神獣の大群

文字数 8,432文字

 赤眼化した男が、容赦なくカンタロウにむかって、剣を振り下ろす。

「くっ!」

 カンタロウは刀で、剣を受け止めた。

「マンダ様の剣をくらえ!」

 自らをマンダと名乗り、無茶苦茶な剣さばきで攻撃してくる。

 剣には重量感があり、的確にカンタロウの急所を狙っていた。

 闇に剣と刀の、火花が飛び散る。

 ――この力……間違いない。赤眼化した、人間だ。

 カンタロウは転がり、剣をかわす。

 マンダの剣は、机を綺麗に真っ二つにした。

「マリア!」

 カンタロウはマリアのことが心配になり、声をかけてみる。

「こっちは大丈夫です!」

 マリアは赤眼化し、他の三人を相手にしていた。

 マンダ以外のハンターは、赤眼化できないようだ。

 右目下の頬に、神文字があらわれていない。

「はあっ!」

 マリアは槍で三人を蹴散らす。

 完璧な槍術。

 三人はマリアに気安く近づけないでいた。

「私達に手をだすのなら、容赦はしません!」

 マリアは演技のような、美しい槍の演舞を見せると、三人にむかって槍を突きだす。

 一人のハンターが我慢できず、マリアにむかって剣を振り上げ、

「メス犬がぁ! 正義こそがすべてだぁ!」

 マリアの首にむかって、剣が横一線になぎ払われる。

 マリアはそれを槍の柄で受けると、剣を地面に突き落とし、

「はっ!」

 ハンターの腕に蹴りを入れ、剣を弾き飛ばすと、目にもとまらない速さで、脇腹に穂先を入れる。

「ぐふっ?」

 槍を体から抜かれたハンターは、空気のような悲鳴を上げると、地面に倒れ動かなくなった。

「この程度では、私には勝てませんよ?」

 マリアの赤い右目が、残りの二人を睨む。

「ひいぃひひひっ! やられやがったぜモルガンの奴ぅ!」

「よくも俺の嫁をぉ!」

 二人は動じるどころか、さらに興奮が激化していた。

 ――あんなにあっさり味方が倒されたのに、まるで躊躇がない。恐怖がないの? それに、まったくコミュニケーションになっていない。

 マリアはそう分析する。

 理性を失った人間。悪魔に成り下がった動物。神の敵。

 マリアの正義が静かに燃え上がり、槍を握る手が強くなる。

「カンタロウ様の所には行かせません!」

 マリアは自ら、二人にむかって攻撃をしかけていった。

 カンタロウはマンダと、激しい戦いを繰り広げていた。

 赤眼化し、刀で攻撃をしてみるも、マンダはうまくかわしたり、逆にカウンターをしかけてきたりと、相当な剣の使い手だった。

 相手を殺すことに躊躇いがないため、常に全力で立ちむかってくる。

「こここのガキぃ! 死ねよぉ!」

 マンダの剣が、部屋の壁を削り取る。

 カンタロウはそれから逃げながら、対応策を必死で考えていた。

 ――コイツ、他の三人とはレベルが違う。第一級ハンターか?

 カンタロウがチャンスをうかがっていると、マンダは黒い歯を剥きだして、剣を持ち上げ、


「じじ塵神の名において命ずるぅ! 俺の剣に宿って、全部ぶち壊しちまえっ!」


 マンダの剣が、銀から黒く変色していく。

 闇に溶けてしまいそうなぐらい、暗い。

 ――剣が、変色?

 カンタロウは何が起こったのか、冷静に分析する。

「受け止めろぉ!」

 マンダはカンタロウにむかって、剣を振り下ろした。

 カンタロウはその言葉に、嫌な予感を感じ、無理して剣をかわす。

 剣に触れた椅子が、一瞬で砂のように粉砕した。

「くそぉ! 逃げるなあああぁ!」

 マンダは唾を吐きだして、叫んだ。

 ――危なかった。刀で受けたら粉々になる所だった。一桁詠唱までできるのか!

 カンタロウは驚きを隠せなかった。

 神魔法が使えるのなら、猶予を与えてはならない。

 魔法は大砲のような兵器と同じ。

 即決着をつけなければ、重大なダメージを受ける。

 カンタロウは刀をしまうと、魔法で風の剣を作り、握り締める。魔剣術だ。

「おおう? 剣を作れるのか? あだああ!」

 マンダの攻撃をかわし、カンタロウは風の剣を肩にむかって振り下ろした。

「きかねぇぇぇよぉぉぉ! 粉塵にしてやるぜぇぇぇ!」

 マンダの黒い剣が風の剣にむかって、振り上げられる。

 風の剣が四散し、姿を消した。

「あれぇ?」

 マンダの剣が大きく振り上がる。

 剣筋が通った道に、風の剣が再び姿をあらわした。

 剣を作り、消し、さらにまた剣を作ったのだ。

 カンタロウはそれを、たった数秒で成し遂げた。

 風の剣が、マンダの胸を切り裂く。

 マンダはきょとんとした顔で、何も言えず、床に倒れた。

「ふう……」

 カンタロウが一息ついていると、マリアが近づいてきた。

 戦いを終えたようだ。

 カンタロウ、マリアともに、怪我一つ負っていない。

 二人は、赤眼化を解除した。

「さすがですね。風の魔剣術ですか? 確か、あの傭兵達を倒したときに使用した術ですよね?」

 マリアはほほ笑んだ。

 あの傭兵達とは、剣帝国、グランデルの酒場で、マリアに絡んできた男達のことだ。

 彼等を気絶させた技は、カンタロウの見えない魔剣術だった。

 マリアはそれを、見抜いていた。

 カンタロウは息を吐き、

「ああ、終わったのか?」

「ええ、二人は倒しました。あとの一人は逃げてしまいましたけど」

「そうか。アゲハ達と合流しよう」

「はい。あっ……」

 マリアがポカンと口を開けている。

 カンタロウの後ろで、ガラクタが盛り上がっているからだ。

 隠れていたもう一人のハンターだと気づくのに、かなりの時間がかかった。

 マリアの顔が青くなり、

「危ない!」

「えっ?」

 カンタロウが後ろをむいたと同時に、ハンターが剣を振り下ろしていた。

「なっ?」

 カンタロウは刀すら抜けず、剣がせまってくるのを、ただ呆然と眺めている。

 敵が歯をかみしめ、

「アホがぁ! 隠れてることにもわからねぇとはなぁ!」

「カンタロウ様!」

「死ねくそガ……」

 「ドスッ」という音がした。

 ハンターの胸に、剣が突き刺さっている。

 どこからか、投げられたのだ。

「きぃぃぃ」

 ハンターは歯を食いしばったまま、その場に倒れた。

「ふう――危なかったね。カンタロウっち」

 剣を投げた者の正体は、ツバメだった。

「油断しすぎ。しっかりしてよね」

 ツバメの隣には、アゲハもいた。

 二人は襲ってきたハンターを倒し、ここまで追いかけてきたのだ。

「ツバメ、それに、アゲハもいるのか……」

「カンタロウ様!」

 マリアが泣きそうな声で、カンタロウに近寄ってくる。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、てっきり逃げたと思ったのに! ごめんなさい!」

 マリアは過剰なぐらい、涙目で何度も謝る。

「あっ、ああ、いいさ。ほら。怪我はしてないから」

 カンタロウは少し困ったような顔をし、無事をアピールするために腕を回す。

「本当ですか?」

「うん。平気だ」

「本当に、本当ですか?」

「うん」

 カンタロウは微笑んでみせる。それを見たマリアは、ようやく安心したのか、安堵の表情を見せた。

「よかった……」

「ああ、ありがとう……」

 二人の間に、微妙な空気が流れた。

 マリアは艶のある目つきで、カンタロウを見つめている。とても優し気で、温かい。

 アゲハはいつもとは違う様子を、すぐに感じとった。

 それに比べ、カンタロウはどこかそわそわとしており、目つきが落ち着いていない。

 アゲハは微妙な変化に気づき、

「ん? どうしたの? カンタロウ君。何か変」

「なんでもない。アレはなんだったんだろうな?」

 カンタロウは、今起きている現状について逆に聞いてきた。

「パンドラック・ミクスだよ」

「パンドラック? 何だそれは?」

「エコーズが使う、他の生き物を狂人化させる術。自分の細胞を他の生物に埋め込むことによって、脳神経を侵し、狂わせるの。相手の意識があるうちは平気なんだけど、例えば睡眠とかで意識がなくなったとき、発症するの。大陸戦争時は、よく見せしめとか、敵を攪乱させるために使った技なんだよ」

 アゲハはすらすらとカンタロウに説明してみせる。

 皆には秘密にしているが、さすがエコーズだけあって知識は豊富にあった。

「神獣を召還するほうが効率がいいんじゃないか?」

「そうだよ。だからあまり使われない。狂人化した者を操ることはできるけど、何せ狂ってるから使い勝手が悪いの」

 カンタロウの質問に、アゲハは的確に答える。

 マリアが手を上げ、

「じゃあ、ここにエコーズがいるってことですか?」

「いるけど本家のエコーズじゃないと思う。パンドラック・ミクスは、自分の細胞が操っている相手に残るから、遺伝子検査で操舵者を特定されやすいの。この大陸でそんなの使ったら、すぐに同じエコーズの精鋭部隊か、人間のハンターに追われてしまう。情報も、帝国平和条約によって、リンドブルムから提供されるしね。エコーズはそのことを、しっかり教育されてるはずだから、まず使わないよ」

「と、いうことは?」

「確実にいるね。特種エコーズが。そのクラスのエコーズになると、この術もできるようになるんじゃないかな? まあ、まだわかんないけど」

 アゲハの説明に、マリアは納得したのか、首を縦に振る。

「なるほどねぇ。それにしても、アゲハ、ものすごく詳しいね?」

「アゲハさんは、国章血印の持ち主なんです。盲目の蛇を持っているんですよ」

 マリアから国章血印という単語を聞いて、ツバメは弾かれたように驚いた。

「ええっ! ほんとかいっ! あの死帝って呼ばれてる? よかった、手をださなくて」

 つい本音を言ってしまったツバメ。

「『手を』? どういうことですか?」

 マリアが素早く反応し、背中にしまった槍を手に持つ。

「あっ、いやいや。なんでもないよぉ。おほほほほ」

 ツバメはわざとらしく笑うと、滝のような汗を、腕で拭った。

「敵が潜んでいるのであれば、信者達やクロワが危険です。助けなければいけません」

 マリアが次の行動の指針をだした。その顔に、もう悲しみの色はない。

「マリア、シオンのことはいいの?」

「はい、大丈夫です。カンタロウ様に慰めてもらいましたから。元気百倍です」

 マリアはアゲハに向かって両腕を上げ、元気なポーズをしてみせる。

「ふぅん……」

 アゲハはあまりにもあっさりとしたマリアの態度に、多少違和感を感じたが、特に何も言わなかった。

 カンタロウを見るマリアの目が、しっとりと濡れていて、女っぽく変わっていることが気になった。

 自分がいない時間、二人で何があったのか、それを聞こうと口を開く。

「おいおいカンタロウっち。マリアに何かしたのかい? 悪いけど、マリアはあたしの女だからね。手をだしたら困るよ?」

 アゲハが聞く前に、ツバメも同じことを考えていたのか、カンタロウの肩に腕を回している。

 「誰があなたの女なんですか!」マリアが真っ赤になって、声を上げた。

「俺は何もしてない」

「またまた。マリア、見ない間に、えらくあんたにご執心じゃないか。うん? Cか? それともBかい? まさかAまでいってないだろうね? Sだったら、し・け・い」

「いい加減に……」

 カンタロウはすぐにツバメとの会話をやめ、後ろを振りむいた。

 異様な気配を感じたからだ。

 ツバメ、アゲハも気配に気づいた。

「あれは……」

 マリアもそれの存在に、ようやく気づく。

 赤い両目。異形な姿。不気味な白い肌。

 四人の前に、ゆっくりと姿をあらわした。

 威嚇するような唸りを上げ、ドクロのような眼窩から四人を睨んでくる。

「ゴーストエコーズだ!」

 アゲハが声を上げた。

「はんっ! 飛んで火にいるなんとやらって……えっ?」

 剣を構えたツバメが、唖然と立ち尽くした。

 ゴーストエコーズは一体だけではなかった。

 廊下から、二体、三体と次々とあらわれる。

 窓からも数体、壁に張り付き、こちらを覗いている。

 悪魔が人間を観察しているように見えた。

「おっ、おいおい。何体いるんだい?」

 さすがのツバメも、冷や汗をかいている。

「どうみても第二種エコーズだね。数が多い……かな?」

 アゲハは急速に濃厚になった気配のせいで、鳥肌が立ち始めた。

「ここからでよう! 狭いから不利だ!」

 カンタロウが叫び、三人を先導するため先に廊下にでた。

 階段にむかい、施設の外にでようとすると、下からけたたましい叫び声が響いてくる。

 檻からだされた猛獣達が、一斉に吠えているような叫び声。



「オオオオオオオオ!」

「ウオオ!」

「ゴオオオオ!」



 研究施設が軽く揺れる。

 声から数が、特定できない。

 耳を押さえなければ、鼓膜が破れそうになる。

「ちょ、本当に何体いるんだい! 一階から、ものすごい数の叫び声が聞こえるよ!」

 ツバメが耳を押さえて叫んだが、声はすぐにゴーストエコーズ達によってかき消される。

「上に行くしかないか!」

 カンタロウが言い、四人は階段をかけ上がった。

「どうしてあんなにゴーストエコーズが! 神獣を召還できないのなら、普通は逃げるんじゃないんですか!」

 普段は大人しいマリアも、声を張り上げて訴える。

「そうだ! もしかすると、コンタクト・リンクってやつで、操られている可能性が高い!」

 カンタロウが大声で叫ぶ。

「それにしてもこの数、聞いてないんだけど!」

 アゲハが大声で、愚痴をがなった。

「あたしだって知らないっつーの! 他人から聞いただけなんだから! でもこの数は異常だね!」

「よっぽどすごい特種エコーズがいるようだな!」

 ツバメとカンタロウが叫んだ後、上の階から、何か動き回る音がしてきた。

 嫌な予感がし、全員の足が止まる。

 誰かが唾を飲み込んだ。



「オオオオオン!」



 ゴーストエコーズの雄叫びが、上から数度、落ちてくる。

「上からも来ます!」

 マリアは槍を構えたまま、上を見上げる。頬から冷や汗が流れている。

「くそっ! どうする?」

 カンタロウはキョロキョロと周りを見回した。

 三階の廊下には、ゴーストエコーズの姿はない。

 屋上と一階から、この施設に入り込んできたようだ。

「どっかの部屋に入って、窓から外にでるってのは?」

「それがいいね! こんな建物内で魔法なんて使ったら、崩壊に巻き込まれちまうからね!」

 アゲハの案に、ツバメは即賛成した。

 カンタロウとマリアも、それにうなずく。

 四人は階段から八番目の部屋に入り、扉を固く閉めた。

「植物が邪魔で、外が見えないよ!」

 アゲハの指摘どおり、窓には植物が張り付き、外の景色を隠している。

 太陽の光が部屋にうっすらと入り、机や椅子を照らしていた。

 ここは何かの研究室のようだ。

 ビーカーやシリンダーなど、実験器具がいくつもあった。

「俺がやる!」

 カンタロウは刀を抜くと、窓ごと植物を切り落とし、

「よしっ! 外は?」

 マリアが窓から、外をグルリと見下ろし、

「誰もいません。外にでましょう」

「あたしに任せな! この避難はしごを使おう。急いで設置するから、ちょっと待ってな」

 ツバメは避難はしごを見つけると、箱から取りだし、設置を開始した。

 つり下げ金具を窓枠につけ、収納バンドのピンを外す。

 折り畳まれていたはしごが展張し、下へと落ちる。

 その間にも、ゴーストエコーズ達の叫び声が近づいてきた。

 遠くで、ドアや机が破壊される音が聞こえてくる。

「早くしてくれっ!」

 カンタロウが焦って、後ろをむいたまま声を張り上げる。刀を構え、部屋の出入り口に視線を固定しているのだ。

「わぁってるよ! 落ち着きな! よしっ! 設置完了」

 はしごが地上へと到達したことを確認すると、ツバメはマリアの方に振り返り、

「まずは私が降りるから、次にマリア、来な!」

「嫌です!」

 マリアはなぜか、即行で拒否した。

 ツバメはきょとんと、目をパチパチさせ、

「えっ? どうしてだい?」

「ツバメさん、私のスカートの中、覗くつもりでしょう?」

 マリアは疑わしい目つきで、ミニスカートを両手で押さえる。

 はしごは垂直なので、先に下りた者が、次に下りた者を下から見上げることができる。

 ツバメが先に下りてしまうと、次に下りたマリアのスカートの中身が、すべて見えてしまうのだ。

 はしごを持ちながらスカートを隠すことはできないので、対処のしようがない。

「なっ、失礼な奴だね。私が先行してやろうって言ってるんだ。あんたの下着なんて、興味ないさね」

「じゃあ、私が先に行きます」

「何言ってるんだい! それじゃ、見えないでしょうが!」

 マリアに心の中を見事にまで読まれ、つい本音を言ってしまうツバメ。

 マリアは「ほらそうでしょ?」といった顔をした。

 本人に聞かれては、後の祭りだ。

「やっぱり見る気だったんじゃないですか!」

「ぐっ、そもそも、戦いにヒラヒラなスカートなんてはいて来る奴が悪いんだよ! 見てくださいって言ってるようなものさね! お前が戦っているとき、気になって仕方ないんだよ!」

 マリアに逆ギレするツバメ。

 マリアの服装は、エリニスの女性用の特殊な制服で、スカートの長さは膝ぐらいまでしかない。

 元々戦闘に対応するために作られているので、そこまで短く改良されているのだ。

 変な男を呼び寄せる原因になっていることを、当人はまだ気づいていない。

「ほっといてください! 私、そんなに戦うつもりで旅にでてないんです! 戦闘はツバメさんの役目だったでしょう?」

「そうだけどさ! カンタロウっちに、どんだけあんたの下着を見られてると思ってるんだい! のほほんとしてるから、チラチラチラチラ見せてることにも気づかないなんて! あたしゃ悲しいよ!」

 ツバメはマリアに涙目で訴える。

 マリアの頬が、紅色していく。

 まさかカンタロウが、自分の下着に興味があったとは知らなかったからだ。

 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分だった。

 マリアはツバメから目をそらし、

「かっ……カンタロウ様は特別なんです」

「特別ってどういう意味さ? やっぱりお前達、二人きりでよろしくやってたんだね?」

 ツバメの嫉妬が大爆発した。

 マリアは自分のお気に入りの一人だ。

 大切な恋人候補を取られては、平然としてられる方がおかしい。


「お前等、いい加減にしろっ!」


 カンタロウが二人に怒鳴った。

「ぐっ……」

「すっ、すみません……」

 ツバメとマリアは、つい謝ってしまう。

「……俺は、見ていないぞ」

 静かにつぶやくカンタロウ。

「そっち? そっちを怒ってるの? カンタロウ君!」

 隣にいたアゲハは、びっくりして、つっこんでしまった。

「……とにかく、早く逃げるよ! みんな、このはしごを下りな!」

 ツバメは元の調子を戻すと、皆にはしごを下りるように叫ぶ。

 ささっとマリアが、はしごの元に走った。一番乗りを取る。

「ねえツバメ。一つ聞いていい?」

 アゲハがツバメにむかって、手を上げ、

「赤眼化して、直接落ちたらいいんじゃない? このぐらいの高さなら、はしごで下りなくても平気だと思うよ?」

 アゲハの提案に、マリアが「あっ」と声を漏らした。すでに足は、はしごの横ざんに乗っている。

「……あっ。早く言いな。そんな重要なこと!」

「お前が気づけ!」

 大人しく静観していたアゲハが、ツバメにぷっつんとキレた。さすがに我慢できなかったらしい。

「ゴーストエコーズがすぐそこまで来ている。一斉に飛びだすぞ!」

 カンタロウも、ようやくそれに気づき、赤眼化した。

「はい!」

「もうやけさね!」

「結局こっちの方が、速かったんじゃん!」

 マリア、ツバメ、アゲハも赤眼化する。

 右目下の頬に神文字があらわれた瞬間、部屋のドアに大きくヒビが入った。

 廊下でゴーストエコーズ達が、雄叫びを上げている。

 四人は一斉に外に飛びだした。

 同時に、ゴーストエコーズが、ドアを破壊した。

 飛び散った破片が窓を割り、複数の赤い瞳が部屋に入った頃には、すでに四人は地上へと到達していた。

「よし! ここから離れよう!」

「はい!」

 マリアは素直にカンタロウに従い、その背中についていく。

「ちっ、スカートをしっかり、手でガードしやがって」

「ツバメ、いい加減にしろ!」

 残念そうな表情をしているツバメを、アゲハがしっかりと叱った。

 施設を離れるために、カンタロウを先頭として走りだす。

 四人とも体力の使う赤眼化は解除していた。

 カンタロウの足は、すぐに停止してしまった。

 マリアがカンタロウの背中に、頭をぶつける。

「きゃ。どうしました? カンタロウ……」

「なんだい?」

「えっ? 何よ、み……」

 マリア、ツバメ、アゲハも気づいた。

 森の枝が、風もないのにざわついた。

 太陽に隠れた森の影から赤い光が、カンタロウ達を覗いている。

 どこからか、獣の臭いが漂ってきた。

「森が……赤く光っている……」

 マリアが不気味な光に、両手を握り締める。

「違う。この気配は……」

 アゲハが口を半開きにしたまま、言葉をつまらせた。

「ああ。あれは――ゴーストエコーズの目だ」

 カンタロウの頬から、熱い汗が流れていく。

「嘘だろ。なっ、なっ、何百とあるよっ!」

 その恐ろしいほどの数に、ツバメの血管が凍っていった。
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