月の球

文字数 1,503文字

 二人はその後も、一緒に旅を続けた。

 街道を外れ、森の道を歩いていく。深い森ではないため、太陽の光が入ってきていたが、それが薄くなり始めた。もうすぐ夜になる兆候だ。

 カンタロウはすぐに、今日寝る場所を探し始めた。木が生い茂っていない、平地を選び、そこから周りを見回した。

「ここにするか」

「もう夜になるしね」

 アゲハは賛成という意味なのか、岩の上にすぐに座る。

 カンタロウは枯れ木を使い、火を起こし、生木を入れて火を燃やす。次にパンに、山菜、ウサギを取りだし、料理する。出来上がった食事を、アゲハと雑談しながら食べた。

「すまない。だいぶ調子がよくなった」

 ホームシックが完治していないため、まだ少し調子は悪そうだが、母の幻覚は見えなくなったようだ。

「どういたしまして」

「だけど、どうして赤の他人である、俺を助ける?」

「うん? 別にいいじゃん。ただ、ほっとけなかっただけ」

 アゲハは眠そうにあくびする。本心で、何か利益を求めているわけではなさそうだ。それにしては、見知らぬ男に懐きすぎる。

「……そうか」

 答えが不満なのか、カンタロウは視線を落とした。

 夜行性の鳥が鳴いている。

「さて、寝るか」

「一応聞くけど、ちゃんと月の玉、持ってるよね?」

 月の玉とは、魔帝国製の魔道具だ。神脈を少量吸収し、小結界をつくりだす。人間数人程度ならば、結界の中に入れる。

 玉の形は丸く、真珠のように大人の指ぐらいの大きさで、色は金色。ハンターはこれを、ネックレスにして身につけている。結界の防御能力はレベル3ぐらい。使用すれば、神脈によって削られていくので、一年ぐらいで交換が必要。使用頻度が高ければ、色は金から黒くなっていく。値段は普通の庶民が手軽に買えないぐらい、高価だ。

 そのためか、まがい物が多く作られているという問題がある。

「安心しろ。このとおり持っている」

 若い男と一緒に寝たくないのだろうと、カンタロウは察して、ネックレスにしている月の玉をアゲハに見せた。色は金が見えないほど、黒く変色している。

「だいぶ、すり減ってるね?」

「そうだな。また買わなきゃならないな。まったく、魔帝国はぼろ儲けだ」

「こういう細かい魔道具、得意だもんね、あの国は」

「じゃ、俺はあっちで寝る」

「わかった」

 カンタロウは立ち上がると、少し離れた所で、月の玉を地面に埋めた。月の光のように、玉が輝いたときに、魔法の詠唱を唱える。すると、半径五メートルほどに、小結界が張られた。

「ふう……」

 軟らかい木の根を枕にし、カンタロウが横になる。

「よいしょっと」

 すると、アゲハがいつの間にか、カンタロウの小結界の中に入ってきて、胸に自分の頭をおいた。

 月のような金髪と、闇でも輝く碧眼が、カンタロウのそばで美しく光る。アゲハの体温が、すぐ近くで感じる。髪からほのかに、草木の香りがした。

「ふふん。じゃ、お休み」

 アゲハは少し笑うと、碧い瞳を閉じた。自分のマントを、かけ布団がわりにしている。

「……って、ちょっと待て。どうして俺の体を枕にする?」

 ようやくカンタロウが我に返った。あまりの自然さに、呆然としてしまったのだ。

「いいじゃん。今日膝枕してあげたでしょ? そのおかえし」

 アゲハは目を閉じたまま言い、カンタロウから離れようとしない。

「お前に言っておくが――俺は母しか気を許していない」

「くぅーくぅー」

「……寝たのか?」

 アゲハからの返事はない。

 小さな寝息だけが、夜の音として、カンタロウの耳に入っていく。

 カンタロウは緊張感からか、その日は眠ることができなかった。

 そして、アゲハがカンタロウを枕にする日は、次の夜も続き、寝苦しい夜中が始まった。
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