一尾とアゲハ

文字数 3,834文字

 ――鉄人に仲間がいたなんて。私のせいだ。

 アゲハは自分を責めた。

 鉄人は単独行動をしていたのではない。

 誰かから、女神のことを聞き、ここにやってきていたのだ。

 それが同じ種族であることはわかっていたのに、鉄人さえ倒せば、すべてが解決すると思い込んでいた。

 結果として、このような事態を招いた。

 油断し、結界が壊れていることも忘れ、のこのことまた戦地へと出向いてしまったのである。

 でてきた敵は、最悪な相手だった。

 アゲハは全身から汗を流し、

 ――一尾は鉄人と同じく、コウダ様の傘下に入らなかったエコーズ。エコーズの敵。味方じゃない。


 十神人の一人、一尾。


 狡猾なエコーズで、戦争時は卑劣な手段で人間を追いつめていた。

「超獣のエコーズ」と呼ばれるほど、神獣の扱いがうまく、その戦闘能力は他の神獣を凌駕する。

 性格は残忍で、仲間のエコーズから嫌悪されていた存在だった。


 一尾は戦争が終わると、コウダに仕えず、姿を消したまま行方不明になっていた。


 風の噂で、組織を作り、エコーズによるテロ活動を支援していると聞いたことがある。

 それで暗殺リストに乗っており、盲目の蛇達がその行方を探していた。

「おっ? よく見たら、そこの女。獣人じゃないか」

 一尾はアゲハを見て、赤い舌で唇をベロリと舐めた。

 アゲハに嫌悪感が走る。何かを思いついたようだが、確実に良いことではない。


「そうだ。そこの女二人。俺にくれるってぇのなら、お前だけは助けてやってもいいぜ? 金髪の獣人は珍しい。高く売れそうだ」


 アゲハとシオンを指さし、一尾はカンタロウと交渉し始めた。

「断る」

 カンタロウは即言った。

「ああん? どうしてだ? 自分の命が助かるんだぜ? この状況で、人の命なんて心配している場合か? 自分に正直になれよ、少年。怖いんだろ? 辛いんだろ? 逃げだしたいんだろ? 逃げればいいじゃないか。ただ、女を置いていくだけだ。簡単な話だ。お前のせいじゃないさ。すべて俺が悪い。俺が強すぎるせいだ。さあ、行くといいさ。俺は約束は守るぜ?」



「黙れ。外道と話すことはない」



 怒りからか、カンタロウは鋭い目つきで、一尾を睨んだ。


「あらら。嫌われちまったか。せっかくチャンスをやったってぇのに。ほんと――お前のようなガキは嫌いだよ」


 一尾が腕を上げた。神獣に、攻撃のサインをだすつもりなのだ。


 ――しかけてくる! どうする! どうしたらいい! カンタロウ君を置いて逃げられない!


 アゲハは激しく狼狽し、急速に思考を巡らせた。

 目に涙が溜まってくる。

 脈拍の速さを、押さえられない。

「アゲハ、早く行ってくれ。お前は飛べるはずだ。俺が突破口を開く」

 カンタロウが逃げろと、せき立てる。

「できない……できない!」

 アゲハは何度も首を横に振る。


「迷うな! アゲハ! シオンを助けられるのは、アゲハしかいないんだ! 誰がその子を助けるんだ!!」


 決断させるため、カンタロウは大声で怒鳴った。

 アゲハは目に涙をため、

「でも……それじゃ、カンタロウ君は……」

「俺は大丈夫だ。絶対に生き残る。だから、だから……母さんと、スズ姉に、言っておいてくれ」

 カンタロウの後半の言葉が、うまく聞き取れない。あまりにも小さく、そしてとても弱々しい。

 ――何を? 何を言うの? ……嫌だ。嫌だ。絶対に嫌だ! シオンを助けたいけど、カンタロウ君を失うのも、私は耐えられない!

 アゲハは心の中で、覚悟を決めた。


 カンタロウと一緒に、戦うことを。


 うまくいけば、シオンを助けられるかもしれない。


 ――私がエコーズだと、カンタロウ君に知れてもいい。この状況を、絶対に打破する!


 アゲハはハウリング・コールで、神獣を呼びだすため、大きく口を開けた。



「――アゲハ?」



 一尾の、攻撃のサインを出そうとする動きが止まった。

 アゲハは『それを』見逃さなかった。

 開きかけた口が、即座に停止する。

 ――一尾の動きが……まさか!

 その一点に、アゲハは曙光を見出した。




「お~ほっほっほっほぉ!」




 突然、アゲハが大笑いし始めた。

 カンタロウは何事かと、目を見張り、

「あっアゲハ?」

「カンタロウ君。シオンをお願い」

 アゲハはシオンをカンタロウに預け、一尾の前に立った。

 自信にあふれ、敵を見下ろしている。


 一尾はつい、一歩後ろに下がってしまった。



「そう。私の名前はアゲハ。お前は知ってるわよねぇ。この国章血印をっ!!」



 アゲハは赤眼化して、右手の甲にある、国章血印を見せつける。


 ――いや、アゲハ。なぜお嬢様口調?


 カンタロウはシオンを引き寄せた。

 一尾の細い目が、アゲハの国章血印にむかって、大きく見開かれ、


 ――あれは、『盲目の蛇』! と、いうことは、『コウダの息がかかった者』。まさか、コイツ……。


 一尾の顔が、引きつった。


「お前には、さらに力を見せてあげる。特別サービスよ!」


 アゲハは目の前で、両手を上下に閉じると、前の方だけ小さく開けた。

 白い神獣の鳥が出来上がっていた。

 素早く手を閉じ、神獣を潰す。

 アゲハの後ろにいるカンタロウは、神獣を召還した所を、見ることができなかった。


 ――『神獣召還』! 間違いねぇ。コイツ、あの有名な『神脈を持つエコーズ』だ!


 一尾の推測が、確信へと変わった。

 神獣を召還できる者は、エコーズのみ。

 アゲハは間違いなく、自分と同じ種族なのだ。

「わかったかしら? 私に手をだすと、どうなるか? よく考えることね。ふふん」

「…………」

 強気にでるアゲハに対して、一尾は何も答えられなくなった。

 にやけた笑いも、口を閉じてしまっている。

 カンタロウ達を囲んだ神獣が、雨に溶けだした。


 ――一尾は鉄人と違って、私のことを知ってる。脅しが効いてる!


 アゲハはエコーズにとって、特別な存在。

 特にエコーズの王、コウダの側近だ。

 手をだせばどうなるか、無知でなければすぐに想像がつく。


 ――すごいな。あのエコーズが、戦意喪失している。そんなに盲目の蛇っていうのは、効果があるのか?


 何も知らないカンタロウは、アゲハの勇士に感心していた。


 ――くっ、まさか、あのコウダのお気に入りとはな。手をだすと、精鋭部隊やアイツら十神人に狙われる可能性があるってわけか。まずいな……。鉄人のダンナが死んだのなら、戦力的にもますますまずい……。


 一尾はアゲハの存在を知っていた。その姿までは見たことがなかった。

 名前を聞いたことがあるだけだ。

 まさかこんな所で、エコーズで神脈を持つ者に出会うとは、予想外だった。

 一尾は、カンタロウに目をむけ、


 ――そうか。あの少年は、ただ利用されているだけか。エコーズと人間が協力することなんて有り得ねぇ。利用するか、利用されるかだ。


 一尾はエコーズの常識からして、カンタロウはただの操り人形だと判断した。

 奴隷なら、カンタロウは自分の快楽のために、殺す価値はない。

 それに、目の前の少女に手を出すと、自分の命が危ない。


 一尾は、まさか、エコーズが人間に愛情を抱いているなど、想像すらしていなかった。


 ――どうする? 鉄人のダンナがいなくなったじてんで、あの女神は不要。今後の俺のために、何かに使えるかと思ったが、あんな状態だと駄目だ。かといって、ここまでやって、今更撤退ってのも、情けねぇ。もうコイツ等相手にしたって仕方ねぇし、時間の無駄だが……。


 一尾は考え込んでしまった。

 ここまで大見得を切って、今更逃げられない。

 だからといって、ここで体力を使うのも無駄。

 もはやあの状態の女神は役に立たない。


 アゲハはなかなか腰を上げない一尾に、苛立ち始めた。

 脅しは、効いていることがわかる。

 それなのに、まだ撤退しようとしない。


 ――どうしたんだろう? 私のことを知って、何で逃げないの? ……そうか。逃げるきっかけがないんだ。男のプライドってやつか。さて、どうしようか……。


 心を落ち着かせようと、アゲハは静かに深呼吸した。

 ここで実は、自分たちが追いつめられているということを知られれば、何をされるかわからない。

 ずる賢い一尾に、弱みを見せるわけにはいかなかった。



「シオン!」



 アゲハの後ろで、カンタロウが叫んだ。

「えっ?」

「うん?」

 アゲハと一尾が、異変に気づく。

「えっ? シオン?」

 アゲハがシオンの状態に気づいた。

 シオンがカンタロウの腕の中で、意識を失いかけている。呼吸が荒い。

 冷たい雨とは違う、熱い汗が、全身から流れている。

 カンタロウはシオンを抱きかかえ、

「シオンが倒れた! シオン! しっかりしろ!」

「どうしたの? シオン!」

 アゲハは一尾に背をむけ、シオンにかけ寄った。

 一尾は何が起こったのか、静かに静観している。



「はあ……はあ……お兄たん……お姉たん」



 苦しそうに、シオンの声がかすむ。胸が激しく上下し、吐息が熱い。

 顔は青白く、赤い瞳が薄らいでいる。


「シオン!」


 アゲハは動揺して、シオンの胸をさすった。

 一尾は、あることに気づき、



「――ああ。そういうことか」



 鼻であしらうように、ニタニタ笑う。

「何か知ってるの!」

 アゲハが睨みつける。

「知ってるも何も。見りゃわかるだろ?」

 一尾は頭を動かし、コキコキ骨を鳴らした。

「どういうことだ!」

 カンタロウの頭に血が上り、声を荒くして、一尾にむかって叫んだ。



「何だ? まだわからねぇのか? ――そいつの寿命だよ」



 一尾は指を曲げ、シオンを指した。
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