ユアン

文字数 3,356文字

 地面に転がり回っていたツバメは、ようやく痛みが治まり、腰に手をやりカンタロウ達の前に立った。

 改めて服装を見ると、胸の開いた上着、タイトスカートに黒タイツと派手な格好をしている。

 右と左の腰には剣を持ち、二刀流の使い手であることがわかる。

 髪や目は黒く、前髪を横に流した髪型をしていた。

「自己紹介するよ。あたしの名前はツバメ。かわいい女子を見つけると、興奮しちゃってさ。ついつい、襲っちゃうんだよ。まっ、健全な女子なら、誰でもあることさね」

 性格は熱しやすく、冷めやすいようだ。

 もう戦いの興奮をケロリと忘れ、普通に自己紹介をこなしている。

 背はカンタロウと同じぐらい高く、マリアやアゲハよりも大きい。

 ――いや、けっこう異常だと思うが。

 カンタロウはとりあえず、心の中でつぶやいておいた。

「マリア。槍の柄で殴ることないだろ? ほら、コブができてる」

「当然の罰です。悔い改めなさい」

 マリアはプイッと、ツバメから顔をそらした。

 仲間だと普通に紹介するつもりが、こんな大事になってしまい、かなり怒っているようだ。

「悔い改めるからさ。あたしの頭、なでなでしておくれよ」

 ツバメは反省するどころか、ずうずうしくマリアに甘えようとする。

「無理です。私、あなた苦手なんです」

「はっきり言うの? そこ? 昔は愛し合った仲じゃないさ」

「してません! 変なこと、言わないで!」

 マリアはつい大声をだして、ツバメの言うことを否定した。

 カンタロウやアゲハに、変な誤解を与えてしまうのが嫌だからだ。

「ねえ。カンタロウ君、あの人、もしかして……」

「ああ、変な人だ」

 アゲハの問いの答えとして、カンタロウは単純だった。

 アゲハは少し不満を感じ、もう一度聞くことにし、

「……いやいや、もっと具体的な言葉があるでしょうよ」

「変な人以外、何かあるのか?」

「ううん。もういい。この純粋野郎め」

 アゲハは期待していた答えを、カンタロウから聞くことを諦めた。

「私の自己紹介は終わったからね。あんた達の名前は?」

 ツバメはマリアのそばにいる、二人の名前を聞いた。

「俺はカンタロウだ」

「私はアゲハだよ」

 素直に名を名乗る二人。

「えっと、カンタロウっちに、ステラだね?」

 ツバメはカンタロウとアゲハを指さして、アゲハだけ名前を間違えた。

「アゲハだよ」

「ああ、ごめんごめん。ステラは私が昔飼ってた猫の名前だったよ。それぐらい、アゲハは可愛いってことだよ」

 真なのか、嘘なのか、ツバメはアゲハに恋人のような、軽い口調で話しかける。

「……カンタロウ君、この人気持ち悪い」

 アゲハは怖がって、カンタロウの背中に隠れた。

「気持ち悪い? なぜ?」

 評判の悪さに、ツバメはショックを受けた。

「……カンタロウ様、この人怖い」

 マリアもカンタロウの背中に隠れ、ツバメと目を合わさないようにした。

「仲間にむかって、怖い言うな! あと、変態を見るような目で、あたしを見るなっ!」

 ツバメがわめく。

 評判の悪さは、マリアにも伝わってしまったらしい。

 ツバメの冗談は、二人には悪評でしかなかった。

「さて、旅する前に飯だね。私を食事に案内しな。があはっはっはっはぁ!」

 男のように大きく笑い声を上げ、ツバメはさっさとカンタロウの家にむかっている。

「ねえマリア。あの人、大丈夫なの?」

「うっ、うぅん。腕は確かなんですけど……」

 マリアはアゲハに、大丈夫だとは言えなかった。





 カンタロウの実家に帰ると、家から白衣を着た男がでてきた。

 薄い金髪で、前髪をオールバックにし、瞳の色はエルフやニンフなど、妖精族の特徴であるグリーンの色をしている。

 背はカンタロウと同じく高く、体格はいい。

「おっ、よう。カンタロウじゃないか。久しぶりだな」

「ユアン」

 ユアンと呼ばれた男は、カンタロウにむかって気安く手を上げた。

「えっ? 誰?」

 アゲハがすぐに反応する。

「魔帝国から来た医者だ。凄腕の」

 カンタロウの、声のトーンが下がった。

 ユアンが女性陣を見て、

「褒めるなよ。マザコンは治ったのか? 彼女三人も連れて」

「違う。ハンター仲間だ。あと俺は、マザコンじゃない。それと、お前に言っとくぞ――母さんとの仲を、許したわけじゃないからな」

 カンタロウのオーラが、赤く、怒りの炎に変わった。強敵を前にした勇者のように、目つきが鋭くなる。

 ユアンは、ヒナゲシと知り合いなので、目の敵にしているようだ。

 ――うわっ、何この殺気。寒気する。

 いったい何が起こったのかわからず、アゲハは両腕で胸を抱えた。

「はははははっ! 治ってないな! 安心しろ。患者とはそんな気持ちにはならんよ。俺は金さえもらえれば、誰でも治療するしな」

「えっ? 誰の治療? ヒナゲシ?」

「そうだ。定期検診だ。予防に優る治療なしってやつだよ」

「そうなんだ。じゃ、教えてよ。ヒナゲシってさ。白い線みたいなやつ、見えてるって言ってたけど。それってなんなの?」

 状況を理解できたアゲハが、ユアンに質問してみた。

 ユアンは医者で、ヒナゲシは患者のようだ。

 ユアンはヒナゲシを治療しにきたのである。

「神脈だ。神脈ってのはだな。例えば、この家の壁の板にも流れている。あの斧にもな」

 ユアンは初対面のアゲハにも、壁や斧を指さし、丁寧に説明を始めた。

「ええっ? そうなんですか?」

 マリアが素直に驚く。

「ああ、鉱物、果物、木や本、剣にも神脈が流れていることが、最近の研究でわかったのさ。恐らく、ヒナゲシさんが見えている、白いものの正体はそれだろう。つまり、『神の縛り』ってのは、あらゆる所にあるってことだ」

「神の縛り?」

 アゲハはユアンの言葉がわからず、首を傾げる。

「俺はそう呼んでる。だって、気持ち悪くないか? こんな物にまで、神脈が流れてるんだ。いったい神は、何のためにここまでして、神脈を世界に構築する必要があったのか――謎だな」

 ユアンは意味深な言葉を残すと、説明を終えた。

「俺は帰る。ヒナゲシさんの体調は良い。相当努力したんだろうな。かなり目の調子も良くなったぜ」

 ユアンはカンタロウの肩に手をポンッと乗せると、

「だが、やはり神脈が見えるとこまでだ。色や中身、お前さんの顔は、永遠に見えない。お前の承諾さえあれば、魔眼の手術は俺がやってやる。ヒナゲシさんのお父さんから、それぐらいのお金はもらえるからな」

 耳にささやく。

 ヒナゲシの父親は、剣帝国の有名な貴族だ。

 治療費は、そこからでている。

 縁の切れた父親に頼るのは、それぐらい医療費が高いのだろう。

 ――お金ないからできないんじゃ……。

 アゲハは前に、ヒナゲシと一緒に寝たときに、魔道具は高価だからやめていると聞いたことがある。

 お金があるのに、なぜしないのか。

 疑問はカンタロウの表情を見ると、なんとなくわかってきた。

「……俺には、俺には無理だ。決断できない。百パーセント、成功するわけじゃないし、死ぬ可能性だって、あるんだろう?」

「そうだ。俺の腕は最強だが、それでも失敗する確率は高い。魔眼の手術実績はあまりにも高価で、数例しかないし、それを行える医者は少ない。それが現実だ」

 カンタロウは、ユアンの目を見ようとしない。

 ヒナゲシに関わる重要な決断だ。

 唯一の身内であるカンタロウしか、その決断はできない。まだ気持ちが整理できず、母親を失う恐怖が先立つのだろう。

「もし俺が手術に失敗しても、お金はきっちりもらうからな。だから、しっかりと考えろ。あと、藪医者の言葉に惑わされるなよ。じゃな」

 ユアンはそれだけ忠告すると、カンタロウの家を後にした。

 ――なるほどね。そういうことか。それに意外にいい人じゃん。あのお医者さん。

 アゲハには、カンタロウのことを気遣って、悪態をついているとしか思えなかった。

 恐らく、素直な性格ではないのだろう。

 それがきちんと伝わっているのか、カンタロウは特にユアンに悪意は持っていないようだ。

 頼りになる男を見るような目で、ユアンを送った。

「ふっ」

 急にツバメが、ユアンにむかって鼻で笑った。

 アゲハがそれに気づき、

「笑ったの?」

「いいや。なかなかいい男じゃないか。ちょっと、感心しただけさね」

 ツバメは特に何事もなかったかのように、口元に笑みだけ浮かべていた。
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