことをしゃべり、証拠がでてきたのならば、圧倒的な不利。

「……しっ、しかし」

 ベルドランは必死で頭を回転させ、打開策を考える。

「決断のときだ。剣帝国の王よ。私は気が短い」

「これは受けるしかないのでは? 剣帝国の王よ。キャハッ」

 何も策が浮かばない。頭が真っ白になる。そして、王になったことを、ベルドランはまた後悔し、

「……くっ、わかった」

 頭をうなだれ、エメルダの提案に乗る。

 エメルダのピンクの唇が、微かに笑った。

「では決定だ。調査は永久保留としよう」

「よかったじゃないですか。剣帝国の王よ。さあ、面白くなってきましたよぉ」

 自信のある二人の王が、形骸化された慰みの言葉を、ベルドランに述べた。

 ――くっ、小娘め。いったい何を考えている。

 ベルドランは、二人を睨んだ。その目は、怒りで輝いている。

「条件がある。まず、契約書を書いてもらうぞ。その後で、ハンターを集め、勝った方が、あの領土を手にする」

 女王の提案に、

「いいだろう」

「いいですよ」

 二人の王が了承した。

「では。それだけだな?」

 ベルドランは逃げたそうだ。

「ああそうだ」

「領土問題の解決。喜ばしいことです。キャハッ、では王様のみなさん。またごきげんよう」

 映像が消えた。

 エメルダはゆっくりと椅子に、腰を下ろす。猫は喧騒の中、スヤスヤとまだ眠っていた。

 ――ふふっ。剣帝国の王、ベルドラン。しょせんは成り上がりの王。釣瓶の国からの亡命者などおらぬ。

 ベルを慣らすと、側近の女を呼ぶ。

 エルフの女が、部屋の中に入ってきた。

「終わりましたか? その様子だと、うまくいったようですね。エメルダ様」

「そうだな。鎌をかけるつもりだったが、こうもうまく事が運ぶとは。あの国も、相当弱っていると見える。まあ、本当に恐ろしいのは、あのドワーフの国だがな」

 吸収式神脈装置の売り上げにより、賢帝国の財政は常に健全。あのふざけた笑いをする王も、見かけによらず敏腕の腕を持っている。よって、素早い行動が必要だった。

「あの男はどうしますか?」

 あの男とは、釣瓶の国からの亡命者と、仕立て上げられた初老の男のことだ。

「もう用はない。殺して魔獣どもに食わせよ。どうせ処刑間近の犯罪者だ」

「はっ」

「ハンターは来たか?」

「はい。王の間に案内致しましょうか?」

「うむ」

 エメルダはゆっくりと、部屋からでていった。王の間で玉座に座り、猫をなでていると、ドアがノックされた。

 男の兵士に連れられ、金髪のエルフが入ってくる。

「これはこれは、女王陛下。こんなゲスなエルフに何か用ですかな?」

 そのエルフは男で、口調に品がなかった。女王を敬おうという態度も見せない。それでも、エメルダは気にもとめていなかった。

「そう自分を卑下するな。第二級ハンター、ムーよ。お前に頼みがある」

「なんなりと」

 ムーは軽く、会釈した。

「ある仕事を受けてもらいたい。お前達のチームの実績は知っている。曲者ぞろいらしいな?」

「おや? 私達のチームでよろしいので? ハンターギルドに仕事の依頼をすれば、もっと良いチームがいると思いますが?」

「私個人ではない。魔帝国からの依頼なのだ。ハンターは選ばせてもらう。多額の報奨金は用意するが、それでは不満か? 今なら競争相手は少ない」

 多額の報奨金という単語に、ムーは鋭く反応する。

「いえいえ。もちろん。女王陛下の頼みとあらば」

「よろしい。では依頼の内容を、そこの兵士から聞くがいい。良い結果を待っているぞ」

「はっ。では失礼致します」

 急に態度を丸くしたムーは、兵士について行った。

「フフッ、さあ、ゲームの始まりだ」

 エメルダは太股で眠る子猫をなでながら、賭の勝利をほくそ笑んだ。
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