エピローグ 実家

文字数 1,779文字

 数日後。

 カンタロウとアゲハは、山道を歩いていた。

 道は整備されておらず、泥と石だらけで歩きにくい。それなのに、カンタロウの足は速く、アゲハはその後ろを追いかける形になっていた。

 しばらく歩くと、有刺鉄線が巻かれた、柵が見えてきた。

 カンタロウはその柵にそって、歩みを進める。柵は鋭い針が突き刺さり、剥げた木の中身は雨で腐食が進んでいた。

「ねえカンタロウ君。あの柵と有刺鉄線、何かね?」

 アゲハの呼吸が速い。カンタロウについていくのに、精一杯だからだ。

「ああ、これは俺の家族を隔離するための、壁だ」

「君の家族?」

「そうだ」

 カンタロウがむかっている先に、鎧を着た兵士が立っていた。

「あれ? 兵士が立ってる?」

 アゲハがよく見ると、鎧には剣帝国国章、剣を持つ竜『ソードドラゴン』が見える。

 カンタロウが兵士にむかって手を上げた。兵士は二人に気づき、何も言わず、どこかへ行ってしまった。

「いなくなったけど?」

「俺が帰ってきたら、森に行く段取りだ」

 アゲハとカンタロウは、兵士がいた所から、柵の中へと入る。入り口には、看板が立てられていた。

「じゃ、あの看板。なんて書いてあるの?」

「『犬小屋』だ」

 いまいち、状況が理解できず、アゲハはカンタロウにばたばたとついていく。

 カンタロウの歩みがまた少し速くなった。声も高揚し、顔から疲れが吹き飛んでいる。

「もうすぐ俺の家だ。ほらっ、あの丘の上」

 カンタロウが指さす方向の丘の上に、家が一軒だけあった。木造建築で、煙突が見える。さほど大きな家ではない。


「ふぅん、あれがカンタロウ君の実家か……って、ちょっと待て!」


 カンタロウの背中にパンチするアゲハ。

 「おうっ!」カンタロウは少し腰が曲がり、

「なんだ?」

 意味がわからないといった顔で背中をさする。


「『なんだ』じゃないでしょ! もしかして実家に帰ってたの?」


「それが何か?」

「ほんとかよ、カンタロウ君! ハンターらしく、賞金稼ぎの旅をしてたんじゃないの?」

「誰も、そんなこと言ってないぞ?」

「まあ確かに、こっちも聞いてないけどさ!」

 アゲハが今思い返してみても、カンタロウは一言も、ハンターとして旅をしているとは言っていない。

 もちろん、実家に帰るとも言っていない。ただ、自分と旅をしていても仕方がないとは、何度も聞いた。

 それがこういう意味だったと、アゲハは初めて知った。

 ――ううっ、なんてこった。普通に旅してるかと思ったら、まさか実家に帰ってたなんて。もうこいつ予想の斜め上の、上の、上の方いっちゃってるよ。

 アゲハは、自分の非力さと情けなさに、悲しくて涙がでそうになる。

 何も聞かず、ただもくもくとカンタロウについていったことを後悔した。

「だから言ったろう? 俺についてきたって、お前の足手まといになると」

「見事にまでの足手まといだよ。はぁぁぁ」

 カンタロウに向かって嫌み気に、アゲハは深いため息をつく。もう自暴自棄寸前だ。

「ため息つきすぎだ。まあここまで来てしまったのは仕方がない。――俺の母を紹介しよう」

 嬉しさゆえか、自然とニコニコするカンタロウ。

「何その言い方? 『俺の恋人を紹介します』的な言い方? ちょっとムカつく」

 かなりカチンとくるアゲハ。

「ふふふっ、俺の母はとっても美人だぞ。ふふふふふっ」

 そんなアゲハなど気にせず、カンタロウは母に会える喜びで、テンションが上昇しきっている。

「カンタロウ君。キモい! その笑い方、キモすぎ!」

 アゲハはカンタロウの笑いに、ドン引きした。

 家が近づいてくると、野菜畑に二人、女性がいた。

 目つきの鋭い女性が、カンタロウに気づくと、麦わら帽子をかぶった女性に耳打ちする。

 目の見えない女性は、誰か来たことに気づき、キョロキョロと首を動かした。

「母さぁん!」

 カンタロウが元気よく叫ぶと、手を振る。

 ヒナゲシはようやく息子が帰ってきたことがわかり、声がした方へ、大きく手を振った。

「あっ、カンタロウさん。――おかえりなさぁい」

 農作業はしていなかったのだろう。ヒナゲシは白いワンピースを着ていた。柔らかい風が、長めのスカートを揺らす。

 その笑顔は、丘で白い花を咲かせているカモミールのように、あでやかだった。

 ――はあ……これからどうなることやら。

 アゲハはため息をつきながらも、カンタロウの家へ足を進めていた。
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