カイン

文字数 3,671文字

 アゲハとソフィヤは城の最上部まで上っていき、廊下にでる。

 灯りのない廊下を走り、逃げ道を探っていく。

 城の中は意外に広く、迷路のように壁ばかりいき当たる。

 ――駄目だ。嫌な感じがする。

 アゲハは自分の直感を最大限に引きだして、神獣の気配を探っていった。

 ――こっちも駄目か。

 行こうとした廊下の先に、嫌な気配を感じるたびに、方向転換していく。

「ねえ、本当に神獣なの?」

 ソフィヤが恐怖からか、背中から囁くような小さな声で、アゲハに状況を聞いてくる。

「間違いないよ。神獣を操っている、エコーズもいる」

 アゲハはそう断言した。今ならはっきりと、言い切れる。

「そんな……結界が張られているはずなのに……」

「ヨドさんが言ってたよね? 町はレベル3の神脈結界を張ってるって。そのレベルじゃ、神獣は活動できてしまうの。レベル4以上の結界を張らないと」

 レベル3だと、神獣の活動はかなり制限されるが、普通に動き、攻撃してくる。そのため都市や首都では、レベル5の神脈結界が主力となっていた。

「でも、エコーズはレベル1結界でも入れないはずだよ?」

「う……ん。そうなんだけど。もしかすると、結界を張る前にこの城にいたってことかな? ねえ、町に結界が張られたのはいつ?」

「ソフィヤが生まれたときからずっと、結界は途絶えていないよ」

「そうなんだ……」

 少なくとも、十年前から結界は張られているようだ。

 影無のように、吸収式神脈装置が据え付けられる前に入り込んだのか、それとも別の方法があるのか。

 今になって、神獣を召喚し、活動する意図もわからない。

「ねえ、アゲハさん」

「うん?」

「もし、ソフィヤが邪魔だったら……」

「シー。静かに」

 弱気になったソフィヤの言葉を遮って、アゲハは廊下の奥を見つめた。誰もいない。

「大丈夫。ソフィヤちゃんがいるおかげで、この暗闇の中、お姉ちゃんは寂しくないんだから。だからそんなこと、言わないの」

「でも……」

「はい、そんなこと言うの禁止です。このアゲハさんに任せなさい」

「……うん」

 そう励ますと、アゲハはまた見知らぬ廊下を走っていく。夜目がきくので、灯りがなくとも進むことができた。

 しばらく走っていくと、前から神獣の気配を感じた。

 引き返そうと考えたが、後ろからも神獣の気配がする。

 途中に、窓もなければ、部屋もない。

 ――挟まれた。

 八方塞がり。

 最悪の状況だ。

 緊張感が増してきたのか、感覚が鋭くなり、隙間風の流れを感じる。

 風の流れをたどってみると、大きな扉があった。

 ――この部屋に、逃げるしかないか。

 選択の余地はない。

 すぐに決断し、部屋に逃げこむ。

 その部屋には不思議なことに、明かりが灯っていた。

「ここは?」

 滑らかな円柱が何本も建ち、天井近くには窓がある。

 雰囲気も豪華で、どこか良い香りが漂う。

 床はタイルでできており、動物が装飾されていた。

 アゲハはこの部屋が何かわからず、しばらく奥へと進むと、

「誰?」

 突然、殺気を感じた。

 アゲハが叫ぶと、奥に明かりが灯った。

 王が座るような豪勢な椅子に、仮面をかぶった何者かがいる。

「やあ――よくソフィヤを連れてきてくれたね。感謝するよ」

 声からして男。仮面は右目しかなく、瞳の色は深紅の赤。背はアゲハよりも高い。

 ――右目が赤い。赤眼化してる?

 どこか違和感を感じる。

 アゲハは警戒しながらも、男の観察を続けた。

「あなた、誰? この城の王様?」

「違うよ。この城の主は、樽の中にいるはずだ。他の使用人と一緒にね」

 それは殺害したということなのか。

 アゲハは剣を手に取った。

「この声……カインさん?」

 目の見えないソフィヤは、声だけでその人物が誰なのかを思い出した。

「カイン? この城の使用人の?」

 ヨドとソフィヤが言っていた人物。白髪の若い男。

「そうだよソフィヤ。よく覚えていてくれたね。嬉しいよ」

 仮面の男は、自分がカインだということを認めた。

 ――ということは人間? だけど、この気配。

 人間ではない気配。もちろん、獣人やエルフ、ドワーフや天空人でもない。むしろ、懐かしい気配。

「あなた、エコーズ?」

 仮面の目が、ニヤリと笑った。

「ふふ、よくわかったね」

 カインは仮面を脱ぎ、素顔をさらした。

 白い前髪の間から、赤い両目が見える。表情は穏やかで、敵意を感じさせない。好青年の印象を受ける。しかし、それはまやかしであることに、アゲハは気づいた。

「やっぱり。右目下の頬に神文字がない。ということは、神に愛されぬ者の証拠」

 普通、赤眼化すれば、右目下の頬に神文字という古代文字があらわれる。

 アゲハはテファという文字を、カンタロウはテトという文字を持っている。

 なぜ文字があらわれるのか、理由はわかっていないが、神脈を持たないエコーズは、この文字を持つことはない。

「そうだよ――僕はエコーズだ」

 自ら正体を明かす、カイン。

「そんな……カインさん」

 ソフィヤはショックを受けていた。

「あなたが障害のある娘達に、招待状をだしたの?」

「そうだよ」

「なぜ?」

「彼女達を守るため。僕達の王国を造るためだ」

「どういう意味?」

「知る必要はないさ。君はその一員にはなれないのだから」

 カインは玉座から立ち上がると、両手を広げ、歌手のように、大きく口を開いた。

「これは……唄」

 部屋の中で、すさまじく殺気が高まった。

 あらゆる所から、神獣が姿をあらわす。

 両手が剣となっている、ソード型と呼ばれる神獣だ。

 その数、数十体。

 ――神獣達がこんなに。そうか。罠にかかったってわけか。

 つまり、ここまでおびき寄せられたのだ。だが、もう後悔する余裕はない。

「もしかして、この町に来る前に、私達に神獣をけしかけたのもあなた?」

「そうだね。本来は君達など相手にしないのだけどね。本能には逆らえない」

 カインにとって、アゲハやカンタロウはよけいな客だった。ここまで強引に計画を進めたのも、二人の存在が邪魔だったからだ。赤眼化所持者ということもあって、下手に姿を見せるわけにはいかなかった。

「さあ、ソフィヤを渡してもらおうか。もちろん、手荒なことはしない。君は別だけどね」

「嫌、だと言ったら?」

 カインは微笑みをたやさない。仮面を脱いだときから、ずっと笑い続けている。そのまま、すっと手を上げた。

 その合図をきっかけに、神獣がアゲハに襲いかかった。

「そうくるよね。やっぱり!」

 アゲハは赤眼化すると、剣を抜いた。

「ソフィヤ! しっかりつかまっててよ! ちょっと動き回るけど!」

「うん!」

 ソフィヤを背に乗せたまま、アゲハは神獣と戦った。

「赤眼化。神に愛されし種族が持つ特殊能力。地上を巡る神脈を体内に過剰吸収し、常人を超えた身体能力と魔法を得る。だが、それゆえに副作用が大きく、体に多大な負担をかける」

 赤眼化の欠点。それは持続時間が短いこと。通常は、十分が限界だ。

 カインはそれをよく知っていた。

「さて、君はいつまでもつかな?」

 ソードの剣をかわし、アゲハは空に舞う。それを狙って、翼を持つイカロス型神獣が二体。アゲハを狙って急降下してきた。

 ――上から!

 一体を剣で切り裂く。しかし、その隙を狙って、もう一体がソフィヤの体をつかんだ。

「きゃあ!」

「ソフィヤ!」

 イカロスはアゲハからソフィヤを引きはがすと、カインの元へと飛んでいった。

 カインはソフィヤを受け取ると、白い手で顔をなでる。ソフィヤの意識がなくなり、両腕がだらりと力をなくした。

「ふふっ、安心して眠るといい。君が目覚めたとき――世界は変わる」

「このっ!」

 アゲハは水神の魔法を使い、周りのいるソードにむかって発した。鋭いカッターとなった水は、ソード達を真っ二つに切り裂いていく。威力は鋭く、壁すら突き抜けていった。

 カインにむかう道があき、アゲハは走った。すると、後ろでチリチリと威圧感を感じる。

 ――後ろから!

 アゲハが振りむくと、ソードが一体、剣を突きだした。それをかわそうと足を止めた瞬間、地面に亀裂が入り、床のタイルが飛び散る。

「うわっ!」

 アゲハは腕で残骸を防御する。

 ほこりが舞う中、誰かがアゲハの前に立っていた。

「すまないな――少し、遅れた」

 カンタロウだ。

 胸や腕は赤く染まり、切られた跡がある。

 しかし、本人の体力にはあまり問題はないようだ。

 右目はアゲハと同じく、赤眼化していた。

「なっ、どっからでてきてるの?」

「異常に神獣の数が多くてな。手間取った」

 カンタロウが刀を肩に乗せた。

 アゲハは少し安心したのか、冷静になることができた。

「もう! 遅いっつーの! ママが恋しくなったのかと思ったぞ!」

「言うな――泣きそうだ」

 カンタロウは母のことを思い出し、目元を指でぬぐった。

「そこ怒るとこじゃない? あ~、ごめんごめん。私が悪かった。ほらほら。この仕事が終わったらママに会えるって」

「そうだな。早く終わらせよう」

「元気になったか? マザコン」

「親孝行だ」

 カンタロウとアゲハはお互いの背を合わせ、神獣にむき合った。
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