誰と寝る?

文字数 5,681文字

 家に入ると、囲炉裏に、ヒナゲシとスズが座っていた。

 診察を終え、ヒナゲシは服を着替えていたようだ。

 ユアンが来るときは、きちんとした服装に着替えるのが、習慣となっている。

「あら? お帰りなさい、カンタロウさん」

 ヒナゲシは、家で着ている服に着替え、綺麗な服は丁寧にたたまれていた。

「また連れてきましたね。女を」

 スズは新たな女であるツバメを、細い目で見つめた。

「申し訳ありません。この方は私の仲間で……」

 マリアがツバメを紹介しようとすると、ツバメが愕然として立ち尽くしている。

 赤い血の通った両目は、ヒナゲシを凝視していた。

「おっ、おっ、おっ……」

 ツバメは、あまりの驚きに、声がでてこない。

「ヒナゲシのことを知ってるの?」

 アゲハが聞いてみたが、ツバメはまったく反応しない。

「あら?」

 ヒナゲシは誰か思い出そうとしたが、まったく記憶にない。

 ツバメはカッと目を見開くと、ヒナゲシに飛びかかろうと一歩前にでて、

「お母さん! お母さんじゃないか! 会いたかったよぉ! うおっ?」

 ヒナゲシに飛びかかろうとしたツバメの前に、鋭い刀が突きだされた。

 カンタロウがツバメの隣で、殺気をみなぎらせ、刀をにぎり、

「貴様――俺の母を、母さんと呼んでいいのは、俺だけだ」

 声に静かなる殺意を感じる。

 ツバメの額から、滝のような汗が流れ、

「どうしたんだいカンタロウっち! 超怖いよ!」

 異常な妖気を前に、ツバメは唾を大きく飲み込んだ。

「でたよ。マザコン」

「ふふっ、カンタロウ様ったら」

 アゲハとマリアは慣れたもので、まったく動じた様子はない。

「お上がりなさいな。お客様なら歓迎するわ」

 ヒナゲシが優しげな声で、異様な雰囲気を打ち消した。

「ほらカンタロウっち。お母さんもああ言ってくれているわけだし。母って呼んだことは謝るよ。あまりにも、私を生んで、犬の散歩に行ったまま帰らなくなった母ちゃんに似てたからさ」

 ツバメはここぞとばかり、カンタロウを和ませようと必死になる。

 カンタロウは母の笑顔を見ると、刀を腰にしまった。ツバメは息を吐くことができた。

「ツバメさん。お母さん、あなたを生んだと同時に、亡くなったんじゃないんですか?」

 マリアの声に、ツバメはギクリと、飛び上がりそうになった。

 今度はマリアから、どす黒い殺気を感じる。

 表情は笑顔を作っているが、両目は笑っておらず、口元も引きつっていた。

 手にはショートスピアを、がっしりと握っている。

「そっ、そうでしたっけ?」

「そうですよね? そうやって、私に抱きついてきましたよね? 私、けっこう信じてたんですけど?」

 マリアは母を失ったツバメに同情し、一時気を許したことがあった。

 自分の胸に顔を埋めるツバメを、優しく頭をなでてあげたのだ。

 慰めの言葉もかけ、親身に対応していた。それが今、裏切られた。

「待ってマリア! なぜ槍を持ってるんだい? ただのジョーク。仲良くなるための、ちょっとしたユーモアだよ。ただ、お前の胸は――柔らかかったよ」

「ツバメさんの、変態!」

「ぎゃ!」

 マリアは槍を振り上げ、ツバメの頭をおもいっきり柄で殴った。

 ツバメはあまりの痛さに、星が飛び、気を失いかけた。しかし生来体が丈夫なのか、コブだけで済んでしまった。恐ろしく頑丈な頭である。

「ううっ……ツバメと申します。よろしくお願いします」

 家に上がると、涙目になりながら、ツバメはスズとヒナゲシに挨拶した。

 まだ痛いのか、マリアに殴られた所を手でさすっている。

「私はヒナゲシです。カンタロウの母です」

「私はスズと言います」

 ヒナゲシとスズは、丁寧に自己紹介した。

「ヒナゲシさんに、スズさんだね。このぉカンタロウ。ここはハーレムの館かい? 気の強いお姉さん系に、若くて美人なお母さん系までいるじゃないか。羨ましい!」

 ツバメはカンタロウの肩を、肘でグリグリする。

「母さんにむかって、お母さん系とか言うな」

 カンタロウはされるがままだが、言いたいことはしっかりと言った。

「まったくですよ、カンタロウ。小生意気な妹系、清純なお嬢様系、頼りになるお姉さん系と、ジャンルは豊富ですね。次は誰を集めるんですか? 地味な眼鏡系ですか? 元気で褐色のスポーツ系ですか? コレクターカンタロウ」

 スズは三人の女性を見比べ、カンタロウに嫌味気に言った。

「スズ姉。コレクター言うな」

 スズにもしっかりと言う、カンタロウだった。

「今回は、カンタロウさんの彼女さんじゃないのね?」

 あまりカンタロウに興味のないツバメを見て、ヒナゲシは思ったことを言った。

 ツバメは悪友タイプだ。

 恋人という感じがしない。

「まあそうですね。あたしは男よりも、女が大好きだからね。いくらカンタロウっちが、私のこの胸をほしがっても、あげられないんだよ。ちなみにスズさん。あたしは爆乳系にも入ってるよ」

 ツバメはみんなに、自分の胸を持ち上げてみせた。

 確かに大きく、マリアやアゲハよりも豊満だ。

 胸の谷間が、魅惑的に動く。

 「お前の乳などいらん」カンタロウはさっぱり興味がないのか、見もしないうえに切り捨てた。

「確かに、胸が大きいことは、ポイントが十倍になりますが、女が好きならば仕方ありません。あなたは論外ですね」

 スズがマジメに言う。

 「そんなにポイントが大きいのか?」カンタロウは自分の嫁基準が、胸だと初めて知って驚いた。

 マリアはスズの話を聞いて、体が乗りだすぐらい反応する。

「私はAカップだから、貧乳系かな。その場合はどうなるの?」

 アゲハがスズにむかって、手を上げて質問してみた。

「ポイント、ゼロです」

「ええっ? ひどい! 今は胸の大きな女よりも、このぐらいが流行りなんだぞ!」

「そんなこと知りませんよ。私は女性らしさを判定するだけですから。あとなんですか? 流行りって?」

「カンタロウ君! どうなんだ?」

 スズの判定に納得いかないのか、アゲハはカンタロウを問いつめた。

「――ふっ」

 カンタロウは鼻で笑っただけで、何も答えなかった。

「あっ! ムカツク! 今笑ったな!」

「まあまあ。あたしはそんな胸でも、しゃぶりたいぐらい、大好きさね」

 ツバメがすかさず、アゲハをフォローする。

「それ、慰めてるつもりなの? ゾクッとしかしないんだけど?」

 改めてツバメの気持ち悪さを感じた、アゲハだった。

「私だって、ばっ、ばっ、ばっ……」

 マリアが両手を握りしめ、緊張しながらも何かを言おうとがんばっている。

 皆が一斉に注目した。

 マリアはその視線に気づき、言葉が完全につまった。

「……なんでもありません」

 自分をアピールすることに失敗し、マリアは両手で顔を隠した。頭の先まで真っ赤になっている。

「えっ? マリア? ぜんぜん聞こえないよ? みんなの前で言ってごらんよ?」

「言えません」

 アゲハの囁きにも、マリアはいやいやと体を揺らすばかりだ。

「おじさん達は、君のその可愛いらしいお口から聞きたいんじゃないかい。さっ、勇気をだして、言ってごらん」

 今度はツバメが、マリアの耳元で囁く。

「ほらほら」

「うりうり」

 アゲハとツバメに挟まれ、マリアは二人から肩で体を揺すられる。

「やめろ、二人とも」

 マリアが困っていると思い、カンタロウはとりあえず二人を注意した。

「ちなみに言っておきますが、ヒナゲシ様はHカップです!」

 急にスズが、ヒナゲシの胸の大きさを女性陣にアピールした。

「ちょっとスズ、そんなに力を込めて言わなくても……」

 ヒナゲシはさすがに恥ずかしいのか、頬が赤くなっている。

「でかっ!」

 と、アゲハ。

「あたしより、でかっ!」

 と、ツバメ。

「やっぱり、おっきいですね……」

 と、納得するマリア。

 三人の女性はヒナゲシの胸の大きさに、素直に驚く。

「ふっ、俺の母を超える者を、いまだ見たことはない」

 勝ち誇ったように言うカンタロウ。

「何自慢気に言ってるの? カンタロウ君」

 アゲハが冷めた言い方で返した。

「ちょと、みんな。私の胸ばかり見ないで。恥ずかしいわ」

 ヒナゲシは自分の胸を、手で隠した。それでも、その大きさは、はっきりとわかる。

 隠せば隠すほど目立つため、逆効果となっていた。

 特にツバメは食い入るように、見つめている。

「ちなみに、カンタロウ君のお父さんって、胸の大きな人、好きだったの?」

 アゲハがちょっとした疑問を、ヒナゲシに質問してみた。

「うっ、う……ん。それだけじゃないと思うんだけど……」

 ヒナゲシは動揺している。

「もちろん! 大・好・物・でした!」

「スズ! お願いだからやめて!」

 アゲハの質問を力強く答えるスズに、ヒナゲシは顔から火がでそうになった。どうやら事実のようだ。

 アゲハは口に指を当て、

「じゃ、その息子のカンタロウ君も、女の胸、好きなの?」

「まさか――俺と父は違う」

 カンタロウはアゲハの目を見ようとせず、家の角を眺めている。

「なんで遠くを見てるの? まっ、いいけど。ふぅん……」

 アゲハはなんとなくカンタロウの揺らぎを察し、質問をやめることにした。

「明日。また旅にでるよ。母さん」

 カンタロウは話題を変えるために、次の旅の計画をヒナゲシに話した。

 ヒナゲシの顔つきが心配そうになり、

「そうなの? どこに行くの?」

「マリアの妹を迎えに行く。特に危険な仕事じゃないよ」

 母親に心配させまいとする心遣いだろう。カンタロウはあえて、安全な仕事だと言うことにした。

「そうなんですか?」

 信用できないのか、スズはマリアに直接聞いてみた。

「えっ……」

 マリアの言葉がつまり、カンタロウの方に視線をむけてしまう。

 カンタロウは目で、マリアに訴えた。それで本心を、理解することができた。

「えっ、ええ。そうですね。それでカンタロウさんとアゲハさんの仲間になったんです」

「わざわざ、ですか?」

「そっ、それは……」

 スズの追求に、マリアはおどおどし始めた。

 嘘が苦手なようだ。

 ツバメが大きく息を吐き、

「マリアの妹はやんちゃでね。私達じゃ手に負えないんだよ。それで男手が必要だったのさ。まっ、イケメン好きな妹だから、カンタロウっちがいれば大丈夫さ」

 ツバメはマリアにむかって、ウィンクする。助け船をだしてあげたのだ。

「そっ、そうです。ごめんなさい。不躾な妹で」

 マリアはその船に乗ることにした。

「そうですか。わかりました。今日はどうするんですか?」

「もしよかったら。泊まっていきなさいな」

 スズとヒナゲシは、それで納得したようだ。

 マリアはほっと、小さく息を吐いた。

「ぜひっ! ありがとね、ヒナゲシさん。肩お揉みしますよ」

 ツバメはヒナゲシの後ろに回ると、細い肩をモミモミ優しく揉んだ。

 黒い髪が、さらりとツバメの手をさする。良い香りがしてくる。

「あらあら、ありがとう」

「うへへっ、奥さんいい体してますよね? 今日は奥さんの部屋で、あたし寝たいなぁ。おっぱいおっきいし」

 ヒナゲシの耳元で、いやらしく囁くツバメ。

「あらやだ。私、今晩襲われちゃう」

 ヒナゲシは手を頬にやり、困っている。

 ツバメがさらに囁こうとすると、突然目の前に二つの刃物が突きだされた。

 刃と鼻の先までは、数センチしかない。

 ツバメの顔が青くなり、固まっている。

「あなたは私の部屋で寝なさい。もしヒナゲシ様の部屋に夜這いに行こうとしたら、即切ります」

「そうだ。お前はスズ姉の部屋で寝ろ。あとそれ以上母さんに触れるな。――殺すぞ」

 ヒナゲシの護衛であるスズとカンタロウが、ツバメの両肩を挟み、刀を突きだしている。

 二人とも目が笑っておらず、本気だ。

 ツバメは生きた心地がせず、ヒナゲシの肩から手を離し、両手を上げた。

「ふっ、二人とも、落ち着いて。ちょっとしたコミュニケーションじゃないかい」

 カタカタと震えるツバメに、ようやく二人の怒りが収まった。

「じゃ、私はヒナゲシと寝るとして、マリアはどうするの? カンタロウ君と寝るの?」

「ええっ!」

 アゲハの言葉に、マリアは声を張り上げて驚いた。

「だってスズの部屋、狭いじゃん」

 アゲハの言うとおり、スズの部屋は狭く、三人は寝れそうにない。

「そっ、そうですけどっ! まだそんな段階じゃないっていうか。いきなりというか。まだ早いというか。なんなんです!」

「マリア、落ち着こう」

 身振り手振りで訴えるマリアの肩を、アゲハは落ち着かせるためにポンッと手を置いた。

「あらいいじゃない。カンタロウさんと寝れば?」

 ヒナゲシは軽く、二人の仲を認めた。

「あっさり公認しないでくださいっ!」

 マリアはさらに沸騰した。

「駄目です。ヒナゲシ様」

 スズが首を横に振る。

「そっ、そうですよ。私はまだカンタロウ様とデートもしてませんし。私の気持ちも整ってませんし……」

「この家は木造建築です。声が――だだ漏れです」

「いやっ! そんな問題じゃありません!」

 スズの変なうながし方に、沸騰しすぎて、蒸発しかかるマリアだった。

「いいさ。俺はここで寝る。マリアは俺の部屋で寝ればいい」

 カンタロウが妥協案をだしてきた。

 この家には部屋が三つしかない。

 ヒナゲシの部屋、スズの部屋、カンタロウの部屋だ。

 ヒナゲシの部屋にアゲハが、スズの部屋にツバメが、カンタロウの部屋にマリアが一人寝るという段取りになる。

「そうなの? 仕方ないわね。マリアさん」

 ちょいちょいと、ヒナゲシはマリアを手で呼んだ。

「はい?」

 マリアはヒナゲシの元に近づいた。さらに手で誘うので、耳を近づける。

 ヒナゲシはマリアの耳元で、小さく、

「部屋の鍵――開けとくといいわよ」

「どういう意味ですかっ!」

 真っ赤になり、マリアはつい大声で叫んでしまった。

「よかったな、マリア。カンタロウ君の下着が盗めるぞ」

 アゲハが意地悪っぽく、クスクス笑う。

「もう本気の本気の本気で怒りますよっ! アゲハさんっ!」

 マリアはトマトのように、顔中真っ赤になり弾けそうだった。

 ――ふっ、マリアの奴。元気になったようだね。

 ツバメはマリアの様子を見て、何となく、微笑んでしまった。
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