神獣

文字数 1,675文字




 中央監視室では、職員が大忙しで働いていた。

 職員は吸収式神脈装置を起動させるため、ディスプレーに表示されている機械の図面を指で押している。タッチパネル方式なのだ。指で押された信号は、自動制御装置に送られ、ポンプや機械が自動的に動いてくれる。

 オペレータを担当しているのは、猫型の獣人である。性別は全員女性で、長いしっぽを膝に置き、耳をピコピコ動かし、緊張感からか誰も無駄話をしない。聞こえるのは、指で押したときに鳴る、効果音のみだ。

「吸収式神脈装置、全機起動しました。起動完了まで、あと二十分です!」

 職員が所長にむかって叫ぶ。

 普段、吸収式神脈装置は一台しか動いていない。しかし『月の都レベル5』の結界をはるには、多くの神脈の流量を必要とするので、機械は五台いる。予備機一台残して、すべての機械が動いていた。

「よし! あと二十分で起動です!」

 所長は無線で、現場に伝えた。

 ヨルダが城壁の歩廊で、その無線を聞いていた。

 さっそく拡声器でハンター達に、大声で情報をがなりたてる。

「勇者達よ! あと二十分で結界が完了する! 月の都レベル5が発動されると、神脈を持つ者でも結界の外にでることはできない! その前に結界の外にでろ!」

 ハンター達が剣を振り上げ、声を張り上げた。

 城の外に住む住人達は、急いで道をあける。

「おっしゃ!」

「行くぞ! てめぇら!」

 人数としては五十人程度だが、すさまじい闘気が渦巻いていた。

 警戒の鐘が何度も打ちつけられる。

 さすがのけたたましさに、家にいた者も外にでてきた。

「都市部外に住む者達よ! 緊急警報が発令された! はやく外壁に集まれ!」

 ヨルダはありったけ大声で叫ぶと、双眼鏡で遠方を見渡す。

 双眼鏡から白い生き物達が、大群でこちらへむかってきていた。

 巨大な手足のみで這うようにくるもの。人型の姿のまま、普通に走るもの。背に翼をはやし、飛んでくるもの。大きく口を開き、体のみで地面を進むもの。

 神獣に目や鼻や耳はない。皆白い粘土のような生き物で、エコーズに命令されるまま動いてくる。もちろん、彼らに自由意志など存在しない。

「……来たな。白い悪魔達よ」

 ヨルダはゴクリと唾を飲み込んだ。

「うわぁ、マジで神獣だ」

「俺やっぱやだよぉ」

「ビビってんじゃねぇぞ、てめぇら! 人間の根性みせてやれ!」

 傭兵団の大将が、弱音を吐く部下に活を入れる。その先を獣人達が、簡単に追いこしていった。

「ははっ、お先に失礼、人間ども!」

「怖いなら家に帰って、ミルクでも飲んでな!」

 興奮から雄叫びを上げる獣人の上を、黒い影がさす。

「ふん、馬鹿な獣人と臆病な人間に追いこされるな」

「はいな!」

 杖に座り、空を飛ぶ魔女達が獣人を飛びこえる。しかし、そのさらに上空に、羽毛の翼をもった天空人が、彼女達よりもすでに先へ進んでいた。

「魔女どもよりも高く飛び、エコーズを探せ。必ず神獣が見える位置にいるはずだ」

「わかった」

 神獣とハンターが混ざりあった。

 神獣はハンターなど見向きもせず、都市へと直進していく。たとえその体を切られようと、痛みを感じないため行進は止まらない。何人かのハンターが、巻きこまれ、踏みつぶされていく。

 ヨルダは懐中時計を開いた。もうすぐ二十分になる。

「あと三十秒……二十秒……十秒……五、四、三、二、一。よし、神脈結界発動!」

 魔法円から白い魔力が、一斉に吹きだした。それは薄く、白い膜となり、都市よりもさらに高く、結界をつむいでいく。ちょうど半円の中に都市がおさまり、結界は完成した。

 結界の中に入ってしまった神獣は、神脈を吸われ、その体を保っていられない。体が割れ、壊れた泥人形のように破壊されていく。結界の外にいる神獣は、白い膜に触れただけで、手足がふき飛んだ。

 神脈をもつ生物は、結界に触れても問題はない。内部に残された者は悔しそうに、結界を叩いた。

「八割のハンターが、結界の外にでることができました!」

 ヨルダの部下が状況を報告する。

「うむ。頼んだぞ。勇者達よ」

 ヨルダは祈るように、手を組み、胸壁に肘を置いた。
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